かくれんぼ-4 プレイヤー藍子 誘惑

 和志くんを追いかけようと足を進めたところで、教室から手が伸びてきた。


 その手は私の口を覆い叫ばせないようにしながら、教室に引きずり込んだ。


「な……、何! 誰!」


 手を振り切り、振り返るとそこには私がいた。


「あなた……」


 絞り出たのは小さな吐息のような声だった。


 目の前に自分と全く同じ外見をしている人がいる。


 鏡で写されたようにも見えるけど、現実にいる感覚がそれとは全く違うものだと実感させた。


 目の前の『私』は語りかけてきた。


「私はただの鬼。逃げなくていいの? そんなにのんびりしているのなら捕まえちゃうよ」


 私は右手を伸ばしてきた。


 咄嗟に左手で振り払う。


「な、なんなの……?」


 平衡感覚を失ったように足元がおぼつかない。


 手を伸ばしてくる私から逃げるように、教室の隅へと歩いてく。


「そんなところに行っても大丈夫なの? ほら、後ろもちゃんと見て……」


 私の忠告を聞き振り返ろうとした。けれど、それよりも先に背中が何かにぶつかった。


「ほらほら。余所見をしてたらダメだろう? 藍子ちゃん……」


 声と口調ですぐにわかった。だけど、それは偽物だと言う事もすぐにわかった。


「和志……君?」


 首だけ後ろに振り向かせると、少し高い位置から声が降ってくる。


「そうだよ。早く智巳のところに行かないと、だろ?」


 和志くんはにっこりと笑い、手を伸ばしてきた。


 私はやっぱりその手を振り払い、ふらふらと教室の中を逃げ回る。


 なんなの? これ。


 この二人は……誰?


 本当に……和志君?


 でも、その横には『私』がいる。


『私』と和志君はゆっくりと距離を詰めてくる。


 怖い。怖い。怖い。怖い……。


 震える足を動かす事が難しい。


 恐怖心が私の心に巣食っていて、自由に言葉も行動も出来ない。


 逃げる場所がもう無くなった。二人の手が私に触れそうになったところで、教室のドアが開いた。


「藍子さん! 早く! こっちへ!」


 弘樹君が立っていた。


 まるで私を助けに来たかのように。


「早く! 逃げるよ!」


 弘樹君は右手を伸ばしながら叫ぶ。私はその右手を取り、走り出した。


「えー、私とお話ししようよー」


 後ろから『私』が声を飛ばしてくる。


「弘樹はやっぱり格好つけだなぁ。ま、俺もそろそろ動こうと思ってたからな。藍子ちゃん、気を付けた方が良いよー。俺たちみたいなのと会うとろくでも無い事が起こるからね」


 和志君は笑いながら言っている。


 この世界はどんな世界なんだろう。


 とにかく怖い事はわかる。


 自分の偽物もいるし、和志君みたいな偽物もいる。目の前で私を連れ出してくれた弘樹君もいる。


 本当ってどこにあるんだろう?


 思考しながらも走るしかなかった。


「もうこの辺りなら大丈夫かな……」


 弘樹君は肩で息をしながら言う。


「うん。大丈夫だと思う。ありがとう」


 私も肩で息をしている。


 普段運動と言えるような事をしていないので、学校の端から端までの廊下を走っただけでも息が上がる。


「良かった。あ、あっちに和志がいる。向こうでも何かあったのかな。逃げてるみたいだよ」


 弘樹君が渡り廊下を指差す。


 だけど、その方角には闇夜に溶け込む空しかなかった。


 もう、振り返らなくてもわかってしまった。


 私の肩に手が乗る。


 耳元で囁く声が聞こえてくる。


 弘樹君の声だ。


「藍子さん……」


 ああ、やっぱり……。


「見つけた」


 夢であって欲しかった。

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