鬼ごっこ-6 プレイヤー弘樹 デジャヴ

 残り三時間か……。


 時間に余裕はない。


『犯行声明』のアプリが伝えてくるのは、焦りと疑いだ。僕たちから余裕という安心を奪っていく。


 安心が奪われ続けると、疑心暗鬼に駆られてしまう。それこそ、今のこの状況が当てはまっているのだと思う。


「弘樹君。大丈夫?」


 隣を走る藍子さんが心配そうな目をしている。


「僕は大丈夫。ただ、恵美さんが……」


「そうだよね……。なんでこんな風にばらばらになっちゃったんだろう」


「それは……」


 言いかけて止めた。その先に出てしまう『裏切り者』という言葉を使いたくなかったからだ。


「大丈夫だよ。とにかく恵美さんを探して、みんなで一緒に帰ろう。和志も全員でね」


 藍子さんは少しだけ笑みを浮かべ、こくりと頷いた。


 その表情を横目で見て僕も安心した。


 鬼ごっこ警察署までのルートは街中に設置されている案内板を見て決めた。最短でなおかつ安全な道を選びたかった。だけど『鬼ごっこ警察署』は駅近くの大通りを通らないと辿り着けない。


 仕方なくとった方法は単純に、走り抜ける事だった。


 人混みの中を走っていけば、通行者を隠れ蓑に進めるだろうという目算だった。


 二人で人混みをすり抜け走っていく。すると、藍子さんの走るスピードが減速していく。


「ごめん……」


 息苦しそうにしている姿を見て、僕は咄嗟に手を引いた。


「あともうちょっとだから……。無理しないで」


 藍子さんに歩幅を合わせながら、走っていく。


 どこか気恥ずかしい気持ちもある。


 だけど、今だけはそういった感情は捨てる事にした。


 後でどれだけ罵られてもいい。今だけは、藍子さんを助けたい。純粋にそう思った。


「弘樹君も……」


 藍子さんは肩で呼吸をしながら答えた。


「弘樹君も……無理しないで……。ね……?」


 そう言って笑う。


「うん。一緒に帰ろう!」


 そう言った矢先に何かにぶつかった。弾き飛ばされた先に見えたのは、四十代の男性だった。


「なんだ? こんなところで走ってたら危ねぇだろう? ああん?」


「す、すみません!」


 僕は条件反射で頭を下げ、謝った。すると、藍子さんが男性に問いかけた。


「あ、あの、もしかして、ですけど……。私たちの事、って、知ってます……か?」


「あ? 知るわけねぇだろ。それとも、そこの小僧と一緒に人生終わらせてやろうか? ああん?」


 この口調に聞き覚えがあった。だけど、この世界に僕たち以外の人がいるのかと頭を上げると、そこにはやはり見た事のある男性が立っていた。


「あ、あなたは……」


 忘れるはずがない。


 この男性は、僕が死のうと思ったきっかけを作った男性だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る