宝探し-9 プレイヤー弘樹 レール

 取扱い説明書もアプリも何度も読んだ。


 把握したルールに基づいて試してもみた。


 線路の外側にも出てみたし、道行く人に触れて宣言もしてみた。


 どちらも行うと同時に持っていた花が散っていった。


 どうやら行動が正解とは違っているとスマホが警報音を鳴らしてくるようだ。


 この警報音にすれ違う人は誰も無関心であるのが、この世界が現実の世界とは隔絶されている世界だとわかる。


 線路外に出られない上に、スマホの中のデータも抜かれ外との連絡も取れない。歩く人々も何も言わない。


 まるで本当のゲームのように、決められた行動にしか関心を示さない。


 料理店に行けば料理のメニューといくつかのやり取りしか通じない。


 財布の中身は元々持っていたお金しか残っていない。


 けれど、お金のやり取りは一度も発生しなかった。


 注文したものはお金を払わずに手に出来るし、食事以外の雑貨類も大抵のものは手に入る。


 けれど、ここはゲームの世界。


 この場所で一生を過ごすわけではない。


 宝と呼ばれるものを探さなければいけない。


 もしかしたら、こういう世界を目の前にして、宝というものを誤魔化してみせようとしているのかもしれない。


 そんな疑りすらも浮かんでくる。


「後、残っているのは……接触だけ……か」


 思案に暮れる。


 誰かと一緒に何かをするという事もあまりした事がない事に加えて、誰かの言葉一つで、行動一つで、誰かの人生を閉じる事が出来るという事もわかっている。


 アプリに視線を落とすと、目の前の宝探しバーガーに、他のプレイヤーが集まっていると思われる。


 人数と矢印の意味を解釈すると、そういう事になるだろう。


 一か所に集まっているという事は、この三人で協力してクリアを目指すのだろうか。


 その輪の中に入ろうかと悩むが、僕はその輪に入るのが躊躇われた。


「残る時間は二時間半か……。宝……、宝って一体なんなんだ……?」


 自分に問いかけるけど、答えは出てこない。


 どこにも僕の宝は無い。


 どうせ死ぬんだったらゲームをして遊ぼうよ、と唆された。


 確かに、僕はもう死んでいたかもしれない。


 けれど、こうして『生』を中途半端に与えられた事で、混乱してしまっている。


「とにかく、今出来る事をするしかないか……」


 食料を調達しようと、近くのコンビニに足を向けた。


 コンビニの中はクーラーが効いていて涼しかった。


 心地よい風に少し癒された。


 灼熱の中では思考も上手く働かない。


 目的の食料と他に必要な雑貨類を揃えた。


 客は四人ほどいるが、どの人も普通の人と変わりがない。


 本当にそこにいて、本当に息をしている。


 そう言う意味では、ここは現実なのかもしれないと思えてきた。


 スマホのアプリを開き、外の情報を得る。


 近くにあった矢印がこちらに向かってくる。


 この矢印はおそらく他のプレイヤーだ。


 僕は入り口から見えない棚の陰に隠れた。


 矢印はどんどんと近づいてくる。


 店内にその矢印が入ってきた。


 声が聞こえてくる。


「この中に本当にプレイヤーがいるの?」


 女性の声だ。


 声だけで誰なのかはわからない。


 だけど、この世界の住人ではない事はわかる。


「恵美も和志君も矢印で居場所が分かったんだから、やっぱりそうなんじゃないかなー」


 どこかよそよそしい女性の声もした。


 そしてもう一つ、『和志』という名前に憶えがある。


 僕の知っている和志と同じなのかはわからない。


 もう一人が口を開いた。


「まあ、確実にいるだろうな。じゃなきゃこのアプリの意味がない。藍子ちゃんと恵美が会ったのだってこのアプリのおかげだろう?」


 和志だ。


 この声は僕の知っている和志の声だった。


 なんで和志までこの世界にいるんだ?


 棚の陰に隠れて様子を窺った。


 すると、三人に誰かが話しかけた。


「あの……」


「ん?」


 和志が振り返ると、女性は尋ねた。


「和志君ですよね?」


 和志は女性の顔を見ると、動揺し始めた。


「あ、え、おぉ……、そ、そう、ですよ……?」


 和志の後ろにいる女性は二人とも様子を見ている。


 和志に声をかけた女性は名乗った。


「智巳です。覚えてますよね? 和志君?」


 後ろにいた女性は密やかに感情を隠しながら声をかけた。


「和志、この子誰よ?」


「うーん、知り合い……? のような、ある意味……、友達……以下……? 運命の……相手……? みたいな?」


「もしかして……?」


 藍子と呼ばれた女性は言う。


 恵美と呼ばれた女性は和志の首を後ろから絞めた。


「恵美! ちょいストップ! ストップ!」


「何がストップよ! この子が浮気相手なんでしょ? 薄情ななさい!」


「ごめん! ごめんって! 説明するから! 誤解だから!」


「謝るのは認める事と同じなのよ? 本当にこのまま殺してあげようかしら!」


 和志の首を絞める手により一層力が込められていく。


 すると、智巳と名乗った女性が、声を上げた。


「あの……!」


 その声で和志の首を絞める力は失われた。和志はゼイゼイと息を吐く。


「私……、浮気相手とかじゃなくて……」


「じゃなくて……?」


 智巳さんは頷いた。


 和志以外の二人の視線が智巳さんに向いた。


「私は、和志君の……、幸福を祈る人です」


 予想外の答えに二人の目は点になった。


 何を言っているんだろう。


「和志君はこの外見の格好良さと、更には聡明な頭脳、しなやかな身体があります。そんな和志君には決定的に不釣り合いなものがあります」


「えーっと、智巳さん……、だっけ? 一体何を言い始めたのかな?」


 智巳さんは続けた。


「易や風水、あらゆる天文学的な天啓などにより、和志君は幸福であるべき人です。ですが、残念ながら和志君は恋人と友人に恵まれていません。本当は私がその役割を全うすべきですが、先ほどの論点から私では和志君を幸福には出来ません。なので、和志君に相応しい人を日ごろから探しているのです。ご理解いただけましたか?」


 女性二人は固まってしまっている。


 この子と一緒にいるのは何回か見た事はあるけれど、そんな関係だったとは知らなかった。


「ちょっとこの子……、大丈夫? 結構電波入ってるけど」


「恵美……、失礼だよ……? 多分……」


 和志は顔を右手で覆い俯いている。


「だから言っただろ……? 浮気じゃないって……」


「もういっその事、この子と幸福になっちゃえば?」


「止めろ! 俺は本当に悩んでいたんだぞ!」


 四人が互いを認識し合ったところに、スマホから奇妙な音が鳴り始めた。


『ぴんぽんぱんぽーん。敗北者、イチ名。勝利者、ゼロ名。タイムリミット、残り一時間。タイムリミット、残り一時間』


 僕のスマホも音を鳴らした。すると、藍子と呼ばれていた女性が僕に気が付いた。


「あれ? あなたも……? あ! あなたは……!」


 僕も彼女の顔を見て、気付いた。


「あなたは……、電車の……!」


 お互いに認識し合った。


 僕と彼女のレールは重なっていた。

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