第3話「入国審査」
森が続き、どこまで続いているか分からないような道を2人は歩いていた。
「あなたどこから来たの? 見たことのない服装だけど」
「これは……そのちょっと遠い所から……」
「そう、あなたは旅人なのね」
「ま、まあ~そんな感じなのかなぁ~?」
「なんで疑問形なのよ」
俺は彼女になぜ襲われていたのかを聞いてみた。
「あの……アイリス・リーベンバッハさん?」
「アイリスでいいわ。あなたはリュウタロウ? でいいのかしら?」
「あ、はい。それで大丈夫です……」
(なんで弱腰になるんだ俺!)
はっきり言おう。俺は今まで恋人ができたことが一度もない。
なので複数の異性の子と話したことがあっても2人きりで話した経験はないのだ。
よって2人きりになるとこういう風にオドオドしてしまうのだ。
「ところでリュウタロウ。何か言おうとしてたみたいだけど……」
「あ、うん。どうして盗賊なんかに襲われていたのかなって」
「ああ、それはこのマグが目的で襲ってきたのよ」
「マグって一体なんなの?」
「マグは所有者の気や意志などに反応してそれを魔力に転換させて戦う武器のことよ。だけどマグを使うにはマグ自身に認めてもらう必要がある。マグは生き物みたいなものなの」
「そうなのか……ん? でも俺初めて使ったけどそのマグ……」
「それが驚きなのよ。このマグは兄さんにしか使えないはずなのに……しかもこのマグを扱うには相当な技量と魔力を有するのよ」
どうやら使えないはずの物が使えてしまったようだ。
ただ、あの時は必死すぎて何にも覚えていない。
「そのマグはお兄さんのなんだね」
「ええ、私の兄は王国直属の騎士団『祇王騎士団』の団長なの」
「そ、そうなんだ。そりゃ凄いな」
「でもあなたも本当に凄いわ。初めて使ってヘッズナイトを操ったんですもの」
「ヘッズナイト?」
「ああ、このマグの名前よ。マグにはそれぞれ固有の名称があるの。この世界には様々なマグがあって中には伝説の勇者がこの世界に舞い降りた悪魔たちを成敗するために使ったという伝説のマグが眠っているという言い伝えもあるわ」
この世界ではマグという武器はポピュラーな物のようだ。
珍しそうなマグを手に入れたら、高値で売れる。
盗賊たちが必死になるわけだ。
(っていうかこの世界、魔法もあって、盗賊もいて、マグっていう未知の武器があって、伝説の勇者がかつて存在して……ホント異世界まじやべえ~~~!!)
と思っていたらいつの間にか右手でガッツポーズを取っていた。
「あなた……何やっているのよ」
まるで不審者を見るような目こちらを見られているような気がした。
「い、いやあその……ちょっと嬉しくなっちゃって」
(うわ~なんだよこの変人っぷりは。親の顔を見てみたいわ全く)
自分で自分を罵倒しつつ彼女には苦し紛れな理由を放った。
彼女からどんな罵倒が飛んでくるのか身構えていたが、罵倒どころか彼女は笑っていた。
「面白い人ねあなた」
「ど、どもぉ~」
(ああもう! 確実におかしな人認定されたあ……)
「ところであなたはどこを目指して旅をしているの?」
「いや、特にいくあては……」
「行くあてもなく旅をしているの?」
「まあ、そんなところ……」
「放浪者ってわけね」
「でもさっき大きな都が樹木の上から見えたからまずはそこに行こうかなって」
「あら、そうなの? 私もそこに向かっているのよ」
すると彼女はいきなり詠唱を始めた。
「
彼女が手をかざした先になんと地図が浮かび上がってきたではないか。
「それって、魔法?」
「ええ、常用魔術よ。あなたもしかして魔術を見たことないの?」
「う、うん、さっき俺が使わせてもらったマグで初めて見たんだ」
「あなた変わり者ね。魔術は生活の基本よ?」
「へ、へえ~」
(魔術が生活の基本だと!? す、すばらしい! この世界をもっと知る必要があるみたいだ)
「ところで今はどの辺なの?」
「―――今は、アルージュの森だからこの辺ね」
「お、結構近いな」
「そろそろ森を抜けられるわね」
森を抜け、少し歩くと広い草原が見える一本道が姿を現した。
都までもう少しだ。
「そろそろ王都につくわ。あなたドールカードは持ってる?」
「どーるかーど?」
「身分を示すいわば証明書みたいなものよ。入国審査に必要なの。それともほかの大陸から来たのかしら?」
その時俺はこの世界で自分だと証明できるものが何一つないということに気づいた。
「あの……これじゃだめかな?」
手渡したのは高校の学生証だった。
高校入学時に撮った初々しい写真が載っている。
(高校入った時俺の顔やば……)
というまあ恥ずかしい写真付き証明書を見せたわけだ。
「なによこれ? しかもどこの国の字よ」
アイリスは俺の写真のことより字のことについて指摘してきた。
「え、これ日本語……」
「ニホンゴ?」
それもそのはずこの世界は俺たちのいる世界とは別の次元で存在している世界だ。
そりゃもちろん知っているわけがない。
「いや、ごめん。俺の国の字なんだ」
「そ、そう変わった字なのね」
「そ、それでさこれは使えるのかな?」
「見たことも聞いたこともない字だから恐らく通らないわね」
「で、ですよね~」
現実世界でもそうだ。
違う国に入るときは必ず入国審査を行うものだ。
こんな見たことも聞いたこともないような国の輩なんて入れさせてくれるわけがない。
するとアイリスがいきなり手をポンッと叩いた。
「これならいけるかもしれないわよ」
* * *
「で、なんでこうなった?」
俺は犬の着ぐるみに身を包んでいた。
「ペットなら証明書は必要ないわ!」
「いや、確かにそうかもしれんけど。流石にばれるだろう」
「大丈夫よ、あなたに僅かだけど犬に見えやすくなる魔術かけておいたから」
「全長180cmの犬なんてどこにいるんですかねえ?」
不満はあるが入国出来ないのならいたしかたない。
俺はこの哀れな姿を受け止めることにした。
にしても暑い。テーマパークで着ぐるみを着て激しいことをされている方々の気持ちが分かった。
「しっかり4足歩行で歩きなさいよ」
「はいはい、わかりましたあ~」
(くっ……異世界に来て犬のコスプレさせられ美少女にリードで引っ張られて……ん? なんだろう、なぜか悪い気はしないぞ!?)
そう思った時、自分がいかに変態なことに気づく。
都の入り口の門の前に来た。
入国する者が順番に並んで申請を受けている。
「本当に大丈夫なのか?」
「まあなんとかなるわよ」
「なんとかなる……ねえ」
どこからその自信が出てくるのかは分からないが、とりあえず今はアイリスを信じる他なかった。
「はい、ドールカードを確認するよ~」
「はい、お願いします」
「―――ん? その犬はペットかい?」
「はい、トムっていいます」
(なんだよトムって……英語の教科書とかによく出てくる登場人物か!)
審査官はじっと犬に扮した俺を見てくる。
少し首を傾げ、悩む姿を見せる。
「まあ、いいでしょう。先にお進みください」
入れてしまった。
疑われそうにはなったがそれ以上踏み込まれることはなかった。
「ふう……暑さで蒸されそうになったわ」
「ほら、言ったでしょ? 大丈夫だったじゃない」
「そ、そうだね……」
(俺はすげえ疲れたけどな)
彼女の破天荒な考えによって俺たちは無事に入国することができた。
これが異世界へ来て初めての王都訪問だった。
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