第10話 死は目前へと迫る

 とても普通の日々だった。

 Nさんとは金が出るようになって良かったと口をそろえ、一着20万の革ジャン買うんだという彼の言葉に、笑いながらふた月あれば余裕で買えますねと言ってあげていた。


 俺が来てからもう一年が丸々過ぎた。

 そんな暮れの十二月、社長の誕生日パーティーを終わらせた頃、問題が起き始めた。


 某県で展開していた店の店長が、過労で倒れたのだ。

 バイトの教育やランチ対応なども合わせて、大分無理が祟っていたらしく、店がぼろくそに言われてたこともあったのだろうか、ついに倒れて入院と相なっていた。

 これが実際予想外だったらしく、店の売り上げ、回収、その他諸々、全てに手が回らず社員総動員で穴埋めにいったようらしい。

 それでも尚、店の崩壊は止まらず、やむなく内装なども含めて、またテコ入れが入る。俺はあまり詳しくは知らないが、ここで会社の歯車が完全に狂ってしまったようだった。


 実際のところ、傍目から見ていた俺は、これに関して「まあ、ちょっとやばいかな?」程度にしか思っていなかった。

 社員のNさんはといえば、やはり「年末くらい贅沢しないと」という精神で、店の近くで知り合った人達に食事だけでも豪勢に振舞ったりもしていて、特にやばそうな雰囲気も出してなかったのも災いした。

(これに関してはNさん本人が現場に置ける総トップポジのような立場であり、会社の運営は別の人と社長が仕切っていてノータッチだからというのもある)


 しかし、大分限界は近づいていたのだ……。


 ***


 十二月の給料日。既にNさんの口座への給料は無かった。

 俺はまだ支給されていた。

 一月。やはりNさん以下略。

 俺は以下略。


 やばいとは思ったものの、ここで天性の楽観視が先に立つ。まだ、大丈夫だろうと。

 目先の賃貸更新で、新しい家を探すか今の家に嫌でも住むか、という問題もあり、そこら辺のやばさに対応している暇がなかったというのもあった。

 この頃にはNさんも大分出会った頃の不機嫌さに戻っており、Oさんや俺に対して以前以上に厳しい言葉が出てくることが目立った。


 そんな中でOさんが、遂にもうこれ以上は無理だという話をNさんに切り出した。

 そりゃそうだろう。一年俺も堪え切りはしたが別に精神を摩耗してないわけじゃない。

 罵倒や暴言は真面目に心に直接的なダメージを残すのだ。わりと俺も毎回開き直ってぶつくさ文句を言って流すという術を身に着けてなかったら、精神をやられていたかもしれない。


 この辺りははっきりと言わせてもらうが、Nさんが悪い。

『下のヤツは俺が口が悪いことを理解してくれる。そして俺を怒らせてるお前らが悪い』という本人なりの甘えが、俺ですら見て取れた。

 勿論、ミスやダメな部分がある俺達も同様に悪いとは思う。

 そこは否定しない。

 ただ、それに怒りを振り上げて萎縮させるのは、果たして良い上司と言えるかは、俺にはわからない。しかし、毎度思っていた。


 その苦言を言う機会は結局訪れなかったものの、Oさんは完全にそれらの問題で疲れてしまったようで、もう引き止めることすら無理なような状態であった。


 そも、かなり前もOさんのホームグラウンドに飲みに、NさんOさんとともに行ったことがあるのだが、そこでNさんが酔って問題を起こしたりもしており、それも含めてかなり辟易していたようだ。

 俺にとっては何のかんの言っても兄貴分なので捨てきれずにいたが、Oさんにそういった同情票は無いので、Nさんが考え直してくれたとは言ったが、あっさりと決裂。

 彼女は三月の終わりにやめることを決定した。



 春の訪れを目前に控えた二月。

 俺の口座についに給料がまた振り込まれなくなった。


 引っ越しを半月後に控え、未だ初期費用十数万を払ってない最中。

 絶望の三月が始まろうとしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る