鬼ごっこ-7 プレイヤー恵美 二人

 どこにいてもダメ!


 誰といても安心できない。


 急いで逃げないと。


 遠くへ。遠くへ逃げないと。


 私の足は自然と街から遠ざかっていった。


 細い路地の隙間を縫うように、街の中心を避けていく。


 誰から逃げているのかも、なんで逃げているのかもわからない。


 だけど、みんなが私を裏切り者だと思ってるし、この世界にいる人はみんな私を捕まえようとする。


 そんなの逃げるしかないじゃない。


 弘樹君も藍子も……。みんな疑ってる。和志だって、私の事なんて気にもしてないだろうな。


 そんな事を考えていると涙が出てきた。路地の隅っこで涙を流しているとやっぱり悲しくなってくる。


 いつもの癖でスマホの電源を入れてしまった。ちょっと怖いけど『各駅停車場所』のアプリを開いてみた。


 そこには当然、私の居場所は記されていなかった。代わりにあるのは、三つの矢印だった。


 頼れるものは無い。


 自分も他人も、何もかもが不鮮明なものに見える。


 藍子や弘樹君や、和志も……、私の中で形が浮かんでは消えていく。


 友達とか彼女とか彼氏とか、そういう曖昧なものが私たちを繋いでいた。


 だけど、その繊細で薄い糸は音も立てずに切れていった。


 路地で涙を流しながら全てを疑う。


「私なんて……、本当はいないのかも……」


 ぽつりと独り言を呟く。誰にも届かない心の呟きは、ふわりと空気に流れていった。本当に自分が存在しないものになってしまうかのような、苦さが心に染みていった。


「あれ、君、こんなところで何やってんの?」


 路地でうずくまっているところに声をかけられた。少し体が跳ねて、振り返る。そこにいたのは、和志だった。


「何で……、何であんたがここにいるの?」


 安心した。自分の見知っている相手に会えた事に、心がふっと軽くなった気がした。だけど、目の前の和志は、どこか訝しむ顔をした。


「あんた、って、君、俺の事知ってるの?」


 目の前が真っ暗になった。心臓の音がやけに速く大きくなっていった。鼓動は私に落ち着けと命じているみたいだった。


 この目の前にいる、この和志は……誰? また、あの幻なの? 私の事を知らないの? それとも、本当に和志まで私の事を疑っているの? 頭の中がパンクしそうだった。目の前の現象に心が追いつかない。


「だって……、和志……でしょ?」


「あー、まあ、和志だけど……。っていうか、何なの? 君。俺の事知ってるとか、怖いんだけど。ってことは、あれ? もしかして、これってストーカーってやつ……?」


 和志の目が細まり更に疑いを持った目に変わっていった。


「ち、違う。ただ……。ただ……」


「ただ……?」


 言葉が途切れてしまった。ただ……。私は……。


 言葉を探していると、和志は私の頭をポンと撫でた。


「泣くなよ。悪かったって。君が俺の事を知ってるとかいうから、ちょっと他の子を思い出しちゃって。でも、不思議だなー。俺、君の事を知ってる気がする。まあ、名前もわからないんだけどな」


 和志は笑っている。私の頬を涙が伝っていく。


「何でだろう。私も、今の和志に会いたかった……気がする」


 今日、ずっと一緒に居た和志じゃなくて、もっと違う。この和志を探していた気がする。


「そっか。なんか知らない人のファンって芸能人みたいだな。それって凄くねぇ?」


「ふふっ、何それ」


「笑いやがったな。まあ、そうやって元気にしている方が良いだろ。泣いてるより、笑っていられる方が幸せだ」


 和志はニッと口元を緩めた。


「こんなところにいたのか?」


 またも唐突に後ろから呼びかけられた。


 振り返ると、和志が立っていた。

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