第9話 一筋だけでは……
一条の希望の光が見えた四月。
そして新たな始まりの五月。
俺は今の店から一時的に店舗をヘルプとして移動することとなる。
後を任せる新たな女性のスタッフは、年配の美熟女という構えの人だが、正直Nさんと折り合いがつくかが怪しいところであった。
その問題は的中し、Nさんがたまに会う飲みの場で、叱って見せてやった、などの話をするのを苦笑いで聞くことが多かった。手加減無しの言いように、その場にいないOさんに同情することが多々あった。
しかし、俺もまた慣れない店舗、先に働いていたバイトスタッフ達との交流などなど、新しい環境を整えるだけで精一杯であり、その辺りの他人のことは闇に葬るしかなかった。
自分のことだけで精一杯なのだ。人は弱い生き物なのだ。
それでも俺のそんな外伝的な苦労とは裏腹に、思いの外会社は安定したようで、督促の電話は消え、一時的にも平穏な月を過ごすこととなる。
口座残高2桁という前代未聞の領域に入りかけていた俺の口座に、月末ついに働いた分以上の金が入ったりもした。
とはいっても計算が面倒だったのだろう。二十万ぽっきり。
未払い分をどう計算したところで足りない金額だが、ちゃんと月末に金が入ってるだけでも頑張りのおかげだと思えてしまい許せてしまう。
安いものである。
***
ここからしばらく数か月は、特に面白味も無いよくある日記となるので、特筆しては書かない。
Oさんの泣き言を聞いたり、元の店に戻ったり、Nさんの誕生日を祝ったり、比較的普通も普通な日々を過ごすこととなった。
給料も満額必ず振り込まれ、Nさんの口座にすら金が入っており、彼女さんに高いバッグを買ってあげたという話を聞いたり、これが普通なんだよな、という日々を謳歌してやった。
夏には旅行まで企画された。
九十九里の寂れたホテルを貸し切っての一日限りの大騒ぎである。
――今思えば、どんなに金をケチったといえど、これを止めるべきだったのではないかと思わずにはいられない。
元々金の無かった会社である。そもそもたまりにたまったツケのような支払いがあるのに、店舗ごとの売上と元の融資金だけで回る筈が無い。
その時は、当然の如く着々と迫っていたのだ。
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