第5話 慣れてきたらこれか!?

 冬の訪れを肌で感じ始める十一月の間際。十月の暮れ。

 給料もろくに貰えず、目の濁り具合がヘドロよりも重くなってきた頃、流石の俺も少しは仕事に慣れていた。

 相変わらずダメ人間なので怒られることが多いものの、慣れとは怖いもので、そこそこ立ち回れるようになり、「後は給料さえ出るなら、しばらく繋ぎでも……」とか、最早正社員の話も事務職の話もすっぽり忘れて、バイトとしてやるだけならという守りに入り、俺は仕事をこなすことだけを考えるようになっていた。


 そんな月末に、Nさんは俺にこう切り出した。

「新しい店が手に入って、そこに行かないといけないという話が出てる」

「はあ、そうですか」と俺。

 生返事になるのも仕方ない。

 実は、既に似たような話で、先輩バイトであるYさんと新しい店に"いってもらう『かもしれない』"という話が十月初めに出ていたからだ。それはといえば、結局ろくな進展もないまま立ち消えになったため、この時の俺は大して続いて出された仮定話を信じていなかった。

「お前を連れて行こうと思うけど来る?」

 まあ、はい、お付き合いしますよ。程度に俺は返しておいた。


 この返事から三度目の苦難と転機の試練が始まる。

 

 ***


 何と、この話は成立してしまう。

 某所のちょいとした高級店揃いの通り、そこの店を持ち受けることになった俺達は、Nさんと俺二人、右も左もわからないまま、何とか店を営業させる。

 この話の酷いところは、飲食業の繁忙期というのが十二月であることだろう。

 そんなめたくそ忙しい時期に譲り受けては、腕が立っても店の間隔がわからない店長と素人バイトの二人ではなかなか辛い。

 ヘルプさんが一人いたものの、その人も出ない時は絶対出ない。既に体制変更に当たって、辞めることも決まっていた。

 今振り返っても忙殺されたなという感じである。


 そんな忙しさをともに戦うと、不思議と師弟関係というか、そこそこ仲もよくなるもので。

 Nさんが吸うタバコを買ってきてあげたり、酒に付き合ったりしてるうち、ニックネームで呼びあうような仲となっていた。

 それでも尚、彼のストレスの捌け口としての暴言などは止まなかったので、自分の仕事の不甲斐なさを感じる反面、「この人に部下をつけていいんだろうか……」というNさんに対する不満もしょっちゅう感じるようになっていた。

 勿論、ちなみに今でも引きずっている。俺はNさんのそういうところは嫌いだ。


 まあそんな好きだ嫌いだは置いといて。

 前の店は流行らず、閑古鳥がほぼぼ鳴いて、時たま鬨の声が上がるかのように忙しくなる店ような店だった。

 そこから突然、毎日忙しいし売上も叩ける店へとガラリと変わり、再び俺の四苦八苦は加速するのだった。


 特にこの時、調理スタッフも兼任するようになっていた為、負担は増加するばかり。

 負担が増加すれば仕事のできないヤツはミスを犯し易くなる。

 ミスをするとNさんがキレ、文句を山のように言う。

 引きずって言ってこないだけマシだが、この時期、わりと精神的には摩耗する一方だった。



 余談だが、勿論十一月の給料は家賃分以外ほぼ出なかった。

 ボランティアより酷いぞ。

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