第15話「来都」

 謎の魔獣ビースト襲来から早くも1週間ほど経過した。

 例の新種の魔獣ビーストはまだ調査中だ。

 いや、にしてもあの時はまじで死ぬかと思った。

 結構死に際を彷徨っていたなとあとで思い返す。


 アークビーという新手の魔獣ビーストが出てくると思ったら口からビームを吐く完全上位互換の奴が出てきて、しまいには自分のマグが喋る始末。

 色々混沌とした出来事が異世界に転移してから起きてばかりな気がする。

 まぁ異世界オタクにとってこんな出来事を肌で感じることができるなんてご褒美みたいなものだ。

 正直、まだ数日しか経っていないのに今まで過ごしてきた現実世界よりもよほど充実している気がする。


 さて、学園生活も板についてきた。

 クラスメートとも少しずつ話始め、楽しく毎日を過ごしている……が。


「すごい! ザイゼンくんのマグが喋ってる!」

「マグが喋るなんて大発見だよな!」

「名前なんて言うのー?」


『やあ~やあ。私、超人気だねえ』

「そりゃ、喋らなかったものが喋ったらそうなるわ」


 マグが喋るということを隠すべきか迷い、一度並行世界の異次元空間にぶち込もうかと思ったが、ヴィーレがそれを拒んだため、野放しということになった。


 それにしても自分で意志を持つ上に移動もできるなんて聞いてないぞ。

 物が歩いてどこかにいくっていう冗談が通用しないじゃないか。

 脱走とかしたらどうするか……


 こんなことを考えながらぼーっとしているといきなり目の前が真っ暗になる。


「だーれだ」

「ん? アイリスか?」

「せいかーい。なんで分かったの?」

「勘かな」

「勘って……他になにかあるでしょ? 『アイリスならすぐ分かるよ!』っとか」

「お前は俺に何を求めてるんだ……」


 するとアイリスはいきなり話を切り出す。 


「ねぇ、リュウタロウ。今度の休日に王都にいかない?」

「王都……? 何か用があるのか?」

「買い物よ! かーいーもーの!」

「そ、そうか。だが俺が行く必要あるのか?」

「えっと……に、荷物持ちがいないのよっ!」


(まじかぁ……)


 まぁ大体そうだよな。俺誘う理由なんて……


「じゃ、じゃあミルやイルーナたちも誘おう。みんなで行った方が楽しいだろ?」

「え、うん。分かったわ……」


 アイリスはどこか悲しいような顔をする。


(あれ? 俺何か悪いこといったか?)


 そういうわけで今度の休日にみんなで出かけることになった。



 * * *


 ―――当日。


 待ち合わせは休日の学園前だった。

 なぜならそこが一番集合場所として分かりやすいからだ。


「リュウタロウ様~」


 一番乗りはイルーナだった。しかも集合時間30分前に来た。

 よかった……集合時間間違えといて……

 俺は集合時間を勘違いして1時間早く来てしまっていた。

 なぜか分からないが、救われた気分になった。


「お誘いありがとうございます。とてもうれしいですわ」

「う、うん……」


 今日の彼女はなんというか一味違った。

 眼鏡を外しているからか、いつもより一層可愛く見える。

 別に眼鏡が嫌いというわけじゃないんだが、外した姿は新鮮さ故か魅了されるものがあった。


「今日のイルーナなんか違うね」

「はい? その……お気に召しませんでしたか?」

「あーいやいや。なんか雰囲気がいつもと違うなって」

「いつもワタクシ地味ですものね……」


 褒めようとしたつもりがなぜか落ち込ませる結果に……


「いや! 凄い綺麗だよ。いつも以上に!」

「ほ、本当ですの?」

「お、おう!」


 するとイルーナは一気にご機嫌が良くなり、しがみついてくる。


「い、イルーナ!?」

「凄く嬉しいですわ!」


「……なにいちゃいちゃしてるのよ」

「お2人さんともお似合いですね」


 いつの間にか目の前にアイリスとミルが……


「お、おい2人ともいつからそこに……」

「数十秒前よ」


 全く気配がなかった。というかイルーナの方に気を取られていたからか。

 しかもミルまでいるなんて想定外だった。


「そ、それじゃあ行こうか……」

「あ、ちょっと待って」

「どうした?」

「今日は馬車を手配しているの」

「ば、馬車?」


 すると学園の方から一台の馬車が近づいてきた。


「やあ、皆の者よい休日は過ごしているか?」

「れ、レーナ会長!」

「今回はレーナ会長に頼んで馬車を出してもらったの」

「けど、どうして……」

「王都では浮遊魔術での来都は禁止しているんだ。入国審査を通らない輩とかが出てくるからな

「な、なるほど」

「私もバルクさんに用があるのだ。だからちょうどよかった」


 こうして俺たちは馬車へと乗り、王都へと出発した。


「久しぶりの王都だな……初めて魔獣ビーストに襲われた時以来か」

「あの時はいきなりでびっくりしたわよ」

『だが主様は活躍したじゃないか』

「まぁ、奇跡的に1体倒したけど」

「だが、マグの扱いに慣れていないのにも関わらず新種のアークビーを倒すとは中々だぞ」

「さすが、リュウタロウ様。確かにこの間の1戦で湧き上がる強さを感じましたわ」

「はい! マグを使って1か月とは思えません!」

「終いにはヴィーレを覚醒させるし、なんか負けた気分だわ……」


 王都への道のりは大体馬車で片道2時間ちょっとという所だ。


「ところで皆は王都に何をしに行くのだ?」

「俺はアイリスの荷物持ちを……」

「私はリュウタロウ様に誘われて……」

「私もです」

「会長は団長に何の御用なんですか?」

「稽古だ」

「稽古……?」

「私は時折王都に出向いてバルクさんに剣術を教えてもらっているのだ」

「そ、そうなんですか」


 あの俊敏な動きはバルク団長の教えによって生み出されたものなのか……

 あんなに無類の強さを誇っていた会長の師である団長ってどこまで強いんだ?


「彼には本当に感謝しているよ。何もなかった私にマグと剣術という物を与えてくれた人だ」

「感謝……か」


 俺は今まで誰かに心から感謝したことがあっただろうか。

 現実世界では毎日当たり前のように学校へ行き、当たり前のように水泳を続けていた。

 一度当たり前になると感謝というものは必然的に形を無くす。

 だからこそ会長が団長に対して心からの感謝をしている所になにか引っかかるものを感じた。


「あ、王都が見えてきましたー」


 あっという間の2時間だった。

 入国審査をしっかりと通り、王都へと入る。

 にしても相変わらずの盛り上がりだ。

 この前の一件があったのにも関わらず、完全に復興して既に元の姿を取り戻している。


 レーナ会長とはここで別れ、俺たちは王都を散策することにした。


「さぁ! 遊ぶわよ!」

「は? 遊ぶ?」

「あ、いや。買い物ついでにせっかく来たんだから遊ぼうかなって」

「いいですわね、日ごろの疲れを癒したいですし……」

「賛成ですっ!」

「じゃあ決まり! 行くわよリュウタロウ」


 アイリスは俺の手を引っ張る。


「あ、アイリスさん! リュウタロウ様と手を握るのはNGです~」


 すぐさまイルーナは俺の腕にしがみつく。


「い、イルーナだからそれはやめ……」

「別に握ってないわよっ! それと腕を組むのはやめなさい!」

「なんでですの? それならアイリスさんもリュウタロウ様の腕にしがみつけばよろしいのでは?」

「そっ、そんなことできるわけないでしょっ!」

「いや、だからさぁ……おい、ミル。2人を止めてくれよ」

「私じゃ無理ですよ~ふふっ」


 困惑する俺に後ろで微笑ましく見守るミル。


 今日もまたしんどい1日になりそうだ。

 そう思う俺であった。

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