第31.5話「野望」

 ―――時間は少しだけ前に遡る。


「プリシア様、奴らを生かしていてよろしいのですか?」

「大丈夫よレントナー。彼等に勝ち目はないわ」

「ということは遂に”あれ”が……」

「ええ、完成したわ」

「おお……ついに……遂に悲願が叶うのですね!」

「そうよ、ホントに……待ちわびたわ……」


 ―――数年前。


「ねぇミンスリー。今日は私と外にでない?」

「ごめんなさいお姉様。今日は伯爵家への挨拶とお父様の演説の手伝いがあるの」

「えぇー、いいじゃんたまにはサボっても」

「それはできません。私たちはいつかは人の上に立つ身。お父様のお手伝いも立派な政治活動です」

「ホントにミンスリーはマジメよね。まだまだ先の話なのに」

「お姉様の自覚がなさすぎなんですよ……」

「仕方ない。私一人でいく」


 ミンスリーが外出した後、プリシアも支度を済ませて外へでる。

 ミンスリーは民に顔を知られているため、途中で民衆に囲まれないために、ちょっとした変装をして出て行った。


 プリシアはめったに表舞台に顔を出さないため、変装する必要がなかった。


「ミンスリーも大変よねぇ……わざわざ外出するにも変装しなきゃだなんて」


 自由気ままに街を歩く。

 今日はいい天気。散歩するにこんなにいい日はない。


 街を歩いていると、何度か同じ張り紙を目にする。


「王位継承……ね。まぁ……後から頑張れば大丈夫よね」


 まだまだ先の話とは言っても3年もない。

 時はすぐにやってくる。

 表舞台に顔を出さないのは単純で、面倒だからだ。

 疲れるし、したくもない笑顔をしなきゃいけないし。


 別に王位に関して興味がないわけじゃない。

 ミンスリーがやっているような地道なことが嫌いなだけなのだ。

 実に怠惰だが、性に合わないと思っているので仕方がないと思っていた。


「久しぶりに外に出ると疲れるわ……ちょっと休もうかしら」


 広場の椅子に腰をかける。

 広場は沢山の人で賑わっていた。

 耳を澄ませてみるとこんな声が聞こえてくる。


「―――ねぇねぇ王位継承の選挙、どっちに入れる?」

「―――もちろん、ミンスリー様だよ」

「―――やっぱり? ミンスリー様はこの国のこと、凄い考えてくださっているよね」


「さすがミンスリー。人気ね……」


 すると逆にこんな声も。


「―――なぁプリシア様は選挙にでる気あるのか?」

「―――そうだよな。俺なんか顔すら見たことないぞ」

「―――俺もだよ。長い間この国にいるけど見たことがない。もう伝奇レベルだぜ?」

「―――ホントは表舞台に出れない理由があるんじゃね?」

「―――何かやらかして監禁されてるとか?」

「―――あるかもな! はははは!」


「あいつら……人が見ていないからって勝手なことを……」


 だが、こんな意見は彼等だけではなかった。

 聞いていると次々と自分のよくない噂が出てくる。

 逆にミンスリーはどれもいい噂ばかり。


「気分が悪いわ……」


 プリシアが王宮に帰る頃には、ミンスリーが政治活動から帰ってきていた。

 父であるロック・ナパードの姿もあった。


「あ、おとう……」


 声をかけようとした時、ミンスリーと父の話が聞こえてきた。


「ミンスリー、お前はよくできた娘だ。誇りに思うよ」

「いえ、私もお父様に従事できて幸せですわ」


 仲良く話す2人。

 なぜか自分はあそこの輪に入ってはいけない気がした。

 最近は王宮も王位継承の件で忙しい。

 その中で自分だけ怠惰な生活をしていたからだ。


 日が経てばたつほど父親に声を掛けられることは少なくなった。

 逆にミンスリーには毎回のように楽しそうに話をしている。

 端から見れば自分はまるで元からいなかったような……そんな扱いを受けている気がした。

 母親が他界して数年。頼れるのは国王である父親しかいなかった。


 だがその父ですら離れていくような気がしてならなかった。


 その頃からだ。ミンスリーに対する認識に変化が出てきたのは。

 元々彼女の母が農村出身というイレギュラーな存在であったのが不満だった部分も少なからずあり、この日からプリシアの感情が大きく揺らぎだしたのである。


 月日が経つにつれて周りが騒がしくなってくる。

 父親のロックはすっかりミンスリーを特別扱いするようになり、完全に2人だけの世界が広がっていた。

 もう自分の入る余地なんてこれっぽっちもない。

 そう思った彼女は完全に部屋に籠る生活を送るようになった。


「あいつさえいなければ……」


 ミンスリーに対する感情は悪くなっていく一方。

 ミンスリー自体もプリシアを気にかける様子はほとんどなく王宮内ですれ違っても何も会話することすらなかった。

 その上自分とは正反対の悠々とした生活を送っていた。

 皆から愛され、支持されて……プリシアにはどれ1つも持っていない物だった。


「あとから入ってきた部外者なのに……お母様以外の違う血が流れた女なのに……」


 気が付けば感情は嫌悪から憎悪に変わっていた。

 もう既にあいつの笑顔を見ただけで不愉快になる……という感じだった。


「こうなったら調子に乗ったあいつを埋めてやる。私から大切なお父様を取った恨みを晴らしてやる」


 彼女の心には1つの野望が生まれていた。

 自分ではもうどうしようもできない強い感情が。

 

 ―――そう……彼女はいつしか野望という縛りに支配されていたのである。

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