第8話 ぱこぱこし放題かどうかは人による
広い廊下に足音が響く。
「どうぞ」
「ありがとう。ああ、そのまま開けておいてね」
「?はい」
扉を開け主人を客室に通し、続いて自分も入室する。
そして部屋の中心を見て、エリオットがビクッと立ち止まった。
「ど、どうしたんだ…?」
「あらまあ」
フィオが驚いた声をあげるのも道理、ソファの上で死んだ表情を浮かべる
彼女はもそりと顔を上げ、濁った目でふたりの姿を捉えた。
「…昨日ネ…独身仲間の知り合いに会ったんだけどさ…結婚してたんだヨ…」
「あ、ああ…めでたいことじゃないか」
「…妙齢の恋活女がそれを心の底から祝福できるとしたら、そいつは既婚者か聖女ネ」
「大丈夫だよ。あと10年後ぐらいになると、今度は離婚の方が多くなるから。スタートは一緒だ」
「…全然フォローになってないヨ…」
フィオが桃鈴の前に腰かける。
年を取るって怖いなと、この場で一番若いエリオットは思った。
「それで、今日は何の用ネ」
「ああ。エリオットと桃鈴ふたりに、頼みたいことがあるんだ」
「僕もですか?一体何を…」
「フィオ!いつまで待たせるんじゃ!」
誰のものでもない声が響く。
何事かとエリオットがあたりを見回した瞬間、にゅるりと机から少女が生えた。
「わーっ!?」
「……」
彼女が扉から入ってくるのを見ていた桃鈴は驚くこともなく、知っていたフィオはふうとため息をついた。
「リリー。相変わらずせっかちだなあ。今呼ぼうと思ってたのに…勝手に入ってきちゃうんだから」
「ふん。悪いが死んでも時間は有限なんじゃ」
そう言って腰に両手を当てた少女は、爪先から髪の先まで半透明で、背景が透けて見えた。
人の死後、その魂や思念だけが現世に残り活動する、いわゆる
「十二華族の
「桃鈴ヨ」
「十二華族の
エリオットの声が小さくなる。
リリーに、眉間に皺を寄せ目を細めた妙な表情で、ジッとを見られていたからだ。
彼女はその質問には答えず、フィオを振り返った。
「もしかして、相手はこいつか?ちょっと想像してたのと違うんじゃが」
「…?」
「そうなの?エリオットも素敵だと思うけど」
「ワシは筋骨隆々の精強な男が良いと申したじゃろ。こんな女の子みたいなひ弱そうな奴じゃないぞ」
その言葉はぐさぐさとエリオットの心に刺さる。
慰めの意味を込めて、桃鈴が彼の背中に手を添えた。
「彼らは口も固いし、いちばん信用できるよ。それにこのふたりでよく仕事もしてるし…この前はエリオットの家にお泊まりに行ったぐらい仲が良いし」
「…僕の部屋が大破したぐらいしか得るものはありませんでしたけどね」
「あれは反省してるヨ。正直すまんかったネ」
「ふむ…。そういうことならまあ…仕方ないか」
何のことかは不明だが、リリーが納得する。
続いてフィオがエリオットと桃鈴に向き直った。
「リリーは先日亡くなったんだ。孤児院や看護学校の開設を行ったり、人々に尽くした高徳な人物だったんだよ。本来なら、天国に行くんだけど…」
「…ワシには心残りがある。その為に幽霊となってまでこの世に残っているのじゃ」
享年112歳。
人間にしてはかなりの大往生である上、その寸前まで当主を務め上げた功労者である。
そんな彼女の心残り、小事である筈がない。
「これは極秘で頼みたい案件じゃ。他言無用ぞ」
「なんと…!?」
「このふたりにしか頼めないんだ」
フィオの言葉に、エリオットがごくりと唾を飲み込む。
リリーは真剣な顔で口を開いた。
「デートがしたいのじゃ」
「……は?」
「わかる」
呆気にとられる彼とは対照的に、桃鈴は神妙な表情で頷いた。
「いいカ。肉弾戦では相手の力を利用することも考えるヨ」
屈強な男の顔を、足よりも太い腕が襲う。
大量の汗飛沫と共に、大きな歓声があがった。
「例えば、棒立ちの奴を殴るだけなら力は1方向だけヨ。でもこっちに向かって走ってくる奴を殴れば2方向からの力が加わるネ。当たり前の話だけど、応用できれば自分より力の強い奴でも倒せるヨ」
「なるほど。それを咄嗟に出来るようになる為には、練習して慣れていくしかないか…」
「そうネ。こうして人の戦闘を見るのも参考になるし…実戦なら最初は攻撃一手一手を意識して、」
「オイ。…これはなんじゃ」
言葉を遮り、リリーの怒りを押し殺した声が響く。
それにエリオットと桃鈴が顔を見合わせ、揃えて口を開いた。
「「デート」」
「馬鹿かお前らは!ワシが何の知識もないと思ったか!?こんなエグいデートがあってたまるか!」
そう広くはない町の闘技場。
中央では白熱した拳闘試合が繰り広げられており、金を賭けている観客はそれ以上に熱い野次を飛ばしている。
「こんな厳ついオッサンばかりの場所がデートスポットでたまるか!さてはお主達が行きたいところに行きおったな!勝手に戦闘訓練するな!」
「チッ…バレたカ。我が儘な聖女ネ。何がお望みカ」
「まずここを出ろ!お洒落な喫茶店に行け!そして…そうじゃな。せめて手は繋いでもらわんとな」
「手っ…!?」
リリーの発言に、エリオットが反応した。
「デートとは手を引いて、エスコートするものなのであろ?」
きょとんと首を傾げる彼女の望みは「デートをすること」だった。
リリーは赤子の時にエーデルワイス家に拾われ、それから言葉通り死ぬまで修道女生活を送ってきた。
その為生まれてこのかた男性とデートというものをしたことがなく、それがこの世に留まる原因だと言うのだ。
万が一この未練が露見すると家の者に示しがつかないので、今回は秘密裏にフィオを頼ってきたという訳である。
さて、そんな願いはありつつも、リリーは幽霊だ。
実態のない彼女とは手を繋ぐことはできないし、どうやって叶えるかと言われれば。
「はいヨ」
「あ、ああ…」
差し出された手を、エリオットがそっと握る。
「人の体温は久々じゃ。温かいのう」
桃鈴の口からでた言葉だが、これはリリーの声である。
現在、彼女は桃鈴に憑依している。
生きている者に取り憑くことで、その感触や匂いを共有できるのだそうだ。
そのままの状態でエリオットと手を繋げば、あら不思議、幽霊のリリーは手繋ぎデートができるのである。
ひとつの身体からふたりぶんの声が出るので、はたから見ていると大分気味は悪いが。
「……」
そして今、エリオットはそわそわしていた。
桃鈴の手は小柄な体型に見合って小さく、けれど長年の修行のせいか少し硬い。
そして何よりその体温が、彼の心を落ち着かなくさせるのである。
(これも仕事だ…。余計な感情を持っている場合ではない。桃鈴だって、平然としているじゃないか)
「えっ…」
ところがそんな無表情のはずの彼女を見て、固まった。
桃鈴の頬は赤く染まり、口元が緩んでいる。
その光景に思わず心臓が早鐘を打った。
「た、桃鈴」
顔を上げた彼女と目が合う。
桃鈴はまるで愛しいものを見るかのように瞳を細めて、微笑んだ。
「フフ…。こうしてると…なんだか故郷で妹達のお世話してたことを思い出すネ」
一拍遅れて、エリオットが少し間抜けな声を出した。
「……妹?」
「あい。手を引いてあげないとはぐれちゃうから…可愛かったなァ」
「……」
「はぐれそうじゃもんなお主」
(妹…)
迷子になる年齢の子供、さらには異性ですらない。
落ち込むエリオットをよそに、リリーが不満を口にした。
「むう…なんか違う気がする」
「何がネ」
「男と手を繋ぐと、もっとこう…心臓がモサモサすると聞いたんじゃが」
「モサモサ…?おばあちゃん、それ多分毛が生えてるだけヨ」
「はて…?ドキドキか。桃鈴、お主が妹とか言うからじゃぞ。ぶち壊しじゃて。一回ちょっと身体の主導権をくれんか」
「んー…まあ良いネ。はいヨ」
そう返事をした瞬間、桃鈴の意識が底の方に追いやられる。
視界がぼんやりと霞がかり、手足が勝手に動き、まるで自分の身体ではないかのようだ。
(修道女だし…今回は敵もいないし大丈夫だよネ)
ウトウトしはじめた桃鈴に、静かな波の音が聞こえてきた。
『ダッハッハッ!俺も大概だが、チビよ、お前も苦労しているのだな!ほらこれでも食え!』
そう言って差し出されたのは小瓶。
中では果物が何かに漬かっている。
それを受け取って、桃鈴は口を開いた。
『本当そうヨ!ワタシ…兄弟多い。苦労ばっかりネ!…でも、すぐ下の弟以外、可愛い。可愛いが過ぎて、幸せの方が多い。だから頑張るヨ。早く強くなって、荒稼ぎするネ』
『すぐ下の弟どうした。…だがお前がいくら頑張ったところで、弟妹達が期待通りになるかはわからんぞ。お前の稼いだ金をただ食い潰し、人に迷惑をかける馬鹿に育つかもしれん』
その言葉に、果物を口にした桃鈴が目線を上に向けた。
もぐもぐと食べながら考える。
『ウーン…。それなる困るヨ。でもワタシ、お姉ちゃんだから…』
『……』
『ブン殴ってボコボコにして引きずり回すヨ。それでも悪いこと繰り返す。なら、ワタシが殺してやるネ』
『…殺す?』
予想外の返事だったのか少し驚いた相手に、桃鈴は大きく頷いた。
『身内の恥は身内で片付けるが良いヨ。弟妹もワタシに殺されるなら本望ネ』
『…ハッハッハッ!それは豪気な話だ!本当に…お互い苦労が多いことよ』
『ねェ、これ変な味するネ。お腹すいてるから食べるけド…。なんかボーッとしてきたヨ…』
桃鈴が新しい瓶を開ける。
床に置いた小瓶の中身、水面に波紋が広がった。
「桃鈴!」
エリオットの声が林の中に響き渡る。
両手で桃鈴の身体と組み合いながら、押し倒さんとする彼女の圧力に必死に耐えていた。
「桃鈴!起きろ!」
リリーの要望で公園に行ったのだが、人気のない木陰でいきなり襲ってきたのだ。
桃鈴の名を呼ぶが、彼女からの返事は無く未だ意識が戻っていないのだと悟る。
「くっ…!リリー様っ!一体どうされたというんですか!これが悪霊か…!?」
「悪霊とは失礼な!誰だと思うとる!ちゃんと正気は保っておるわ!」
「えっなら何で僕は襲われているんですか…?」
それを聞くと、彼女は真っ直ぐな目で口を開いた。
「いや何。一発やらせて欲しいだけじゃ」
「…!?!?だ、駄目に決まってるじゃないですか!」
「ケチケチしとるんじゃない!1回ぐらい良いじゃろ!」
「そ、その1回が大事故ですよ!」
「……ふむ。やはり普段通りではないと駄目か」
(普段通り…?)
リリーは急に力を抜き、静かに呟く。
「……エリオ」
「た、桃鈴?」
そんな彼女の顔は眉を下げ、唇をぎゅっと結び、その瞳は上目遣い。
普段なら絶対見せないような桃鈴の表情に、思わずどきりとする。
そのまま彼女は懇願するように口を開いた。
「エリオ。ワタシとキスするのは嫌カ…?」
「えっ…」
ほんの一瞬、エリオットの力が緩んだ。
その油断を見逃さず、リリーが力を込め前に侵攻してきた。
「フハハハ!引っ掛かりおったなぁ!オラー!まずは唇を出せぇ!」
「わーっ!悪霊よりたちが悪、わっ!」
エリオットが地面に尻餅をつくが、リリーはぐいぐいと迫ってくる。
「大丈夫じゃ!先っちょ!先っちょだけじゃからぁ!」
「やめろぉ!何の先だっ!」
桃鈴の体だ。
元々の力が強く、このままでは押し負ける。
「くっ…!」
戦闘で桃鈴に敵うわけがないが、今操っているリリーは素人だ。
エリオットの顔に近付くことに必死になり、その重心は前に傾いている。
(桃鈴は小柄だ。ならば体重も軽いはず…!)
「ぐくっ…!」
両手にありったけの力を込め、少しだけ押し上げる。
「無駄じゃ無駄ァ!さっさとその唇をよこっ、せっ!?」
リリーが一層力を入れた瞬間、エリオットが腕から力を抜いた。
その反動で体が前につんのめったところに、下から勢いよく膝で蹴り上げる。
「えっ」
ほとんど力の抜けた下半身はぶわりと浮き、さらには気持ちよく回転。
「ぎゃんっ!」
リリー、もとい桃鈴の身体が背中から地面に落ちた。
幽体のリリーが中から飛び出し、木の根元で伸びている。
桃鈴のその黒い瞳がゆっくり開いた。
「…エリオ。ありがとうネ」
「…今度は本物か…」
「さて…説明してもらおうカ」
「……」
そう言って桃鈴が腕を組んだ。
目の前には半透明のリリーの姿。
ブスッと頬を膨らませている。
「なんか様子はおかしいと思ってたけど、あんな凶行に出るとは思わなかったネ。何が目的か聞かせてもらおうカ」
「…どうせ…」
リリーが呟く。
そのまま不満タラタラに口を開いた。
「どうせぇ…おぬしらも仕事仲間といいながらぁ…合体仲間でもあるんじゃろうと思ってぇ…」
「がっ…!?」
「毎日3回したとしたら、1年で通算1000回以上してることになるじゃろ?だから1回ぐらい中身が違くても些末なことじゃて!」
「…何を勘違いしているのか知らないけど、ワタシ達そういう関係じゃないヨ」
「何!?部屋を大破させるほど激しい夜を過ごしたというのは嘘なのか!?」
「いや僕の部屋は大破しましたけど、それはそのような理由ではありません」
「何と…」
目を丸くさせ驚いている。
「それは…お主らには悪いことをしたな」
「そうですよ。僕はともかく、桃鈴に至っては男性経験がないんです!」
「…エリオ?」
「危うく大切に守ってきた貞操を失うところだったんです!24年間も!大切に!」
そう熱弁するエリオットとは対照的に、隣の桃鈴は羞恥心を通り越し無表情になっている。
彼に悪意がないことは百も承知だが。
まさか自分のモテなさをこんなに熱く暴露される日が来るとは思ってなかった。
ところがリリーはそれを聞き、急に顔色を変えた。
「…おぬし聖女なのか?神に純潔を誓っているとか…2年前に死んだ恋人に貞操を捧げているとか」
「イヤ…ごく普通の女の子ネ」
「た、桃鈴?い、痛いんだが…」
エリオットの足をみちみちに踏みながらそう答えると、リリーに衝撃が走った。
この上なく真剣な表情で思い悩む。
「…?聖女でもないのに処女を守っている…じゃと?何故…何故じゃ…!?」
「……」
「24年も生きておいて…?一度も情交をしたことがない…?禁止されているわけでもないのに…?何故…?理解に苦しむ、」
「うるさいヨォ!このヤロー!ぶっ殺してやるネ!」
飛び出す桃鈴を、慌ててエリオットが後ろから羽交い締めにした。
「桃鈴止めろ!もう死んでる!」
「くそがァ!世の中にはしたくてもできない奴がいるんだヨォオ!!」
「何!?下界はぱこぱこし放題じゃないのか!?」
((!?))
リリーの一言に、桃鈴とエリオットが固まる。
「お前はどこの覇王の話をしてるネ…」
「ち、違うのか…。ミーニャがのう…ワシの家の若い修道女なんじゃが、これが素直で清純で、まさに聖女という言葉がぴったりな淑女じゃった」
「はァ…」
「ワシが死んだ後、どうしてるかなって思ってなあ、ミーニャの元に飛んでいったらのう…一般人から依頼されて、
「ン?ウン」
「どこかで聞いたような…」
顔を見合わせるふたりを前に、リリーが静かに口を開いた。
「ヤってた…」
「……」
「パーティのメンバーの1人と…ヤってたんじゃ…」
「で…でも、生まれて初めて見つけた純愛かもしれせんよ?」
エリオットがそっとフォローを入れる。
「いや、翌日にはパーティの全員とヤってた」
「マジかヨパネェ」
「衝撃じゃった…。いわゆるジェネレーションギャップじゃな。ワシの若い頃は、聖女といえば神に純潔を捧げた者じゃったからの。ミーニャは新しい時代の女なのじゃと悟った」
「あ、ああ…。それで良いんですね…」
リリーはそっと目を閉じて、静かに口を開いた。
「そして思った。ワシも致したいと」
「ねェ、なんでこの国のババアは性欲強いノ」
「今まで散々人に尽くしてきたんじゃ!死んだ後ぐらい好きにしても良いじゃろ!?一度くらい、殿方の厚い胸板に挟まれ耳元で愛を囁かれてみたいだけじゃ!わかるじゃろ桃鈴!」
「今はあまりそのことを考えないようにしてるヨ…」
そう答える桃鈴の顔は、悟りを開いた僧のようだ。
それを見たリリーはふぅとため息をついて、ひとりごちた。
「てっきり下界とはぱこぱこし放題の無法地帯と思っていたのじゃが…違ったのじゃな。それはすまんことをした」
「いえ…」
「…良いことを教えてやるネ。ワタシはキスさえしたことないヨ」
「……!18歳のミーニャでさえしていたのに…!?」
「どいつもこいつも早すぎる。そうヨ…。例え現世に残ってもナ…。愛のあるセックスができるかは人によるネ…地獄だヨこの世は」
「……」
彼女が言うと言葉の重みが違う。
リリーもそれを感じたのか、暫し思い悩んだ後、目を閉じ聖母のごとき微笑みを浮かべた。
「ワシ…天国でワンチャン狙ってくるわ…」
「きっと確率的にはそっちの方が早いネ…」
桃鈴がそっと助言する。
年を取るってやっぱり怖いなとエリオットが思っていると、リリーが立ち上がった。
「世話になったな。礼に、祝福のひとつでもくれてやろう。まずはエリオット」
「!」
祝福術は神官や修道女等、神に使える者のみが扱うことができる術式である。
さらに彼女はその専門集団の元当主。
この国でも最高レベルの祝福が受けられる筈だ。
一体どんな強い術だろうと心をときめかせるエリオットの前で、リリーは腕を組んだ。
「まだ若いお前にやるのは…そうじゃな。好きな子に告白する時は必ず天気が良くなるとかどうじゃ?」
「す、すごい要らない!もっと役に立ちそうなものにしてください!」
「何を言っとる。大事じゃぞ!雰囲気とは時にノーをもイエスと言わせると聞いたし」
「!?告白でそれは駄目なので、わーっ!もうかけてる!」
気付けば、ファーと神々しい光と音がエリオットを包んでいる。
一生に一回あるかないかの貴重な祝福をショボいことに使われた。
「エリオ無駄ヨ。おばあちゃん人の話聞かないから」
「上手く使うんじゃぞ。…さて、桃鈴。お主にも祝福をかけてやりたいが…」
「あァ、ワタシそういうの効かないかラ…」
「そうじゃな。さすがにその呪いはワシにはどうしようもない」
リリーからさらっと重大な事実が漏れた。
桃鈴がゆっくり顔を上げる。
「…ハ?」
「全くどこでそんなものもらってきたんじゃ。あっちの業界、古いものほどたちが悪いぞ。発動が止まってて良かったの」
「エッエッ、ちょ、ちょっと待って…エ?」
桃鈴の脳内に断片的な記憶が甦ってくる。
それを必死で処理していると、リリーの明るい声が響いた。
「じゃあワシは逝くから!手紙書くわ」
「て、天国から手紙届くんですか?お気を付けて」
「ア。リリー!ちょっと待っ…」
考え込んでいた桃鈴がリリーを止める。
が、彼女の背中はすでにはるか上空へと昇っていた。
「本当に人の話聞かねェエ!」
「ウーン…」
その夜、自室で桃鈴が胡座をかいて座っていた。
目を閉じなんとか思い起こそうとしているのは、過去の記憶である。
あの時に、自分は誰かと喋っていたはずなのだ。
「そうヨ…確か…ワタシこの領地になんとか不法侵入しようとしてる最中で…」
『鼠が入り込んだか』
「これを喋っていたのは…男…オッサン…?」
「オッサンとは失礼極まりない!!」
「エッ」
突然第三者の声が響き渡ったと思えば、目の前に突然黒い煙が湧き上がった。
桃鈴が呆然と見ている間に、煙は成形され人形になっていく。
「忘れたままでも見つけられるかと思っていたが…。お前はいつまで経っても呪いを解けない!全く困ったものだ」
「アー!思い出した!ワタシ、あの時お前に会ったネ!」
顔はよく見えないが、このかすれた声と勿体ぶった話し方。
間違いなく、あの時兄弟の話をした人物だ。
「当然だ。その際に俺達は契約を結んだのだからな」
「契、約…」
桃鈴の頭の隅がちくりと痛む。
そう、とても大事な話だったはずだ。
「覚えてないのか?ならば教えてやろう。俺はお前に、」
『お前に、誰にもない強さをくれてやる』
「まさか…」
「思い出したか?」
「そうヨ…。ワタシ、術式効かないけど…元々はこんな体質じゃなかった…あの時、お前に貰った…?」
「…そうだ。だが、大きな力には大きな代償が伴うものだ」
「代償…」
『だがこの引き換え条件として、お前は今後異常な愛に囲まれるだろう』
「異常な、愛…」
「そうだ。心当たりがあるだろう?」
「あ…ありすぎる!おめー何てことしてくれんだァ!そのせいで今どんなに困り果ててることカァッ!」
交尾狂いに付きまとわれたり、足を舐められたり、男化中に男に掘られそうになったり、監禁されかけたり、そのくせまともな愛は見つけられない。
恨みを込めて桃鈴がビシビシと拳を飛ばすが、残念ながら実体がないのかその身体を抜けていく。
「くそがァ!当たらねェ!」
「おいおい、やめろよ。あの時その契約で良いって言ってたのはお前だぞ。明らかな泥酔状態だったけどな!」
「このヤロー!悪徳商売じゃねーカ!」
肩で息をする桃鈴に、目の前の人物は指を振った。
「この野郎じゃない。そうだな…ジオとでも呼べ。俺は
「お前がワタシの中にいるからこんな事態になってるんだロ?さっさと人の体から出ていくヨ」
「魔神にとって契約は絶対。一度結めば、取り決めた解除条件を満たさない限り、俺は出ていくことができない」
「…条件って何ネ」
じとりと睨み付ける。
ジオは大袈裟に手を広げて、悠然と口を開いた。
「呪いを解く鍵と言えば、真実の愛と相場が決まっているだろう?」
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