第13話 あしたがある、あすがある
話はそうしてようやく、一話の冒頭へと戻ってくる。
5月25日金曜日、満席の客を千切っては投げ、なんとか片づけ終わった後。
翌朝土曜はランチの予約が入っていたのだが、最近のNさんの飲み具合では時間通りに来れるか怪しかった為、終電間際ながら出来ることを片づけ、ヘルプで来ていた子にNさんを預け、俺は意地でも帰宅の道に着いた。
既にNさんはここ最近で一回、飲み過ぎた挙句予約制でたまにしかないランチだというのにブッチをかましたことがあり、客の為にも俺がちゃんとしなければならないという思いで一心だった。
とはいえ、金曜の夜もヘルプの子に見事に乗せられて酒を飲みまくっていた為、不安は拭えなかったわけだが……。
取り敢えず帰宅して、息抜きをしながらの早朝。
寝過ぎると辛いので、早めに起きてぼんやりスマホのゲームを消化してる時に、その連絡は来た。
『給料また入ってないっぽいわ。つら』
LINEから入ってきたメッセージに、「また酔ってんのかな……」と思いつつも、メッセージをしっかり確かめると
『給料入んないからもう朝の仕事したくない。どっか行ってくる』
『キャンプいってくる』
『しばらく』
……なるほど。という感じだった。
ついにNさんも限界を迎えたのだろう。俺と言う不出来なスタッフを抱えながらも、頑張っていたとは思う。
同時にまた、俺も張りつめていたものの限界を迎えた。
一点に張っていた糸が、見事にブチ切れた瞬間であった。
兄貴分の彼無しで、俺一人では店なんてどうしようもない。かといって、全ての責任と会社からの面倒ごとを請け負って、客にキャンセルの連絡や全ての処理をするなど、俺はお断りだった。
というより、ついに胃が限界を迎えた。
病は気からというが、気持ちが完全に俺の身体を破壊してしまった瞬間であった。
経理や営業諸々を行いついでにうちの予約転送電話も請け負ってくれていた会社のナンバー2の人から、電話にLINEにと「どうした?」という連絡が連続した時、俺の胃が爆発した。
腹痛で何もしたくなくなった。
俺は全てを諦め、Nさんに胃痛全休の連絡を入れ、PHSの電源を落とし、連絡をシャットアウトし全てを投げ捨てた。
俺のせいだと言いたい人が沢山いるだろうことは理解している。
俺のやったことは社会的に言うなら悪だ。
でも、もう限界だ。金もあって心理的余裕もあって、俺にどうにか出来ることであるなら、それはもうひゃっぺんだってにひゃっぺんだってどうにかしてやる。
でも何もない。モチベもない。やれないことだらけ。そんな状態でどうにか出来るわけがないのだ。
高がバイト、金すらろくに貰えてないのに全ての尻拭いを両方から押し付けられるなど、本当にごめんであった。
ここだけは、やはりどうしても笑い話には出来なかった。
申し訳ない気持ちは方々にある。社員さんにも、客にも、まして言うなら社長やNさんにも。
今回の一件で迷惑を被っただろう客に対して、この話を正当化していいとも思っていない。
ただ、俺はもう限界だという言い訳を、ことここに来て俺は遂に使わざるを得なかった。それだけもうやけになっていた。
山手線に自暴自棄になって飛び込む人の心理が、少しわかった瞬間だった。
2018年5月26日。
昭和の終わりに生まれ、平成元年の申し子だった俺は、奇しくも平成の終焉の年(らしい年)に、一つの区切りを刻みつけた。
長い一年半ちょいが終わった瞬間であった。
***
そうして今、俺は秋葉原のステーキハウスでネットの海に多分100人くらいいる兄弟の一人(秘密三国志調べ)と、1000円でお得なステーキを食いに来ていた。
気晴らしに飯を食いに行こうと思ったら、わざわざつきあってくれた。髪の毛の生え際に不安があるが、こういう時につきあってくれる良いヤツである。
救われることもあるものだ。
実際、自分の為だけでなく俺の為に苦心してくれた兄貴分のNさんに悪感情はそれほどない。肉を奢ってくれたり、家に招待して色々してくれたり、年末大騒ぎしたり、楽しい時も色々あった。
社長に関しても、金こそ俺に払えなかったが、お金が出来たら一緒にゲームを作ろうと夢物語を語ってくれたことは嬉しかった。
俺が自身でも度が過ぎたお人よしなのも、騙されやすく利用されやすい人間なのも重々承知している。更に言うなら、きっと人間として出来損ないなのもだ。
それでも彼らをとことんまで悪し様に言えないのは、不思議なものだ。
我が事ながら、やはりあまちゃんなんだろうか。それはよく自分でもわからない。
閑話休題。
今俺は、取り敢えず落ち着いたこともあり、仕事先にもう付き合い切れないことを叩き付け、俺の知る範囲での仕事の引継ぎをLINEで行っている。
まあ流石に幾らお人よしといえど、付き合い切れないものは付き合い切れない。
店に出て思い出すことも嫌だったので、続けないかという話も引継ぎに店に出て欲しいという話も、考えますとお茶を濁して、遠回しに断っておいた。
もうあの店にも会社にも、これ以上大きく関わることは無いと思う。
社長にどういう連絡を入れるかだけが目の前の悩み事であるが、それは置いておこう。
そして、この話はまあ振出しに戻る。
無職と化してしまった俺が残るだけだから。
ここから悲劇になるか、笑い話になるかは、まあ正直分からないが、出来ることなら「笑えない」と同情してくれた人達の為にも、笑い話になるようにホワイトな職につければと思っている。
問題は、俺には欠片も技術もなければ、コネもツテもない。
またバイトでも探すかなくらいの展望しかないということであった。
まあそれでも、出来ることならどんなに笑えないというこの話でも、笑える話にしてしまいたいものだ。
よければそれまでは助けてくれたり、お付き合い頂けると、俺もとても助かる。
大いに憐れんで、大いに笑ってくれたならよかった。
俺もここからまた、頑張ろうと思う。
読了頂き、ありがとうございました。
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