かくれんぼ-9 プレイヤー藍子 賭けと信用
拒絶されてしまった。
弾かれた手は痛みと熱を持っていた。
そんなに強く弾かれたわけではないのに。
隣に並ぶ弘樹君も、なぜだか痛そうに見つめてくる。
「ごめんね。こんな事でいちいち落ち込んでいられないよね。今は誰かを気にしている場合じゃないよね」
精一杯の笑顔を張り付けた。私はこういう表情を作るのが得意だった。
「恵美さんも苦しそうでしたね。でも、藍子さんも凄く苦しそうでした。二人にとっては、『こんな事』じゃないんですよね。あの、その、あまり無理しなくて大丈夫ですよ」
弘樹君は私の心を見透かしていた。見透かした上で注いでくれた。弘樹君のこういう優しさは、心に染み込んでくる。
頬を雫が流れる。
「あれ? えっと、ごめんね……。本当に、大丈夫だから……ね」
無理をしているのは完全にわかり切っている。誰が見たってわかる。
だから、弘樹君は何も言わずに背中を向けていてくれた。
弘樹君の優しさは、さりげなくて、温かかった。
「ありがとう」
背中越しに言葉をかける。
弘樹君はやっぱり何も言わなかった。
「良いなー。二人だけで楽しそうじゃないですか。私も混・ぜ・て」
智巳さんが正面から歩いてくる。
この人だけはよくわからないままでいる。
だから、この口調が本来のものなのかもわからず、本物なのか偽物なのかもわからない。
「そんなに身構えなくてもいいじゃないですか。私たちの間に不易なものなんて無いのですから」
ふふっ、と不敵に笑う智巳さんを見て背筋が冷えた。
鳥肌が立っているのは、この気温のせいなんかじゃない。
「逃げる? それとも……」
「何をこそこそ話しているんですかー? ま、偽物と一緒に行動してる時点で仲良くする、なんて無理なんですけどねー。あははっ」
偽物……?
弘樹君の方へと視線を向ける。
弘樹君も私の方へと視線を落としていた。
「どっちが、偽物なんだ?」
弘樹君が問いかけるけれど、智巳さんは口の端を持ち上げた。
「知らなーい。知ってたところで教えないですし。それに、それを知った二人はどうするんですかー?」
静寂が三人を包んでいた。
弘樹君が偽物……?
さっきの温かな優しさも、気遣ってくれた言葉も、全部嘘だったの?
だけど、それを証明するものは何もない。
「智巳さん……の偽物さん。あなたの口車には乗りませんよ。僕は、このゲームの勝敗を藍子さんに賭けます」
「何言っちゃってんのー? 私の言葉が嘘だとしても、その女が本物なのか確かめることなんて出来ないんだか……」
「出来るよ」
弘樹君は断言した。きっぱりと言い切り、私に向き直った。
「藍子さん。僕に触れて『見つけた』と言って」
「え……? でも、そんな事をしたら……」
弘樹君はゆっくりと頷き、笑った。
「大丈夫だから」
「わ、わかった」
私は弘樹君の右肩に手を置いて、宣言した。
「弘樹君。見つけた」
何かが起きる予感がして、目を瞑った。
数秒後、瞳を開けたけど、そこには何も変わらない弘樹君と私がいた。
「これが証拠だよ。藍子さんは偽物じゃない」
「どういう事?」
智巳さんの偽物は舌打ちをした。
「藍子さんも学校内広報新聞を見たよね。あれがヒントなんだ」
「あんた……、まさかあれだけで気付いたの?」
「まあね。考えてはいたんだ。確信したのはついさっきなんだけどね」
私が話しについて行けずにいると、弘樹君は一つずつ説明していった。
「まず、あの攻略法の中には、探し人が僕たちを探して『見つけた』という。そうすると、花が散ってしまう。そう書かれていた。もう一つ、自分の探しているものに触れて『見つけた』と言えば勝利者になれる、とも書かれていた。だから、探し人がプレイヤーに触れて『見つけた』と言えば探し人は消える。では、プレイヤーがプレイヤー、もしくは、プレイヤーが探し人に触れて『見つけた』と言うとどうなるのか。正解ならば勝利者に、不正解ならばこれはどちらも消えないんだ。この事から、触れている者はプレイヤーだと断定出来る。だから、藍子さんはプレイヤーって事なんだ」
「じゃあ、その逆をすれば……」
「そう、僕もプレイヤーだと断定出来る。どうかな? 探し人さん」
智巳さんの偽物は鋭い眼光で睨んでくる。
楽しんでいた側の自分がこんな目に合わせられるのがよほど悔しかったらしい。
「結局、あんたたちが運が良かっただけじゃない。その子が探し人だったらどうしてたのよ? 無駄に花を失うだけじゃない」
「運じゃないよ」
私は弘樹君を見上げる。すらっとした身長から声が通る。
「僕は藍子さんを信じたんだ」
優しい響きだった。柔らかくて、そっと包み込んでくれるような温もりがあった。
「ふん、せいぜい生き延びる事ね」
智巳さんの偽物は闇に溶けていった。二人きりになった途端に、弘樹君は大きく息を吐き出し、廊下に座りこんだ。
「あー、緊張した」
「ふふっ」
「今の笑うところ?」
「いや、あの、そうじゃなくって。ありがとう。私に賭けてくれて」
弘樹君は「あー」と間延びした声を漏らした。
夜中の学校で廊下に座り込んで話すなんて、普段はしないから凄く貴重で特別のものみたいだった。
「賭けとは言ったけど、それだけじゃないよ。さっきも言ったけど、信用してたから」
「私も弘樹君を信用してるよ」
私は右手を伸ばし、弘樹君の右手を取った。
「言って?」
弘樹君はゆっくり頷いた。
「藍子さん。見つけた」
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