第12話 それでも俺は……

 五月。もうこの会社にアルバイトとして来て、一年と九か月が経った。


 さて、ここまで俺はNさんを微妙に悪し様に書くことが多かったが、これはあくまで仕事上のことで、俺個人から見て目に余るところが多かったからである。

 そういうのを抜きにすれば気さくな兄ちゃんで、ゲームの話も馬が合うし、色々面倒も見てくれる人なのだ。

 俺が出来ない人間であることも彼が怒りやすくなる原因の一つなので、俺は彼をあまり責められない。


 実際に、彼は最後まで俺の面倒を見ようとしてくれた。

 今の店を続けて必死に働いてやるかわりに、まず必ず俺達二人の給料は必ず確保することと直談判していた。当初はFC店のように切り離し、ロイヤリティは払うから後は全部そっちでなんとかしろ、という構想があったようだが、これは流石に着地点として互いに譲れないものがあり無理だったらしい。


 Nさん自身もまた今の彼女との結婚などを含めて、給料の出ない現状を打開したかったようだ。

 それをある程度話が固まったらしい頃に切り出された。

 俺はもう責める言葉を無くしていた。

 この人とつきあうのはかなりストレスであるが、それはそれとして、色々大目に見れれば良い兄貴分であることも事実だと理解した。


 これから何とかやっていこう。

 社長とNさんは元々古い親友であり、無碍にはしない。

 Nさんと話をしながら、どこかそういう楽観視を持ってしまったことが、やはり今回の敗因だったのだろうか。


 既にこの時俺は、奨学金のひと月未納で親にアホほど心配され、心労的にも限界点に達し、この先どうしたらいいのか発熱で寝込みそうなところに至っていた。

 ちなみにNさんには相談した。もっと早く言ってくれればとかぬかしていたが、これ言ったところで絶対どうにもならなかったし、どうにかしたところで来月にはまた同じことが繰り返されるんだよ!!という俺の中の熱いパトスが迸りかけたことだけは記しておきたい。

 事態はもう予断を許さない。ここで俺が続けるには給料が必ず出て、かつ(Nさんには言わなかったが)ストレスフリーで働けることが絶対条件と化していた。

 もうストレスでハゲそうだったから、後者だって重要だ。

 俺だって髪の毛は大事なんだ。ハゲたくはない。胃に穴もあけたくない。


 とにかく、その条件の内、少なくとも給料は確定して融通されることが決まりそうになっていた時のこと。

 やはり、である。やはり、こんな状況で話がうまくまとまる筈もなかった。

 段々と社長とNさんとで話がすれ違い、話が確定してまとまらない方向へと舵を取り出した。

 その上、Nさんは酒癖が悪い。飲んだ朝方に社長と電話で揉めてはボイコットの意思を表明するようになる。


 完全に雲行きが怪しくなった。

 それでも俺に出来ることはただ店を回すことだけである。

 少なくとも夜はちゃんと店に来てNさんは働いてくれる。

 そう考えて、何とかどうにかこうにか、崩壊の足音に耳を塞ぎながら、金もしっかり出やしないのに俺は働く。


 健気な俺と褒め称えて欲しい。

 ただのバカだろって? 百理ある。


 それが五月二十五日までの出来事。

 とても頑張り続けた俺も、そうして遂に運命の朝を迎えるのだった。

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