第11話 月の裏側で陰謀は巡る


廊下に足音が重く響き渡る。

ユーリがその長い足を使い悠々と歩いていた。

彼の頭にふいに甦るのは、父親の声。


『エリオットか…。あれは…駄目だな』


当時、その部屋は暗く影が差していた。

ユーリを前に、彼は冷たく言い放った。


『母親がああだから期待したが…あそこまで使えないとは』


(可哀想なエリオット…)

三日月の形に弧を描いていく目と口を、片手で覆い隠す。

あの時、扉の向こうで小さな彼がそれを聞いていたことを、ユーリは知っている。


「!」


彼の視界に、黒髪がよぎった。

こちらに背を向けて、桃鈴タオリンがバルコニーの椅子に座っている。

(本当に、可哀想だよお前は…)

こうして優秀な兄に、何でもかんでも奪われていく。

(父の愛も名声も、そして恋人さえも!)


「桃鈴!」


遠い彼女を掴むように大きな手を伸ばす。

ところが次の瞬間、壁から人影が飛び出し、まるで盾になるように彼の前に立ちはだかった。


「やあ。相変わらず大きいね」


ユーリが急停止し、顔からゆっくりと掌を避ける。


「…本日。いらっしゃる、と…教えてくだされば、お迎えに上がりましたのに。フィオ様」


そう微笑む彼は、いつも通りの整然とした表情に戻っていた。

目の前のフィオがひらりと手を振る。


「いやあ、悪いよ。今日は私用だし」


言葉通り、彼の傍には御付きの者さえ居ない。

ユーリはわずかに片方の眉を上げ、口を開く。


「…何か私に御用でも?」

「うん。この前君の弟が吟遊詩人を捕まえたことは知っているよね?」

「ええ。その節は、あのような愚弟に花を持たせてくださりありがとうございました」

「いや?彼は本当に良くやってくれているさ」


その言葉に、ユーリの表情がぴくりと動いた。

フィオはあたりを歩きながら先を続ける。


「…吟遊詩人の彼はね、確かに自白したんだけど…いまいち動機がはっきりしない。領主である私に不満を持っているわけでも、何かの恨みを抱えているわけでもない。なのに何故そんなリスクばかり高い真似をしたのだろうね」

「…依頼人がいたのでは?」

「そうだね。確かに彼はそういう仕事を主にしていたけど…元々は、はした金を稼ぐだけの小悪党だった。そんな彼が急に自分の持ち得る力全てを使って、わざわざ領主に喧嘩を売りに来るのは少し違和感がある」

「何者かに操られていると?」

「うん。私はそう思っているよ。だが彼は半人半鬼ダンピールだ。傀儡術にも魅了術にも耐性がある彼をそこまで操るなんて、普通のやり方なら無理だと思わない?」


そこでフィオが振り向いた。

彼の声はまるで掴み所がないが、体に絡み付くような感覚がある。

足元が底無し沼になっていて、言葉を聞くたびに沈んでいくようだ。

それを寄せ付けず、ユーリは静かに首を振る。


「…さあ。私は専門ではないので」

「専門じゃない人に、わざわざ聞く意味が分からない君じゃないだろう?」

「……」

「…回りくどい話は嫌い?」

「そうですね。なにぶん、嘘をつくのが苦手な小心者でして」


そう言ってユーリが浮かべたのは完璧な笑顔。


「…フィオ様。立ち話も難ですから、あちらに座って話をしましょう。私の恋人も紹介しますよ」


目線を外し、桃鈴のいるバルコニーを指し示す。

ところがそちらへ続く扉に手を触れた瞬間、服の襟を掴まれ頭を引きずり下ろされた。


「!」

「まわりくどい話が嫌いなら、端的な話をしようか」


目の前にはフィオの顔。

海の底、深淵のような瞳の中に、ユーリ自身が映り込んでいる。


「あの子に近付くな」


普段の柔和な雰囲気は消え、まるで心臓に直接刃物を当てられたかのような殺気。

ユーリの首筋がゾクリと総毛立ち、思わず唇の端が吊り上がった。


「ああ…彼女が貴方の今の駒なのですね。少し…趣味がお変わりになりましたか?」

「……」


フィオが胸元を掴んでいた手を離す。

襟を正して、ユーリは背筋を伸ばした。


「…喋りすぎましたね。勿論、貴方様の仰せのままに致しますよ。領主様の命令とあらば私は従う他ありませんから。では、これにて失礼」


片手を振って背をむける。

(良いさ…。あのチビがよりエリオットと仲を深めてからの方が、楽しそうだ。我慢するとしよう)


「…貴方が領主のうちはね」


弧を描く唇から、愉悦を含んだ声が漏れる。


「……」


そんな大きな背中が消えていく様子を、フィオはじっと見ていた。

彼の向かう廊下の先は、暗い影が差している。


「人でなしめ…」






その頃、エリオットは神秘的な場所にいた。

見渡す限りの花畑。

ファーと神々しい音があたりを包んでいる。

(ここは…)


「エリオット…」


彼の目の前には人影。

非常に綺麗な女性だ。

そして自分とよく似た金髪と碧眼には、心当たりがある。


「…母上…?」

「ええ…可愛い息子よ」


エリオットの頬に手を伸ばし、優しく微笑む。


「わたくしが早く死んでしまったばかりに…貴方には苦労をかけていますね」

「いえ…」


少し切ない気持ちになる彼だったが、次の瞬間その甘酸っぱい気持ちは吹っ飛んでいく。

彼女がぐっと両手を上げ、それまでの雰囲気をかなぐり捨てるように明るく元気に宣言したからだ。


「でも大丈夫!どれだけ大きな力を前にしても、真実の愛さえあれば万事解決めでたし丸です!」


そこでエリオットの目が覚めた。

視界には幻想的な景色ではなく、自宅の天井が広がっている。


「……めでたし丸…?」


彼を生んですぐに亡くなったので、母親とは初めて話したが。

少々頭がお花畑というか、ハイになった時の桃鈴と似たような感じといえばいいのか、正直言って馬鹿そうというか、なんとなく幻想を壊された気分である。

(あんな人だったのか…)

そんな複雑な気分になる彼に、ベッドの脇にいた人物が声を掛けてきた。


「あ。起きた?」

「えっ!?フィオさ、まっ…!?」


自分の主人がいたことにも驚いたが、起こした時の身体の違和感に意識が持っていかれる。

固まったエリオットの下瞼をずらし、フィオが瞳をジッと見つめた。


「…大丈夫そうだね。蘇生直後だから身体は上手く動かないだろうけど…しばらく活動していればいつも通りになるよ」

「っ…!?蘇生…?」

「綺麗に首を折ってくれたから、おそらくは後遺症も無い。良かったね」

「!?…一体何が…首を折られた…!?」

「覚えてないの?」


差し出された水を受け取り、エリオットが記憶を遡る。

(確か、僕は…)

そうだ。

あの時、桃鈴を助けなければと思ったのだ。

無事にユーリを騙し終え、ほっと肩の力を抜いたことを覚えている。

そうしたら桃鈴が泣いて、どうしようかと戸惑いとりあえず腰を下ろしたら、ふわりと鼻孔をくすぐる香りが。

(そうだ…。花の香りが、し、て…!)


「気持ちよかった?」

「ぶふっ…!」


エリオットが水を吹き出した。


「げ、ゲホッ!っ!はっ、」


咳き込んでいると、フィオが真新しいタオルを渡してくる。

それを口元に当てながら目だけで訴えると、彼はベッドの縁に頬杖をついて先を続けた。


「桃鈴から聞いたわけじゃないよ?でも呼ばれたから来てみれば、彼女が無言で首の折れた君を差し出してきたから何かあったのかなって」

「はっ…!?」

「桃鈴の様子もおかしかったし、こりゃ一発したのかなと」

「そ、そんなことはしていません!」


エリオットが必死で記憶を思い出しながら返答する。

肝心の中身は覚えていないが、服は着ていた。

着ていたはずだ。


「そうなの?ならどこまでしたの?」

「えっ!?」

「気持ちよかった?」


その質問にイエスかノーで答えるならばオフコースではあるが、そんなことは言えない。

(やってしまった…!いやそもそも何でそんな事態に…!?)


「た、桃鈴は…!?」

「さあ。私に君の遺体を預けて帰っちゃった」


エリオットの顔から血の気が引いた。


「も、申し訳ありません。仕事中にお呼び立てしてしまって…」

「いや、僕を呼んだのは桃鈴だから。故意に当主候補を殺害したことが露見すれば極刑は免れないし…秘密裏に処理する為に呼んだんだろうね」


そこで話を切り、フィオは立ち上がって彼に背を向ける。


「大丈夫そうだから僕は行くよ。タダ働きするつもりはないし…彼女に足でも舐めさせてもらおうかな」

「!」


その一言に咄嗟に手が伸び、エリオットが出ていこうとする彼の服を掴んだ。

がくんとフィオの歩みが止められ、彼は微笑んで口を開く。


「嫌?可愛い部下の頼みだ。君が言うなら止めてあげても良い。でも私が納得できる理由が無いのなら、それを飲むわけにはいかないな」

「理由…」


エリオットが呆然と言葉を繰り返した。

(なぜ僕は…)

この感情には覚えがある。

彼氏ができたと聞いた時も、インが彼女に化けて行った情事を目撃した時も、例え本人ではなくとも、彼は嫌だったのだ。

そして今回の、桃鈴にキスをした理由。


「僕は…!」






こちらに気が付き一瞬喜んで、急に真顔になる。

目を細めてじろじろと眺めた後、非常に不服そうな表情をしながらも、それでも顎をしゃくり認可を出すような仕草。

まるで。


「まあ許容の範囲内だが、次は無いぞって面だな」

「別にお前らの為に貞操を守ってるわけじゃないネ…。動物の癖に人間みたいな表情しやがっテ」


桃鈴が額に青筋を浮かべて、足下にバケツを置いた。

目の前には2頭の一角獣ユニコーン

そして彼女が今居る場所は、領主の屋敷の庭にある馬小屋である。

2頭は桃鈴とエリオットが前に捕獲したもので、専門の世話係は別にいるのだが、要請があり桃鈴も定期的に世話をしに来ているのだ。

何故なら彼らは処女が好きだから。

24歳にもなって彼氏のひとり、キスのひとつも経験の無い桃鈴はあつらえ向きである。

その事情も先日少し変わり、それを察した一角獣が彼女に冷たい目を向けてきていた。

(人の処女を望む上、一瞬で判定してくるこいつらも相当腹が立つけド…)


「お前もお前ネ!ジオ!先週はあれだけ呼んでも出てこなかったのに!」


桃鈴が振り返って、柱のそばに立つ影を指し示した。

ユーリとの交際が決まり、これが真実の愛だろうと確認しようとしていたのだが、ジオはうんともすんとも出てこず。

今更になって思い出したかのように姿を現した。


「…俺はあの男は好かんかったからな。別れてくれてホッとしたぞ」

「別れたって言うか…。何もせず逃げてきただけヨ…。あっちもワタシに興味失ったみたいでちょうど良かったけド…これが噂に聞く自然消滅…!」


そう悶える桃鈴の口元は、ほんのり緩んでいる。

今までの人生ろくすっぽ彼氏ができず、この単語を使ってみたかったので少しだけ嬉しい。


「桃鈴!」


そんな悲しすぎる事情を抱えた彼女の名を呼ぶ声が響いた。

馬屋の外を見れば、建物から一生懸命こちらに走ってきているエリオットの姿。

桃鈴がそれを見ながら、隣の2頭に話し掛ける。


「お前ら…ワタシがキスしたことがそんなに不満カ?」


一角獣がガクガクと激しく頷いた。

それと同時に息を切らしながら、エリオットが馬小屋の中に入ってくる。


「桃、」

「アイツが犯人ヨ」


その言葉を聞いた瞬間、蹄の音と共にその巨体が動いた。


「え、わーっ!なんだ痛ッ!がっ!」


勢いよくその逞しい脚に蹴られ、エリオットが飛んでいく。

それを見ながら、ジオは楽しそうに笑った。


「あいつのことは好きだぞ俺は」

「…ワタシは嫌いヨ」






「……」


桃鈴の家、彼女の住む2階の窓を見ながら、エリオットがごくりと唾を飲み込んだ。

時間はまだ朝日が昇り始めた早朝で、わざわざこの時間に訪ねてきたのには理由がある。

あの事件から1週間、話したくとも桃鈴に会えないのだ。

実際は家も知っているし、ちょくちょく彼の職場である領主の屋敷にも来るので、姿を見ることはできる。

が、まともに会話することができない。

追いかければ撒かれ、近付けば気絶させられ、呼び鈴を押せば居留守を使われ、この前は一角獣に蹴り上げられた。

(それでも僕は…彼女に言わなければいけないことがあるんだ。諦めるわけにはいかない…!)


「毎朝毎朝懲りずに来やがっテー!」


がっしゃんと窓が割れて、中から勢いよくレオナルドが飛び出てきた。

(きた…!)

エリオットはこれを待っていたのだ。

異常な話であるが、彼女の家は毎朝どこかしら破壊される。

それを待ち、開いた穴から家に侵入すればさすがに居留守は使えないだろう。

だが同時に、この作戦は諸刃の剣である。


「ぐぎゃん!」


飛んできたレオナルドは、エリオットのすぐ近くに墜落した。

その付いた破片をぶるぶると身体を震わせて取った後、ふとこちらに目をつける。


「お?お前…」






「ふう…」


桃鈴が日課の朝這いをかけてきたレオナルドを吹き飛ばし、目覚めのお茶でも淹れようかと腰を上げた時のことである。

突然家の外から、何かが壊れるような轟音が響いた。


「!?」


驚き咄嗟に構えるが、続いて聞こえてきた声に状況を把握する。


「良いじゃねえか!一発ぐらいさせてくれ!」

「だっ駄目に決まってるだろー!だいたいっ、僕は男だ!」

「大丈夫だって!1日に50回すりゃ女になれる!」

「うっうわあああああ!!来るなああああ!!」


どったんばたんと騒音が木霊し、そしてふいに静寂が訪れる。


「……」


(終わったネ…?いや始まったのカ…?)

怖くて外を見ることができない。

始まっていた場合はどうすれば良いと言うのか。


「…た、桃鈴…」


するとすぐに、ぼろ雑巾のようになったエリオットが割れた窓からはいってきた。

服はあちこち破れているが、一応無事だ。


「…掘られたカ?」

「ぎ、ギリギリ大丈夫だった…。やっと話せた…」


外に視線を向けると、道に沈むレオナルドの尾が見える。

桃鈴がため息をついた。


「そこまでして来ることカ?こんな庶民出の小娘のことなんて放っとけば良いの二…」

「そ、そういうわけにはいかない!僕はとんでもないことをしてしまったんだ!君が24年間…大事に大切に取っておいた初接吻を…!守り抜いた純潔を…24年間も!」

「オイそれマジでやめろ」


謝罪をされているはずなのに、全力で桃鈴の傷口に塩をねじ込んでくる。

当のエリオットは非常に真剣な顔で先を続けた。


「さらに無責任なことに、直後に首を折られたせいか、僕の記憶は曖昧で…。だが君の様子から察するに、無理矢理唇を奪ってしまったことは間違いないのだろう…?」

「あァ。しかもエッロいやつネ」

「エ…っ!?」

「さらに言えばオッパイ触ったヨお前」

「オッ…!?」


エリオットが床に四つん這いになって落ち込んだ。

自身が衝動を抑えられないような人間だったこともショックだが、男としての性なのか、最中をよく覚えていないことがいちばん悔しい。

(僕って奴は…!)

そう自責の念に駆られるエリオットに、桃鈴はふうと息を吐いて笑った。


「良いヨ」

「えっ」

「これだけ必死なエリオ見てたら何かの間違いだったんだって分かるし…。ワタシがキスしたいって騒いだから同情したのもあったんだロ?」


実際、エリオットに止めてもらわなければあの変態が初キス相手になっていた可能性も高いので、それに比べれば相当マシである。


「不本意だけど、あれのお陰で失恋のショックも吹っ飛んで行ったし結果オーライヨ。ワタシもエリオの首折ったしネ。後悔はしてないけド。まあ犬に舐められたみたいなものと思うヨ」


そう言って、桃鈴がひらひらと手を振った。


「ホラ、寝起きの乙女の部屋にいつまで居る気カ。早く帰る、」

「違うんだ…」


声を遮られた。

見ればエリオットが眉間に皺を寄せて、迷いながらも口を開く。


「違うんだ!僕は…自分のために、君にキスをしたん、ダッ!痛い!」


彼が言い終わる前に、その顔に向けて桃鈴の鋭い拳が飛んだ。

彼女は両手を合わせ、そのままバキバキと骨を鳴らす。


「ハ?何だお前は。愉快犯ってことカ?もう一度首を折られたいようだ。今度は頭を逆に付けてやるネ」

「まっ、待ってくれ!そういう意味じゃない!僕は真剣だった!」

「ハァ?」


返事によっては繰り出すつもりで次の拳を準備する。

その圧迫感を前に、エリオットは両目を瞑って振り絞るように言った。


「僕が、君にキスをしたいと思ったからしたんだ!」


ふたりの間に沈黙が訪れる。


「……エ?」


一拍置いて、桃鈴が口を開けた。

エリオットはぐっと唇を噛んで続ける。


「嫌だったんだ…僕は。君から彼氏ができたと報告を受けたときも、例え本当は君じゃなくとも他の男とキスしているところを見たときも、フィオ様から足を舐められて君が悦んでいるときも」

「よっ悦んでねーヨ!」

「桃鈴。君が幸せになるというのに、僕はそれが応援できなくて」

「訂正しろオイ。足を舐められて何が幸せヨ」

「僕は…」


エリオットが顔を上げる。

その真剣で、どこか情熱的な表情に、思いがけず桃鈴の心臓がドキリと鳴った。


「僕は、君が不幸になる様子を見て性的興奮を覚える変態なのだと思う」


先程よりも長い沈黙が訪れた。


「…………ハ?」


白目を剥く桃鈴を前に、エリオットが悔しそうに続ける。


「君が彼氏作りに失敗する度に僕は嬉しくなってしまって…。それどころか君に一生恋人ができなければ良いと酷いことを思ってしまう自分がいて…」

「鬼かヨ」

「あの時も…泣く桃鈴が急に愛しくなってしまって、キスしたいという感情が抑えられなくなってしまったんだ」


桃鈴が静かになる。

確かに彼女は愛されたい。

男性に愛しいと思われるこそ桃鈴の本懐である。

(けど…けどネ…)


「だが、僕はこの衝動と戦おうと思う!君が幸せになる応援をするつもりだ!」

「……」


そう熱弁する彼を、桃鈴は無言で見ていた。

やがてゆっくりと目を閉じて、先ほど解いた拳をもう一度作り直す。

確かに愛しいと思われたいが。


「愛されたいのはお前じゃないヨォ!!」


ズンと鈍い音が響き渡った。






「っ…ふ、まさかそう来るとは…」


執務室にて、フィオは机に突っ伏して肩を震わせていた。

エリオットの導きだした答えは、彼でさえ予想できないものであった。

笑いすぎて出た涙を指で拭いながら、一人言を続ける。


「実際は普通の恋だと思うけど、そっかぁ。まあ…そうだよね…ふふ」


鈍いにも程があるとか何故その結論に至ったのかなど言いたいことはたくさんあるが、わからなくはない。

幼少より聖騎士パラディンになるべく勉強や練習漬けの日々を送っていた上、その容姿から迷惑なほど好意を寄せられ。

さらに思慕を抱いたとしてもあの兄に掠め取られるのだ。

恋愛においてまともな価値観が育たず、エリオットのそっち方面の回路は死んでいる可能性が高い。


「桃鈴もいい勝負だろうし…。あ~…これは、まだまだかかりそうだ」


ひとしきり笑った後、フィオは椅子の背もたれに身体を預けた。

窓の外の真っ青な空を見ながら、ゆるりと微笑む。


「…ねえ、ジオ」

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