第3話 取り敢えず俺は頑張った

 とても身近でよく知る業界。

 しかし全くやったこともない知らぬ職種。

 飲食店。


 絶対にやりたくないと避け続けた職に、なにかの間違いで入ることとなった俺は、まだこの時点では気楽に考えていた。

 とても仕事をうまくこなせる自信も、自分が出来る人間だという自信も無かったものの、やっていくしかないという背水の陣状態。

 気合いでなんとかしてみせるという、人間のよくわからない精神状態に追い込まれていた。主に言うと、根がバカなのだ。


 初日。夜のスタッフとして入った俺。

 働く店は、店長兼調理スタッフのNさん1人と調理スタッフ兼ホールサポートのYさん1人、小さな店である。

 ホールスタッフとして入った俺だったが、仕事は全くわからない。

 あまり流行っている店では無かった為、忙しさに押されると言うことは無かったが、教えてもらっても今一つ何が何だかわからないという形で初日を終えた。

 しかし、翌日はすぐ来るし、次は夜だけでなくランチから。


 これが一発で俺の心を折った。


 準備まで時間の無い朝の一時。

 来るかもわからない客の為に、様々な小鉢を用意し、あれやこれやと忙しなく動く。

 これに仕事に全く慣れてない事も重なって、ミスやダメなプレイがしばしば表に出てくる。そうすると、Nさんがめちゃくちゃ俺を怒るわけである。

 終いには、Nさんの言葉は段々と暴言に変わってくる。

 口が悪く、怒りを制御出来ないタイプの人なのだ。元々豆腐メンタルの俺は、早々に胃をやられそうになった。

 それでも、こんなことですぐに辞めるのは男子の恥。

 出来ないなりに何とかしようと仕事を徐々に覚えていくものの、Nさんの暴言は止まないし、仕事は全く楽しくない。


 楽しい仕事なんて無いとは言うが、やりがいの一つすらも感じないと人間流石に辟易するもので、二週間ほど経つ頃には「もうやだ……」と起きるのも億劫になっていた。


 それでも、何とか親の為自分の為、そしてその時請け負っていたPBWの仕事の為。

 豆腐メンタルの自分に「気にすることはない。自分はダメ人間だ。頑張って覚えよう」と、ほどほどな棚上げをしつつ、バイトスタッフを一月こなすのだった。


 ***


 転機は、そんな中にも勿論あった。

「何でそんな状態で続けたんだ?」と呆れる人が多いだろうが、これはNさんが意外にもゲームが好きな人だったことが要因である。

 俺の好きな某ゲームを面接から察した彼は、自分もその某ゲームをプレイしておりその曲を朝の時間にかけてくれたりしたのである。

 そこでNさんとは仕事は別として、他の面では気が合うところもそこそこあることがわかり、意気投合する。

 しかも、当時はちょうどその某ゲーム――ペ〇ソナの新作の発売年。

 好きな作品がわかった俺は、それを買って、ハードが無いNさんには音楽CDを渡した。


 音楽CDのためにわざわざゲームを買ってきたことで、彼は彼なりに俺のことを可愛がってくれるようになった。暴言は吐き続けるし、呆れられることも多いが、「出来なくても頑張るヤツ」という風に評価してくれたのだろう。

 流石に精神的に疲れていた俺の、恐る恐る切り出した「別の仕事につきたい」という話も、「わかった、探してみろ」と男気よく応えてくれた。

 悪い人ではないのだ。悪い人では。

 

 そうして円滑に立ち回れるようになりつつも、あまりうまくいかぬ職から離れることを模索しつつ、お金を稼ごうとしていた俺。

 勿論、そこで別の職が見つかり円満に辞めていたらただのバイト先の美談で終わるのだが、そんなことで終わるわけがないのがこのお話。

 すぐにまた俺の心を折る事態が訪れるのだった。

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