鬼ごっこ-10 プレイヤー藍子 時間切れ
鬼ごっこ警察署の近くには、防弾チョッキを求める人で溢れていた。
「このままだと、弘樹君が……」
『犯行声明』のアプリで見ると、弘樹君の花は残り一輪だけだった。
もう時間もわずかしか残されていない。
「大丈夫」
弘樹君はどこか確信を持ってそう言っているようだった。その確信がどこにあるのかはわからない。
弘樹君は人で溢れている鬼ごっこ警察署に向かい歩き出した。
「弘樹君……! 見つかっちゃうよ?」
「大丈夫だよ。いるんだろ?」
弘樹君の呼びかけに応えるように、鬼ごっこ警察署から人が出てきた。
「よくわかったね?」
「当たり前だろ。和志」
ポケットに手を入れた和志君が、堂々と出てきた。口元は吊り上がり、まるで挑発するような口調だった。
「へぇ。んで? 俺の何を知ったんだ? もちろん、正解出来なきゃ敗北だけどな」
「どういう事……?」
私は何もわからずに弘樹君の後ろをついてきた。事情も正解もわからない。
「一つずつ答えていくよ。ただ、時間が無いんだ。それは和志もわかっているだろう?」
「まあな。それはちゃんと考慮してある」
弘樹君は「まあ、そうだろうね」と小さく呟く。
「じゃあ、答えを示していくよ。いいかい? 和志」
弘樹君が宣言のように言うと、和志君は面白そうに笑った。
「まず、一番最初の宝探しの時にあった敗北者。あれは、本物の和志だった。これは間違いないな?」
「おや? それはおかしいな。俺はここにいるぜ?」
「本物の、って言ったはずだよ。そう、どこかおかしいと思ってたんだ。あんな早くに敗北者が出るなんて。でも、その時は何もわからなかった。点はあるけど、線にはならない。そんな感覚に近かった。でも、かくれんぼの時に違和感を感じた」
「違和感?」
私が弘樹君に尋ねると、それに答えるように振り返り笑った。そしてまた、和志君に話し出した。
「そう、違和感。あの『読書感想文』のアプリ。カメラで自分の映像が映るものだ。そう思っていた」
和志君は小さく「へぇ」と漏らした。
「あれは、自分を映すものじゃない。なぜなら、途中で僕と藍子さんの映像は切り替わった」
確かに。途中から映像が違うとは思った。だけど、それはほんのちょっとの違和感。確信をもってこんな風に断言出来るものは私の中に無かった。
「んで? その小さな違和感がどう証明されるんだ?」
「かくれんぼでは智巳さんが勝利者になった。そして、その時に和志に花が渡された。ここまででは繋がらない。だけど、この鬼ごっこで出会った人たちを思い返すと、矛盾がいくつも繋がった」
弘樹君は一呼吸した。和志君の笑みは変わらない。
「僕がこの世界に来るきっかけになった男性と偶然出会った。だけど、あの男性は僕の事を覚えていなかった」
「そいつが忘れっぽかっただけだろ? もしくは記憶にも残らないほど些細な事だった、とかな」
「それはない」
会話の応酬に私は聞くだけしか出来なかった。
「さっき智巳さんにも会った。智巳さんは僕たちの事を知らなかった。そこで、思い出したんだ」
「思い出した?」
和志君は挑発するように言う。それとも面白いものでも見ているような気分なのか、興味を全面に出して聞いてくる。
「このゲームのルールだよ。宝探しの時に見たルール。あの五つのルールを思い出すと、全てが繋がる。まず、プレイヤー以外の人間は記憶を無くした状態で始まる。これは、勝利者も敗北者も同様だという事だ。また、一度でも勝利したプレイヤーは世界から出ることが出来る。勝利したプレイヤーは欲しいものを与えてもらえる。。一度でもゲームに敗北するといらないものを取られ、世界へと帰るこの三つのルールも同様に当てはめられる。世界っていうのは、このゲームの事だ。当然、和志もこの中に含まれているんだろう。あいつは、入れ替わりの材料。さっき本物の和志を見たよ。和志になりすましたのは、智巳さんの言っていた線路の時だろう。そして最後の、取扱説明書のルールは絶対である。このルールを照らしてみるとわかるんだ。智巳さんが僕たちを忘れていた事も」
「んで? 正解はまだだろ?」
髪をがりがりと掻きながら言葉だけを投げてくる。
「そう。もう一つ、この世界で指針になっていた『各駅停車場所』。このアプリは『読書感想文』と一緒だ」
弘樹君は私の方へと向き直り私の手を取った。
「え? え?」
弘樹君はそのまま和志君を見る。和志君はやはり面白そうに睨んでくる。
「あのアプリは、自分ではなく、探しているものを示すものだった。だから、矢印も映像も変わった。途中から気にはかけていた。ゲームの内容は、一貫して何かを探すもの。そして、最初に言われた「あなたのいらないものと、僕の持っているあなたの欲しいもの。奪い合いをしませんか?」という言葉。僕はその言葉と向き合って考えていた。最初は漠然と、居場所を探していた。そして、こんな自分は消えてしまいたい、と忘れてほしい、と。つまり、僕の欲しいものは「居場所」。そして、僕のいらないものは僕という「存在」。でも、これは僕だけの話。みんな共通とは限らない。だけど、そうやって当てはめてみると。合点がいくんだ。多分、途中から変わったんだろう。智巳さんの探しているものは和志。恵美さんの探しているものも和志。そして、僕は……」
「おっと、そこまでだ。残念だが……、時間切れだ」
『時間経過。時間経過。イチ輪。没収』
私の持っている花が一輪溶けて消えた。
和志君は笑ったままこちらを見ている。いや、弘樹君を見ていた。だけど、弘樹君に変化はなく、次第に和志君の表情も変わっていった。
「な……! 何でだ? どうして消えない?」
弘樹君は胸元に隠していたものを見せた。
「そっちこそ、残念だったね。ここにあるのは『防弾チョッキ』だ」
弘樹君も和志君もお互いの視線を交わし、笑っていた。
さっきから繋いだままだった私の手を少しだけ強く握った。そして、私の目を見て宣言した。
「藍子さん。見つけた」
和志君はにやりと笑った。それはいつか見た少年のような笑みだった。
「正解だ。あーらら」
『ぴんぽんぱんぽーん。ゲーム終了。ゲーム終了』
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