第18話「水舞祭 本番編」

 時はあっという間に過ぎた。

 再びあの美しい湖に足を踏み入れると一昨日の静けさとは対照的に多くの人々で賑わっていた。


「すごい人だな」

「まぁ数ある王都の催しの中でも人気があるからね」

「私も小さい頃、お父様とお母様に連れてきていただいたことがありますわ」

「私も弟と去年一緒に来ました」

「へぇー、人気のお祭りなのか」


 露店も多く、小さい子にも人気があるみたいだ。


「競技開催はいつ頃になるんだ?」

「おそらく昼過ぎになるわね」

「ひ、昼過ぎか? 遅くはないか?」

「水舞がメインではあるのですけれど、その前に準備とかもあっていつも昼過ぎになるんですよ」

「そうなのか」

「ねぇねぇだからその前にみんなで祭りを堪能するのはどうかしら?」


 と、綿飴っぽいものを持ちながらアイリスが提案する。

 いやもう既に満喫されている気がするが。

 とはいえこの頃ゆっくりとする機会もあまりなかったことだしたまにはいいか。


「そうだね。楽しもうか」

「さっすがリュウタロウ! 話が分かるわ」


 というわけで祭りを堪能することにした。

 確かに見た目は若干日本の祭りと似ている所がある。

 この何かの果物に蜜のような液体がかかった食べ物なんてリンゴ飴にそっくりだ。


 麺、ではなくなにか小麦粉か何かで練って作った細い生地をこんがり焼いて熱々のソースに絡めて食べる食べ物があったので気になって買ってみた。


「見た目はやきそばだな……」

「あ、それヤバソキっていう異国の食べ物ね。そのソースとメーンが絡んでおいしいのよ」

「メーンって?」

「ああ、その小麦粉で作った細長い生地のことよ」


(ヤバソキにメーンって完全に焼きそばじゃないか)


 まぁとりあえず美味しそうだったので一口食べてみた。


「なっんだと!? う、旨い!」

「でしょでしょ? 私も大好きなんだー」


(ば、バカな。こんな予想外な展開になるとは……味は確かに焼きそばに近いが、何かが違う。なんだか美味しい焼きそばにひと工夫されている感じだ。ソースの濃さもさることながら香辛料でその濃さを打ち消さない程度にマッチしている。後味はさっぱりしていてクセになりそうな味だ)


 下手したら現実世界の焼きそばより美味しいかもしれない。

 なんだろう、この敗北感。

 悔しいが今まで食べてきた焼きそばの中で一番美味しかった。


 他にも射的、輪投げ、金魚すくい、みたいなものもあった。

 ただ全部魔術を使っての娯楽になるが……


 例えば射的、これは魔力弾という魔力を結晶化させた弾丸を魔術用拳銃に装填し、100m以上離れた場所から景品を打ち抜く物だ。

 100mから射撃する射的がどこにあるんだという感じだが、これこそ異世界クオリティなのだろう。

 正直こっちは子供騙し感がないので凄く楽しかった。


 次に輪投げ。これもまあ普通の輪投げではない。

 これもまた魔力で形成されたリングを使って上空に点々とする浮遊城の天辺にリングをくぐらせるとポイントが入る。そのポイントに応じて景品が貰えるという寸法だ。

 これもやってみたが、中々難しい。というか相当高位な魔術を会得していない限り無理っぽい。

 だが、それに見合った景品は恐ろしいほど豪華で中には国の土地の一部を所有権として与えるというものがあった。

 この世界で土地を得るということはかなり高位な身分であると言われる。

 爵位をもらうのと同レベルの名誉があるらしい。


 最後に金魚すくいだ。これはさすがにまともかなと思ったが、さすが異世界。

 全くそんなことはなかった。

 まず、すくう金魚みたいな魚がでかいことだ。体長は何mあるのだろうかというレベルだ。

 魔術で生成した特殊な網みたいなものを使ってすくうわけだが大抵逃げられる。

 しかもその魚は割と凶暴で魔法を放ってくるときもあるそうだ。

 

 もう既に万人向けな娯楽ではないかと思ったが、ナチュラルに小さい子供が挑戦していたので驚きだ。

 異世界の祭りはかなりスリルがあるということをその身に感じることができた。


「もうそろそろ昼過ぎか」


 異世界時計ワールドクロックを見てみると、既に正午過ぎだった。


「はぁー楽しかった!」

「なんだか童心に帰った気分ですわ」

「最高でしたね!」


 気が付けばアイリスたちの手には水風船、顔にはお面みたいな物を付けていた。


「た、堪能しているね……」

「当たり前じゃない。楽しむ時には楽しまないと」


 全くその通りである。

 現に俺も楽しんでいたし―――


「そろそろ競技が始まる時間ですわね」

「あ、ホントだ。満喫していて気がつかなかった」

「リュウタロウさん。頑張ってくださいね!」

「お、おう、任せておけ!」


『皆さん! 大変長らくお待たせいたしました! これより水舞祭のメインイベント水舞競技の部を開催いたします! エントリー者はお集まりください!』


「お、いよいよだな」

「しっかりねリュウタロウ、景品がかかっているんだから!」

「頑張ってくださいまし、リュウタロウ様」


 皆に応援され、俺は競技場へと向かう。

 このときのために水着はしっかりとした物を買ってきた。


 ちなみに景品はまだ開示されていないが、去年はお城だったらしい。

 競泳大会で優勝したらお城って……スケール高すぎだろ……


 見渡す限り強者っぽい人も見受けられる。

 でも俺はこう見えても県選抜、全国大会の経験もあるスイマーだ。

 簡単に負けることはプライドが許さない。

 なので魔術を使うのもやめることにした。


(魔術がなんだ。俺は正々堂々とやる)


 競技開始はいきなりで既にスタート位置に立つように指示をされた。


『それでは~只今より水舞競技の部を開始したいと思います! 各選手位置についてください』


 このアナウンスとともに審判員らしき人が出てくる。


「それでは競技を開始します。各者、位置について……よーい」


 集中力をぐっと高める。

 俺の身体に水泳をやっていたときの感覚が少しずつ蘇っていく。


『バーン!』


 魔術銃の音と共に一斉にスタート。


 開幕は上々だ。浮き上がりから身体2つ分くらい前に出ている。


(これならいける!)


 50mを超えた時点ではトップ。

 しかしこの競技は200mだ。

 向こう岸まで約100m近くはあるため往復してこなければならない。


「あの若いのなんて速さじゃ」

「ああ、長い間水舞を見てきているが、魔術を用いずにあそこまで速い者はみたことがない」


 ギャラリーが俺の泳ぎの速さに驚いている。

 

 折り返し地点の100mが過ぎ、未だ先頭。

 残り100m、特にラスト10mをどう戦うかが肝になってくる。


「リュウタロウ~そのままいけえ!」

「頑張ってくださいまし!」

「リュウタロウさんあと少し!」


 応援してくれているのは何となく分かったが、俺の耳には届かない。

 

 体力はまだまだ大丈夫そうだ。

 泳いでいない期間が長いとはいえ、元々長距離専門だった俺は体力に関しては人並み以上にはあった。

 そしていよいよ運命のラスト10mに差し掛かる。


 やはり後ろから魔術の発動が伺えた。


(き、来たか)


 後ろからものすごい速さで追いかけてきている。

 残り5m、あとはタッチの勝負だ。

 俺はできる限り腕を遠くに伸ばす。

 

 そしてゴール。気が付けば数名がゴールにが着いていた。

 そして結果が告示される。



 結果は2位。惜しくも最後のタッチの差で敗北を喫した。


「負けた……」


 現実とは異なった競技とはいえ、負けるのは悔しかった。

 これも元アスリートとしての性なのだろうか。

 ただ、応援してくれたみんなには申し訳なかった。


 俺が静かに帰ってくると、アイリスたちが出迎えてくれた。


「お疲れ様、魔術を使わなかったのはあんたらしいじゃない」

「ええ、素晴らしい水舞でしたわ!」

「リュウタロウさん、かっこよかったですっ!」


 これを聞いて俺は少し安心をした。

 でも負けてしまったことに変わりはないため、謝罪と礼を言った。


「ま、また来年よね」

「そうですわね。今日は本当に楽しかったですわ」

「そうですね、久しぶりに気分をリフレッシュできました!」


 みんなどうやら楽しんでくれていたようだ。

 明日にはまた再度王宮に訪問しなければならない。

 明日の訪問が終われば、またいつもの日常に戻る。


 こうして水舞祭は沢山の思い出を残して閉幕した。


 

 * * *


 ―――アルージュの森近辺にて。


「あの子が例のマグ使いですの?」

「はい。おそらく」

「まだお若い方なのに随分と警戒しているのね」

「はぁ、何せマグの解放者リベレーターが現れたとのことですからね」

「高貴で偉大なるあの方が言うのですから間違いないはずなのですが、どうも信じられませんわ」

「でしたら試してみてはいかがでしょうか?」

「試す? ああ、あの子たちで……ということですのね」

「はい、ちょうど試作型が出来上がった頃です」

「なら実験台として投入してみましょうか。彼の実力もこの目でみたいですし。ふふふ」

「かしこまりました」


 ―――さぁ私を楽しませてね……噂のマグ使いさん。

 

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