宝探し-1 プレイヤー藍子 ゲームスタート

 目を開くとビル群の中にいた。


 肌を刺すような灼熱の太陽と、うだるような暑さが急に襲ってきた。


 先ほどまで少年といた場所の方が嘘だったかのように、現実と幻の間に立っている気分だ。


「ここは、どこ……?」


 周りを見渡すと、左右には人しかいなかった。


 静かさや情緒の存在しない、喧騒がごった返す都会の下。忙しそうに携帯で連絡を取り合っているサラリーマンや、待ち合わせをしている男女が目に入った。


 空を仰いで見ると青が塗られ広がっていた。水彩のような青空、という言葉がぴったり当てはまりそうだ。


 高い空を見上げていたら、前から歩いてきた男性の肩がぶつかった。私は反射的に謝った。


「す、すみません」


 すると、男性は私の言葉が聞こえなかったのか、こちらを見る事もせずにそのまま歩いて行ってしまった。


 ここに立っているとまた人にぶつかってしまう。歩道の端に寄り、スマホを確認する。電波は圏外、時刻は八時五十分、アプリは一つを残して全て消えていた。


 アプリ名は、各駅停車場所、だった。


「なんだろう、このアプリ……。なんか、怖い……」


 アプリについても考えてみるけど、状況の変化が激しすぎて、思考が追い付かない。


 よくわからない場所に加え、何より暑すぎる。このままでは熱中症になってしまう。休める日陰を探し、そこで考える事にした。


 途中歩いていると、駅前に辿り着いた。


 ここまでくれば自分のいる場所もわかるだろう。


 風景でわからないだけで知っている場所かもしれない。だけど、目に入った駅名は余計に混乱させるようなものだった。


「なに……、これ……?」


 駅名を見るとはっきりと「宝探し」と書かれていた。


 それだけでも意味がわからないのに、その下の電光掲示板にはもっとおかしな内容が映しだされていた。


『本日の天候。晴れ。本日の参加者、五名。スタート時刻。午前九時。タイムリミット。午後九時。取扱い説明書、宝探し駅から徒歩二分、宝探しデパート屋上にて配布。現在の勝利者、ゼロ名。本日の敗北者……』


 電光掲示板にはぐるぐると同じ文字を流し続ける。


 周りを見ると、誰も気にも留めない。


 いや、気に留めるとか、そういう問題じゃない。


 ここにいる人にとってはこの世界が日常のように見えた。隣をすれ違っていく男性も、駅の構内に入っていく女性も、みんな自然だった。


 周りの状況と自分の思考のギャップで思考が正常に働かない。


 身体と心と頭が休息できるためなのか、駅前にある待ち合わせに使われるベンチに、膝を曲げて体育座りをして座りこんだ。


 不安と怖さが波のように襲ってくる。


 知らない場所で一人きり。


 その上に意味の分からない場所に迷い込んだ

 。今の私はどこにいるのかもわからない。


 座り込んでいる私の手には、学生用のかばんと、青い花束だけだった。


「そう言えば、この花ってなんだろう」


 じっと見つめてみるけれど、答えは出てこない。


 数を数えてみた。一本ずつ指を差してみると、九本の花束だった。


 九本の青い花束。


 現実とこの場所を繋いでいる花。


 たったそれだけのもの。


 だけど、目の前にある、この青い花は、ここに迷い込む前の世界から繋がっている。


 私はちゃんと存在している。


 そんな勇気のひとかけらを与えてくれた。


「よし!」


 自分を鼓舞するように、顔を両手で叩く。


 ベンチから立ち上がり、駅前の電光掲示板をもう一度見る。


『本日の天候。晴れ。本日の参加者、五名。スタート時刻。午前九時。タイムリミット。午後九時。取扱い説明書、宝探し駅から徒歩二分、宝探しデパート屋上にて配布。現在の勝利者、ゼロ名。本日の敗北者、ゼロ名』


 同じ文章が回っている。


 この世界は、きっとあの少年が関係している。


 実際にあの少年と会った直後、この変な場所に迷い込んだ。


 それに、あの少年は私にゲームをしようと言っていた。という事は、これ自体がゲーム、という事なのだろうか。


 でも、こんなに大規模な事が出来るのだろうか。


 駅とか人とか不自然なものが溢れている。


「街一つを占領しての……ゲーム……?」


 口にして考え直す。腕を組み左手を口元に当てる。


 違和感はそこかしこに広がっている。


 気付いてみれば、自分の服装も不自然だった。


 半袖のワイシャツにチェックのスカートを履いていた。


 この炎天下の中では、この恰好は相応しいのかもしれない。


 だけど、私の記憶が正しければ、あの少年と会っていたのは秋頃だ。


「秋の方が、夢……。じゃない……はず……?」


 考えてはちゃんとした答えに辿りつけない。仕方ない。


 この疑問は考えないでいる事にした。


 すると、ポケットに入れていたスマホから甲高い音が鳴り響いた。


『ぴんぽんぱんぽーん。敗北者、イチ名。タイムリミット、十時間。タイムリミット、十時間』


 スマホから聞こえる機械の音声と文字が異様で、実際にゲームが行われている事を表示していた。


 そして、電光掲示板を見ると先ほどまで表示されていた文字に戻った。


『本日の天候。晴れ。本日の参加者、五名。スタート時刻。午前九時。タイムリミット。午後九時。取扱い説明書、宝探し駅から徒歩二分、宝探しデパート屋上にて配布。現在の勝利者、ゼロ名。本日の敗北者、イチ名。残り時間、十時間』


「残り十時間……」


 スマホで確認すると、十一時を過ぎていた。電光掲示板には午後九時がタイムリミットと表示されている。


 こうなったら動いてみるしかない。


 意を決し、歩を進めた。

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