第22話 真実の愛はこの手の中に
「てっきりお前には雷術の効きが悪いのかとも思っていたが…そんなことはなかったな」
ユーリがそう言って、顔にできた真新しい傷を拭った。
声を投げ掛ける先には
木の根元に座り込み、幹にその身を預けている。
ピリピリと身体を回るのは彼の雷。
(足も…腕も、もう動かないネ…)
桃鈴が呆然と足元を見つめる。
電気刺激でほんの少しだけ、呪術による眠気が去ったのが幸いか。
それでも自身を待つ運命に然したる変わりはない。
覚悟を決める桃鈴だったが、ユーリは笑って剣をおさめた。
暗い影を宿す瞳が彼女を映す。
「どうせ…お前も俺もここで死ぬんだ。なら最期に楽しいことでもしようか」
抽象的な物言い。
けれど彼が自身の襟元を緩める動作に、その意図を察する。
「確かお前は未通女だったろう?どうだ。悪くない提案だと思うが」
「…ユーリ。お前…」
『どんな手を使っても生き残れ』
桃鈴の頭に先ほどの言葉が再生される。
ユーリはジオの存在を知らない。
アイザックが領主になる未来のみを想定して、助けが来ないことを前提にこれを言っている。
この提案を受け入れれば、時間稼ぎにはなるだろう。
黙ってしまった桃鈴に、ユーリは心底不思議そうに首を傾げた。
「どうした?まさか、この期に及んでそんなものを大事にとって死ぬつもりか?」
「ハハ…そんなわけないだロ。こんなモンさっさと捨てたいぐらいヨ」
軽く笑った後、桃鈴は彼に視線を向けた。
「でも…ワタシでさえ要らないって、そう思ってたのに…身を張ってまで守るバカがいたから、お前にはやらない」
その言葉にぴくりとユーリの表情が動く。
「エリオットのことか…?本当にあいつはバカだな」
「そうネ…。バカでノロマで、ユーリ。お前がずっと怖がり続けてるエリオのことヨ」
時が止まった。
ずっと感じていた違和感が顔を出す。
「…は?」
一切の余裕が切り捨てられた顔。
桃鈴が何度か目にしたユーリの素顔。
その表情に疑惑が確信に変わる。
「なんでエリオの恋人を寝取ったカ…?執拗にエリオを自分より下だと貶めていたのは何故カ…?」
ゆっくり息を吐いて口角を上げた。
「お前、エリオが怖かったんだロ」
1拍間を置いて、ユーリが余裕然と笑った。
けれどその指先がわずかに震えたことを、桃鈴は見逃さなかった。
「何を…」
「例え何人女を抱いたって、お前の心は満足しないヨ。いくら…愛されたって意味なんてない。だって欲しい愛はたったひとつだけネ」
まるで自分に言い聞かせるように彼女は続ける。
「ユーリ。お前の父親がエリオに愛想をつかしたなんて嘘ネ。むしろ最初から、エリオのことしか見ていなかったんじゃないのカ」
「…黙れ」
表情の消えたユーリが再び剣を抜く。
だがしかしそれに露程も怯むことなく、桃鈴は続けて声を放った。
「ユーリ!お前は図星を突かれると余裕がなくなるネ!あの時、エリオは可哀想じゃないと言ったワタシにキレたのもそうヨ!」
「黙れ!」
「お前はエリオが可哀想だと思いたかった!自分と違って可哀想で憐れで、愛も受けられない弱い弟だと信じたかったんだロ!?」
「黙れと言っているッ!!」
ユーリが右手を振りかぶり、持っていた剣を彼女を狙って投げる。
滑るように向かってくる切っ先。
もう避ける力もない。
それでも彼を真っ直ぐに見据えて、桃鈴が吠えた。
「兄弟に劣等感を抱いているのはエリオじゃない!お前だユーリ!!」
瞬間、走る一閃。
ユーリの剣は彼女を襲うことなく、跳ね返され地面に刺さった。
それを行ったのは、ふたりを結ぶ軌道に現れた男。
ユーリがこの世界で最も嫉妬の念を抱いた人物。
「エリオット…!」
突然現れた弟を、ユーリは苦虫を噛みつぶしたような顔で睨み付けた。
「
エリオットは乗って来た一角獣を逃がした後、こちらに背を向け桃鈴の元に走る。
その様子を見ながらユーリが眉を顰め、独り言のように呟いた。
「父上は総会中にエリオットに家督を継がせる予定だった筈…。何故ここに…」
疑問を最後まで口にする前に、その声が止まる。
ユーリの中に有り得ない道筋が立った。
(地位も、父上さえも捨てて…こいつは、このチビを選んだということか…!?)
「桃鈴!大丈夫か!?」
名前を呼ばれ我に返った桃鈴が、慌てて口を開いた。
「エリオ…エリオット!どうしてここに…!?」
言い欠けて、彼の背後に立つユーリを見て直ぐに唇を閉じる。
(イヤ…そんなことを気にしている場合じゃない)
駆け寄ってきたエリオットに向かって、重い身体で必死に身を乗り出す。
「桃鈴!」
「ワタシは既に術式の無効化ができなくなってるヨ!呪いも体をまわって…まともな戦力にならないどころかお前の足を引っ張るだけネ!」
「何…!?」
「良いカ。ワタシを囮にして逃げロ。まだ間に合うネ。ここでふたりで死ぬことなんてない!」
森へ向かって指をさす。
総会の間さえ乗り切ればジオが助けに来てくれる手筈になっている。
桃鈴はもう助からなくとも、彼には生きる道がある。
(どのみちワタシにはここで死ぬか、いつ目覚めるか分からない眠りにつくかの2択しないヨ…!なら、)
けれどエリオットは一切その場から動くことなく、地面に膝をつき彼女の手を取った。
「お前!何して、」
「桃鈴」
小さい手を握り、彼は真剣な表情で言葉を紡いだ。
「君のことを愛してる」
「父上の愛を拒んだだと…!?お前は…何なんだ、エリオット…」
ユーリが頭を抱え、ふらふらと後ずさった。
自分が望んで止まなかったものを、この弟はあっさり手放したのだ。
心を支配するのは身を焦がすような嫉妬と、悲しくなるほどの父親への愛情。
(これだから、コイツは…!)
最後に残っていた堰が決壊する音がする。
「馬鹿にしやがって…」
空の色が変わった。
彼の頭上、遥か上を中心に厚い雲が渦を巻き、帯電を始める。
(後から回復も蘇生もできないように…ふたり揃って雷で消し炭にしてやる!)
ユーリが手を振り下ろす。
天から巨大な光が落ちてくる。
圧倒的で絶対的、抗いようのない神の力。
「…エリオ。お前、何を」
その光のすぐ真下で、彼を逃がすことも忘れて桃鈴が呆然と呟いた。
固く結ばれた手から感じるのは強い決意。
「僕が一生守るから、だから」
強い雷光を一瞥も瞬きさえもすることなく、エリオットは晴天よりも碧い瞳で彼女の黒い虹彩を射抜く。
「だから、僕を信じろ」
まばゆいばかりの光に包まれても、彼から視線を逸らせない。
その瞳の方が眩しいとさえ思った。
「ウン…」
桃鈴が呟く。
ガラスが割れるような音が響いて、自身の体内を巡る呪いが壊れたことが分かった。
古代呪術、眠り姫。
発動すれば文字通り永遠の眠りにつく禁忌の呪い。
その解除方法はひとつだけ。
真実の愛を手に入れることである。
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