愛されたいのはお前じゃない!
エノコモモ
第1章
第1話 桃鈴は愛されたい
「
小さい手を握り、男は真剣に語りかけた。
告白を受けた桃鈴は、目に涙を溜めて頷く。
「ありがとう…嬉しいネ…ワタシもずっと好きだったヨ」
固く結ばれた手からは、もう一生離さないと強い決意が滲み出ていた。
彼は優しく笑い、言葉を続ける。
「僕が一生守るから…だから」
「あい…」
「だから俺と、交尾をしよう!」
目の前の男がとんでもないことを口走った瞬間、桃鈴は現実に引き戻された。
「……」
鳥の元気な鳴き声が聴こえる中、自宅のベッドに横たわったまま、呆然と天井を見つめる。
夢と同じように、目の前には男がいた。
「おはよう桃鈴!さあ!さっさと俺の子供を作ってくれ!」
だが、優しく愛を囁いてくれた理想の彼とは違い、眼前の男は性欲しか主張しない。
桃鈴の上に股がり、服をばさばさと脱いでいく。
橙色の美しい毛並みが露わになり、それは窓から入る太陽の光を反射して輝いていた。
「……」
黙ったまま、桃鈴が布団から自身の足を引っ張り出す。
その行動に彼は嬉しそうに、彼女の足へと手を伸ばした。
「脱がせてほしいのか…?大胆だな桃鈴…」
その手をサッと避け、桃鈴が両腕を枕元に回し、ベッドの縁を持つ。
「ホァッ!タァアアアアアッッ!!」
そのまま勢いをつけて力の限り、男の腹に両足を叩き込んだ。
「がっ…!」
ゆうに80キロは超える大男が吹き飛び、壁に叩きつけられる。
次の瞬間、バリバリと音がして彼が外に消えた。
「キャーッ!」
「
外の喧騒もなんのその、桃鈴はがっくりとベッドの上で落ち込む。
「せっかく良い夢見てたのニ…最悪ヨ…」
夢の中とは言えど、いや夢の中だからこそ、これほど幸せなことはなかった。
ごく普通の男性から、ごく普通の愛を向けられる。
「そうヨ…決してあんな…あんな勝手に人の家に侵入して、夜這いならぬ朝這いをしかけてくるような変態じゃない…平凡な愛ネ…」
そこまで言って、桃鈴が立ち上がった。
寝巻きのままグッと拳を握り、やる気に満ちた表情を浮かべる。
「ならこの夢を、現実にすれば良いだけの話ヨ…!」
そんな桃鈴の職業は
現在24歳で、絶賛恋人募集中である。
「桃鈴。君のことが好きだから…僕と交際してほしいんだ」
朝の事件から9時間後、桃鈴は夢と同じ状況にいた。
目の前に座って彼女の手をとるのは、耳の長い細身の男。
「ユノ…ワタシ、嬉しいヨ…」
桃鈴は今すぐにでもガッツポーズをしたい気分だった。
人当たりが良く優秀なユノは、自分のことなど眼中にないと思っていたのだが、彼の方が誘ってきてくれたことでふたりの関係は進む。
(頑張った甲斐があったヨ…!)
今日も今日とて、彼に会うために自慢の黒髪を何度も結い直し、選びに選び抜いた中華服を着て準備をした。
あの虎男と鉢合わせしないよう細心の注意を払い、品良く見えるよう挙動のひとつに至るまで気を配った。
大切に、慎重に作り上げた結果だ。
「よかったらこの後、僕の家に来てくれる?」
「あい!」
(たくさんの弟妹達のために出稼ぎにきて…必死に修行だ仕事だと突き進んできたネ)
今まで様々な依頼をこなしてきたが、自身の孤独だけはひとりでは解決できなかった。
仕事も軌道に乗り落ち着いた今、普通の女の子のように普通の恋愛を楽しみたい。
たったひとりでこの地に来てから早8年。
桃鈴は愛を求めていた。
「ワタシ…幸せヨ…!」
そんな有頂天の桃鈴の手に、ガチャンと手錠がかかった。
「…ハ?」
「ごめんね桃鈴。少し窮屈かもしれないけど、これがいちばんだから…我慢してね」
そう病んだ瞳を向けてくるのは、先ほど愛を誓いあったばかりのエルフである。
彼が自身の部屋に桃鈴を閉じ込め、彼女の手を固く拘束したのだ。
「初めて見たときから、小さくてとっても可愛い女の子だと思ったんだ…!年齢を聞いたときはびっくりしたけど」
「…余計なお世話ヨ」
明らかに声が低くなる桃鈴と裏腹に、ユノは恍惚とした表情で、興奮気味に続ける。
「本当ならもっと君のことを知ってから連れてきたかったんだけどさ…ぐずくずしてると他の男にとられちゃうかもしれないから…。見たよ、虎男の彼」
「うっ…」
「大丈夫だよ。僕が一生守ってあげる。外になんて出なくて良い。大好きな僕と、ずっとずっと一緒にいられるなんて嬉しいだろ?」
そう話す彼の瞳はこれが正しいことだと信じて疑っていない。
(どうして…)
優秀で人当たりの良いエルフにパートナーがいないことは不思議に思ってたが、まさかこんな地雷だったとは気がつかなかった。
身動ぎをする桃鈴に、ユノはにこにこと笑みを浮かべる。
「無駄だよ。この部屋は防音だし、君のその拘束具には力が入らないよう魔術がかけてある。
部屋の隅には魔法学校を首席で卒業した表彰状が飾られており、これがはったりではないことが見てとれた。
実際、魔力値が高いエルフは魔術を扱うのにいちばん適した種族だ。
「どうして、こんなことになったノ…」
下を向いて、桃鈴が震える。
(神様…ワタシなんか悪いことしたカ)
決して、大きなことを望んではいない。
口だけではなく努力もした。
ただ、ごく普通に愛してくれればそれでよかったのに。
ユノが、うずくまる彼女にそっと寄り添った。
「大丈夫。他の誰がいなくなっても、僕が愛してあげるから」
そのままするりと服の中に手を伸ばすと、桃鈴が口を開いて小さく声を漏らした。
「ワタシ…確かに愛されたいけど…」
足に力をいれ、思い切り地面を蹴る。
まるで弾丸のような威力で、ユノの顔に向かって頭突きが入った。
「かっ…!?」
「愛されたいのはお前じゃないヨ!バカァ!!」
桃鈴が奪った鍵を使って拘束を解く。
彼女の石頭が直撃したユノは、顎を抑えて振り返った。
「!?な、なんで…」
「うっ…うう…」
それでも桃鈴は逃げる様子もなく、涙を腕でぬぐいながらこちらに向かってくる。
「どれだけ大変だったカ…。デートの為にワタシのサイズの服を見に行ったら子供服で恥ずかしかったし…」
「く、くそっ!」
ユノが慌てて杖を出す。
ところが瞬きをした間に、その先端が消えた。
「えっ」
「あんまり強いところは見せないように気を張ってサ…お前に言われたことで一喜一憂して…」
見れば、彼の杖の端は天井に突き刺さっている。
桃鈴が蹴りで一瞬のうちに吹き飛ばしたのだ。
「いやちょっと、待って待っ、」
「時間を返せヨォオ!この変態野郎!!」
大きく叫んで、桃鈴が拳を振り上げた。
「はァ…」
桃鈴が自宅の玄関を開けながら、深いため息をつく。
とたんに明かりがつき、人影が寄ってきた。
「桃鈴!聞いたぞ!危なかったな!大丈夫だったか?」
「レオ…」
虎男のレオナルドである。
桃鈴はあの後、気の済むまでボコボコにしたユノを町の警備団に突き出し、今ようやく帰って来たところだ。
レオナルドが、一人暮らしのはずの彼女の家に勝手に入り込んでいる件は大いに問題ではあるものの、それを指摘できない位には疲れていた。
「良かった!体が無事なら、早速子作りをしよう!」
「エ…」
普段なら一瞬で張り倒すところだが、この時の桃鈴は頭がおかしくなっていた。
ついに幸せを掴めるかもしれないと期待していた男性が、蓋を開けてみればただのメンヘラサイコ野郎だったのだ。
彼女が精神的なショックを受けていても無理のない話なのである。
目の前で服を脱ぎ始める変態野郎に、「こいつで良いかモ…」と思ってしまう程度には追い詰められていた。
ほんの少し交尾狂いなことを我慢すれば、毎日愛は伝えてくれるし獣人にしては綺麗な顔立ちをしているので、優良物件かもしれない。
「さあ桃鈴!お前も服を脱ぐんだ!」
そう宣言するレオナルドに視線を戻して、桃鈴は固まった。
「……レオ。それは無理」
ランプに煌々と照らされた彼の股間を見て、桃鈴は静かに声を出す。
今までできるだけ見ないよう避けてきたので知らなかったが、それは無理だ。
「なんでだ!?」
「いや、ワタシ元々、
桃鈴が淡々と答えた。
目の前の一物の大きさは、明らかに彼女の腹を突き破っている。
レオナルドは少し悩んだあと、すぐに元気よく答えた。
「大丈夫だって!1日に50回ぐらいすれば、そのうち慣れるから!」
「…!?」
この国で種族平等法が説かれて早500年。
このような発言は時代遅れであることは重々承知だが、桃鈴は思った。
「…レオ。種族間の価値観と体の相違により、虎男のお前とは交尾できないヨ」
「なぜ!?」
そこから桃鈴は、彼にこんこんと説いた。
なぜ不可能なのか、何が問題なのか、それを実行することで何が起こるのか、頭の弱い彼のために懸命に説明した。
どうしてそこまでしたかと言えば、レオナルドが理解してくれればごく普通のカップルになれるかもしれないと期待したからに、他ならない。
桃鈴の熱弁が終わると、全裸のままおとなしく頷きながら聞いていた彼は、手をぽんと打って目を輝かせた。
「わかった!つまり1日に100回すればいいんだろ!?」
「いやなんにもわかってない上に殺す気かァア!」
一体何を聞いていたのか、レオナルドはぷんと腕を組んで涼しい顔で答える。
「この案も駄目なのか!?ワガママだな桃鈴」
「どういう解釈ゥ!?ワタシのこと愛してないのカ!?愛してるなら大事にすべきネ!」
「いや愛してるぞ!愛してるから早く交尾しよう!」
「……」
桃鈴が諦めたように微笑みを浮かべながら、ゆっくり目を閉じた。
(この虎畜生は…)
こいつはただ強いメスと子孫を残したい。
それだけなのだ。
「おっ!ついに受け入れる気になったか!さあ脱げ桃鈴!」
レオナルドがいそいそと彼女に手を伸ばす。
それを素早く避けた桃鈴は、腰を落とし足を踏み締めた。
ギャリッと音がして、踏んだ床が曲がる。
「それがお前の愛と言うならば、ワタシが愛されたいのはお前じゃないヨォオ!」
「グオッ!」
そのままなんの躊躇もなく、レオナルドのふわふわの腹に拳を叩き込んだ。
(絶対に…)
壁にめり込んだ虎男を見ながら、桃鈴は決意する。
「絶対に、ごく普通の愛を掴んでやるネ…!」
そう心に決めた彼女の瞳は、やる気と根性で燃えていた。
そんな桃鈴の職業は
現在24歳で、絶賛ごく普通の恋人募集中である。
さて。
それはそれとして、そんな彼女にはちょっと変わった呪いがかけられているのだが、そのことを知るのはもう少し先の話だ。
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