第13話 性的な必殺技は重宝する


「…あそこで間違いない」


エリオットが呟いた。

塀に囲まれた古城と、点在する木々。

手元の絵と同じ景色が広がっている。

日もとっぷり暮れたその場所は、不気味な雰囲気を纏っていた。


「この時間にこんな寂れたところに人がいるなんてどう考えてもおかしいネ。しかもあんな目付きの悪いゴロツキ」


桃鈴タオリンが言う通り、外を巡回する兵士らしき男は一般人とは言い難い。


「フィオ様によれば行けば分かるとのことだったが…やはり何か犯罪まがいのことを行っている施設なのか…?」

「全く…アイツの秘密主義にもほどがある…」

「おい!」

「!」


暗闇の中、ぼんやりと浮いているのはランプの明かり。

見張りらしき男がこちらに向かってきている。


「貴様ら!ここで何を、」


近寄った瞬間、ぱこんと軽い音がして男が卒倒した。

その体をエリオットが支え、桃鈴が腕を組む。


「どうしようかナ。救出対象の現在地が知りたいんだけど…力ずくで吐くかなァ」

「なるべく大事にしない方が良いだろう。…僕に任せてくれないか」

「お。珍しいネ」

「…普段練習できないから、こういう時にしたいんだ」


エリオットが覚悟を決めたように言う。

が、その顔は複雑である。


「起きてくれ」


ぺちぺちと頬を叩かれ、男が意識を取り戻した。

目の前には金糸の青年の姿。

(俺は確か気絶して…。チッ…不審者と思ったら襲撃かよ。しかもこんな弱そうな二人組。隙を見て…)

すると彼の目をじっと見ながら、青年が口を開いた。


「聞きたいことがある」

「はぁ?…誰が言うかよ」


注意深く観察して、ふと襲撃者の顔に目が行く。

(こいつ…男にしては綺麗な顔してるな…)

そう思った瞬間、彼の頭がぼっと熱を持った。


「は…?」


心臓がぎゅっと縮み、脳が麻痺するような感覚。

(ち、違う!俺は別に男なんて好きじゃな、)


「なあ」

「!」


話しかけられ、彼の意思とは裏腹に、顔は上気し心臓は激しく脈を打つ。

視界は色づき、今までに経験したことがない程の幸福感に満たされた。

なにこのときめき。


「君しか頼れないんだ」

「えっ」


(頼ってくれるの?嬉しい…)

まるで夢見る乙女のように、胸がきゅんとする。

そんな愛しくて仕方ないエリオットが、自分だけを見ながら呟くのだ。


「教えて…くれないか…?」

「わ、わかった…」


もう何もかもどうでも良くなって、ぼうっと焦点の合わない目で答える。


「……」


その様子を見ながら、桃鈴がたらりと汗を流した。

(メスの顔になってるネ…)

当然、この男が急に男色家になったわけでも、今しがたちょうど初恋を迎えたわけでもない。

エリオットが使ったのは魅了術。

その名のごとく、性別年齢関係なく相手を魅了する術式である。

主に視覚や聴覚など五感から入る情報を通して魔力を注ぎ、脳内麻薬を過剰に分泌させ恋に落ちた時と似たような状態を一時的に作り出す。

一瞬でも好意を持たせれば発動するので、術者は時に声や楽器の音色に乗せて、時に刺激的な格好をすることが多い。

ただ弱点があるとすれば。


「僕は男相手に…一体何を…!」

「でかしたネ、エリオ」


褒める桃鈴に反して、エリオットが落ち込む。

弱点があるとすれば、術者に精神的ダメージがあることである。

短時間と言えど髭面のオッサンに恋される上、特に彼の場合は尚更その傷は深い。

(やっぱり、おおよそ騎士の使うような手法ではない…)

何か大事なものを失った気がする。

使ったことで早速絶望に追いやられながらも、気を取り直して男に視線を戻した。


「この城に…ここ数週間の間に新しく来た者で…外部の人物はいないか?」

「外部…。確か、東の塔…ボスの部屋に男娼がいる。何かの拍子にボスが連れてきた奴だ。ずいぶん気に入って買い取ったらしい。あの時は酔狂だと思ったが、お前を見ていたらその気持ちも分かった!俺と駆け落ちしてくっ、れ!」


襲いかかろうとした彼のうなじに、桃鈴が手刀を下ろす。

そのまま気絶した男を見下ろして、ふたりが顔を見合わせた。


「男娼…。何か嫌な予感がするネ…」

「…僕もだ」






「ここがさっきアイツが言ってた塔の最上階だけド…」


静かに窓から侵入する。

明かりの消された部屋には棚やベッド、散乱した衣類、どうやら私室だというのは嘘ではないらしい。

そして暗闇の中、ベッドの上でもそりと動く人影。

エリオットが低い声で呟いた。


「誰だ…!」

「あれ?」


返ってきたのは鈴を転がすような声。

窓から入ってきた月明かりに照らされて、花緑青色の髪にこぼれ落ちんばかりの大きな瞳が浮かび上がった。


「ゲッ!」

「っ!」


桃鈴が潰れた蛙のような声を出し、エリオットが顔を引き攣らせる。


「わぁ…。フィオ様が信頼できる人間を寄越すって言ってたけど…」


その人物はまるで純真無垢な少女のような顔をして、こてんと首を傾げた。


「よりにもよって、いちばん嫌いな男とメスブタ?」

「メッ…」

「貴様か…ハレミナ」


エリオットが苦虫を噛み潰したような表情になる。

彼はベッドから離れて、固まる桃鈴ににこりと微笑んだ。


「ごめんね。悪気はないの!安心して。君だけがメスブタなんじゃない。僕にとって世界の半分はメスブタだから…」

「悪意しかねェ」


そうは言いつつも、桃鈴が安堵で息を吐く。

(今のところ気付かれなさそうで良かったネ…)

可愛らしい言動や仕草とは裏腹に、いやなるべくしてと言うべきか、ハレミナはごりごりの男色家。

大きな問題として、気に入った男がいれば手段を選ばず食い散らかすという、妖怪のような性質を持つ。

以前、桃鈴が薬で男になった姿をいたく気に入ったようで、命からがらならぬ貞操からがら逃げてきた経緯があった。

(…コイツが女に興味なくて良かったネ。同一人物だとは気付かれてないヨ)

いくら性別を変えたからと言って、雰囲気や喋り方までは誤魔化しようがなく。

エリオットやその執事にも見破られたように、実際に会ってしまえば近しい者や観察眼に優れた者の前では意味がないのが現状だ。

ところがどうやら、ハレミナは女に心底興味がないどころか毛嫌いしていると言っても良い。

彼の目には桃鈴の顔など、野菜どころか本当に豚に見えているのだろう。


「すげェ失礼ネ…」


呆れる桃鈴をよそに、エリオットがベッドの上を指し示した。


「そこの男は…寝ているのか?」

「そう。ここのボスなんだけど、性的に疲れさせたところに睡眠薬をぶちこんだから当分は起きないよ」

「こんなにガタイの良い男を疲れさせるっテ、お前…」


全身に入れ墨が走る男は横たわっていても山のように大きく、小柄なハレミナとは親子ほどの体格差がある。

早速妖怪の片鱗を見せつけられ震えた。


「ほら何してるの!君達のことはともかく、フィオ様のことは信頼してる。勝算はあるんでしょ?早く行くよ!」


そう急かされて廊下に出れば、倒れ込んだ人影があちこちに転がっている。

彼らの様子を確認して、エリオットがハレミナを見た。


「これは…全員気絶しているのか?」

「まあね。最近、薬を気体にする研究をしててね。これは睡眠煙すいみんえん。空気より重いから、塔の上から流せばゆっくり下に向けて広がっていく」

「へェ…」

「媚薬や筋弛緩薬も気体にできれば…わざわざ食事に盛る必要もないし、もう気に入った男を逃すこともない…」

「…世界でいちばんお前が持っちゃいけない技術だと思うヨ」


桃鈴の背筋が寒くなる。

2度と男になるのは止めようと思った。


「ン?逃げないのカ?」


ハレミナが出口とは正反対の方向に向かう。

そのまま中庭へと続く扉を開けた。


「ちょっとね。持ち帰りたいものがあるんだ」


中庭に、硝子でできた建築物が建っている。

(温室…?)

城よりも新しく、明らかに後から付けられたものだ。


「ここは…?なにかの栽培をしているのか…?」


迷うことなくハレミナが温室の扉へと近付き錠前を手に取る。


「…僕とフィオ様は和合わごうの林檎と呼んでる」

「和合?不和じゃなくてカ?」


彼の指先から植物の蔓が伸び、するりと錠前の中へと侵入した。

ハレミナの種族は人型植物アルラウネ

指先を少しずつ動かしながら先を続ける。

 

「争いが起きる方がマシだったかもね。逆だよ。これは人を傀儡にする毒種だ」


がちんと音がして錠が解け、温室の扉が開いた。

中には1本の木と、それを囲むようにして描かれた魔方陣。

枝には、未だ青々とした小さな果物が実っている。


「罠じゃない…。成長を促進させる術式だね。全員気絶してると思うけど、念のため見張ってて。僕はいくつか回収する」

「あいヨ」

「毒と言ったな。これを服用するとどうなるんだ…?」

「…植物が育つように、種が芽吹き心に根を張るようなものだ。投与されると、特定の人物に渇仰の念を抱くようなる。それが例えどんな悪人でもそいつに愛されたくてたまらなくなるのさ」

「ホゥ…。それを使えばワタシも夢の彼氏持ちに…?」

「駄目だぞ」


反応した桃鈴をエリオットがそっと抑える。


「効果はかなり大きいと思うよ。ここの下っ端には使われてなかったけど、ボスには投与されてた。今回の潜入で主人を聞き出せるかと思ったけど…僕の必殺技“玉落とし”を持ってしても口を割らなかった。本当ムカつく!」

「……」


(何か…厳つい上に絶対に性的であろう技の名前が出てきたな…)

呆れるエリオットに反して、桃鈴の瞳が再度きらりと輝いた。

興味津々で身を乗り出す。


「その技、そんなに効果あるのカ?」

「フン、どんな男でもイチコロだよ」

「…ソレ後で詳しく教えて欲しいヨ」

「そ、そんなのもっと駄目だ!不健全な技の習得は認めないぞ!」


慌てて止めるエリオットに、桃鈴が遠い目をして微笑んだ。


「体から始まる恋愛もあるって…イリナ先生も言ってたヨ。フフ…お前には少し早いかナ?」

「君に言われたくない!前回の勘違いが現実になるから止めろ!」

「静かにして。体から始まる恋愛があることには超同感だけど、こっちはもう終わった。さっさと行くよ」


扉と錠前を元に戻し、ハレミナが出口の方向へと歩き出す。


「和合の林檎が流通する前に、解毒薬を作るのが僕の役目だ」

「確かにこんなものが闇市に出回れば、悪用する犯罪者は後を絶たないだろう。その為に潜入したのだな」

「そうだよ。僕には民衆を守る義務がある」

「……」

「…何そのムカつく顔」


移動しながら、桃鈴が目を細めて彼を見ている。

そのまま、不思議で不思議で仕方がないといった表情で口を開いた。


「イヤ…今更そんな善人ぶらなくてもお前はどうせ地獄行きヨ?」

「はぁ!?失礼なこと言わないでくれる!?民を守るのは貴族の役目だよ!」

「エッ…何急に…怖…」


彼のことは自己中が服を着て歩いているぐらいに思っていたので、突然の博愛精神に戸惑うどころか恐怖を感じる。

するとハレミナは眉間に皺を寄せて、頬を膨らませた。


「もう本当最低なメスブタ!僕のことをなんだと思ってるの!?」

「女をメスブタ呼ばわりする男狂い野郎」

「良い!?そもそもこの領地の貴族制度は500年前に一度作り変えられてるの!そのきっかけとなった革命が前提にあるから、何よりも民が優先なんだよ!」


“この領地のすべての貴族は、民衆の為に”

十二華族の存在理由であり、絶対的な基本概念である。


「僕の出自は貧民だ。孤児院にいたところを、植物の知識を買われてアネモネ家に拾ってもらったのさ」

「それは貴族の血を引いてなくても当主になれるってことカ?」

「僕たちにとって大事なことは民を守ること。なら一族に伝わる薬学をいちばん活かせる者を当主に据えるのが最善の道だろ?血筋も種族も関係なくね」


アネモネ家は特に門が広いことで有名である。

出自や血筋の介入を許さず、その選定は成績の良い者だけが残り得る純然たる実力社会。


「革命後に出来た貴族は皆そうさ。才能がある者を集め切磋琢磨させて、その中から当主を選ぶ」

「ふゥん…」


桃鈴の脳裏に、前に会ったエーデルワイス家のリリーがよぎった。

確かに彼女も捨て子だったと聞いている。


「システムは家によって違うけどね。…世襲だなんてそんな悪習、どっかの古ぅい騎士と呪術師の一族はまだやってるみたいだけど…僕はどうかと思うよ」


そこで言葉を切って、ハレミナがエリオットに視線を送った。


「君みたいのが生まれることもあるし」

「…言いたいことがあるならはっきり言ったらどうだ」

「大丈夫?僕が手加減しなかったら君泣いちゃうんじゃない?」

「馬鹿にしているのっ、がっ!」

「ぎゃん!」


今にも喧嘩を始めそうだったふたりの脳天に拳が飛んだ。

桃鈴が手を払いながら足を止める。


「仕事中に喧嘩は止めるヨ。ところでハレミナ」

「うう…本当最低…。何さ」

「ずっと気になってたんだけど、睡眠煙が使えるならひとりでも脱出できただロ?」


ハレミナがぎくりと肩を震わせ、ばつの悪そうな顔で振り返った。


「あー…実はさあ、男娼として忍び込んだは良いんだけどボスが思ったよりタイプで、張り切りすぎちゃったんだよね。性的な意味で」

「趣味と実益を兼ねやがっテ」

「元々男色の気も無いみたいだったし、なら大丈夫だろうと思ってたら、予想以上に僕に嵌まっちゃってさあ…」

「罪作りすぎる」

「ボスは僕が逃走できないシステムを作り上げちゃったみたいなんだよね」

「…その男の職業は何ネ」


その質問に、彼は可愛らしい舌をぺろりと出して、大きな瞳を桃鈴に向けた。


律法学者ラビ






地面がせり上がり、石や土でできた巨体が姿を現す。

律法学者ラビ

神の言葉の伝承者とも呼ばれる彼らは、命を吹き込む術に特化している。

彼らの技術、その最たるものが土木偶ゴーレムだ。


「フッ!」


振り下ろされた拳を避け、桃鈴が丸太のような腕を駆け上がった。

額の文字盤、そのいちばん左の字に向けて蹴りを落とす。

強い摩擦で文字が消えた瞬間、音を立ててその巨大な体が倒れた。

土木偶の倒し方については、体のどこかに刻まれた「真実」という単語の頭文字のみを削る方法が有名だ。


「走って逃げられるかと思ってたけど…ちょっと数が多いヨ」


動きは緩慢だが体が大きいぶん攻撃範囲が広く、また疲れを知らない彼らは厄介である。

生身の生物に向けて作られているハレミナの薬も効かないだろう。

(術者は気絶しているのに作動するってことは…どこかに力の供給源があるネ…)

死霊ゾンビもそうだったが、操り人形の類いは術者にエネルギーを与えてもらわなければ動くことができない。

そして自立式の土木偶の場合、前もって力を溜めた石や魔方陣を、動力源として仕掛ける手法が一般的である。

手間な作業だ。

それをこれだけの数、1体1体に埋め込むような面倒な真似をするとは考えにくい。


「桃鈴!あそこだ!」


エリオットの声に視線を移せば、複数の土木偶が何かを守るように集まっている場所がある。

隙間から覗いた光景に、桃鈴が反応した。

(エネルギー源の宝石と…それを土木偶に繋ぐ魔方陣…あれを壊せばコイツらは止まるネ!)


「エリオ!ワタシが戻ってくるまでの間、ハレミナを守るヨ!」

「ハァ!?ちょっと!僕は君みたいなメスゴリラと違って戦えないんだってば!こんな弱い奴と置いていかないでくれなっ痛ぁっ!」

「伏せろ!」


エリオットが騒ぐハレミナの頭を押さえ、地面に倒れ込む。

頭上を巨大な腕が横切っていった。

(感情がない土木偶には魅了術は効かない…ならば…!)

剣を抜き、エリオットが正面から真っ直ぐに斬りかかる。

土木偶が腕で受けた瞬間、彼の姿がかき消えた。


「こっちだ」


一刻前まで正面にいた筈のエリオットが、いつの間にか背面に回っている。

そして土木偶の背中には弱点である文字盤。


「!」


ハレミナの前で、巨大な土木偶が倒れた。


「ふぅん…。ユーリ様の猿真似は止めたんだ」


その一言にエリオットが顔を上げる。

崩れ落ちた土木偶を指差して、彼は続けた。


「幻術でしょ?今の。使ってるとこ初めて見た」

「…そうだ。兄上と違って僕は弱いから」

「ふうん…」

聖騎士パラディンには到底相応しくないと怒るか?僕だって、これが騎士として正しい姿じゃないことは知っている。けれど前のままでは何ひとつ…したいことも、やらなければいけないことも…できないんだ」


毒舌が返ってくると予想して身構える。

ところが意外にも、ハレミナは肯定的な言葉を口にした。


「良いんじゃない?僕は過程より成果の方が大事だと思ってるから。君の格好付けの為に死んだら化けて出るところだったし」

「……そうか…」


会話するふたりの前に、一際大きな土木偶が姿を現した。

幻術を使い、引き付けたその隙に背後へ回る。

先程と同じ場所に文字を確認し斬りつけた瞬間、エリオットが目を見開いた。


「っ!?」


(まずい!この1体だけ言語が違う!)

「真実」という単語と一口で言っても、実は意味さえ合っていれば刻む言語に関しては取り決めがない。

共通語で無いものの中には、右からではなく左から読むものがあり、この土木偶に刻まれた単語は後者だった。

つまりこの時エリオットが斬りつけた文字は、頭文字ではなく最後尾の文字。

そして土木偶というものは、間違った字を削ると暴走する。


「ハレミナ!逃げ、がっ!」


言葉の途中でエリオットが吹き飛んだ。

制御が利かなくなった土木偶は、あたりを無茶苦茶に破壊しながら進んでくる。


「わーっ!やっぱりお前弱くて嫌い!」


咄嗟に後退りしたハレミナの背中に、石壁が当たった。

(やばっ…!これ以上逃げられな、)

瞬間、彼の目の前に人影が落ちてきた。


「え」

「ホアタァアアッ!!」


その人物は着地するなり間髪容れず構えを取り、繰り出した拳は腹部を貫くように命中。

その打撃を中心に土木偶の体は割れ、中から粉々になった宝石が飛び出す。

目の前の敵が足だけ残し崩れ落ちていくのを見届けて、桃鈴が振り向いた。


「ふー…コイツだけ動力源が独立してたんだナ。怪我はないカ」


突然だが、ハレミナが男色家なことには理由がある。

彼は強い者が好きだ。

いくら薬に精通し性的な方面に特化しているとは言え、細身で華奢な彼自身の戦闘力は低い。

自分に無いものを求めるとはよく言ったもので、そんなハレミナは、術式を使わずとも腕力で勝ち抜く強者に惹かれる性質があった。

生来の可愛らしい容姿も相まって、より強者を求めていくうちに、自然と好みが屈強な男性に偏ったのだ。

その途中で、身体能力が劣る女は切り捨てられていた訳で、なんなら気に入った男を奪われかねないと毛嫌いしていたのだが、今日この時彼を助けたのは、その女。


「……」


しかもこの時ちょうど、地平線から朝日が顔を出した。

地面に崩れ落ちた大量の土木偶を背後に、光り輝く汗を拭う桃鈴は、控えめに言っても最高に格好良かった。


「ハレミナ?」


話しかけられて、ぽーっと前を見ていた彼が我に返る。

通常なら、強者を発見した際はこれでもかも誉めちぎるのものの、何せ彼の女嫌いは筋金入り。

よぎった感情を大慌てで否定する。

(ちっ違うから…これは!びっくりしてちょっと見ちゃっただけだし。あれ、黎明リーミンに似てるかも…ってこんなブスが似てるわけっもおおおお!!)

咄嗟に思ったことの中には真実もあったのだが、色々な感情がごちゃ混ぜになり、気付いたらハレミナはキレていた。


「うっるさい!このメスブタ!あっちに行ってくれない!?近寄らないで!」

「ハァ?何だどうしたネお前」

「バカ!助けて欲しいなんて言ってないから!」

「エッ言ってたよネ?情緒大丈夫カ」


混乱のあまりその白い肌を真っ赤にさせて、大声で捲し立てる。

明らかに普通ではない様子に、戻ってきたボロボロのエリオットも訝しげな表情になった。


「どうしたんだハレミナは」

「さあ?セックスのしすぎで頭おかしくなっちゃったんじゃないカ」

「デッ、デリカシー!もうほんっと、バカッ!」


その可愛らしくも大きな怒号に、森の鳥が一斉に飛び立った。

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