第9話 真実の愛は意外と身近に


「いらっしゃいませー!」


賑やかな町の酒場。

そのカウンターにて、桃鈴タオリンが店の主人にメンチを切っていた。


「ケッ、コン…オメデトウ…ギリィ…」

「こんなに心がこもってない祝辞を貰ったのは初めてだぞ。酒は…飲めなかったよな。ほら牛乳」


そう言ってグラスを差し出してきたのは、神鷲鳥ガルダのクジャラである。

例の事件でギルドが解散した後、彼は依頼者と冒険者を繋ぐ集会所兼酒場の経営を始めた。

個人で仕事を得なければならない桃鈴も、よく利用している。

そしてこの度めでたく、彼は結婚した。


「あーあ!いいご身分ネ!あんな可愛くて優しそうなお嫁さんもらってェ!」

「下半身馬だけどな」


クジャラがそう言って、店の中央を見た。

給仕をしている彼女は彼の新妻であり、半人半馬ケンタウロスである。


「ハン。足腰の丈夫な嫁は重宝するヨ。ワタシも丈夫さには定評があるから、誰か愛してくれないかなァ…」

「まだ彼氏できてないのか」

「…できないヨ。この前依頼を受けたおばあちゃんからも、天国でゴリラみたいなマッチョの恋人ができましたって手紙きたし…。112歳に彼氏ができてどうしてワタシにはできないのか気が狂いそうになったネ…」

「天国から手紙って届くのか…」


依頼状の整理をしながら、クジャラが机に突っ伏した桃鈴をちらりと見遺る。


「前にここで耳長族エルフの男に声かけられてたろ。どうなった?」

「…あの男は監禁趣味の変態野郎だったネ」

「…あ。そういえば黎明リーミンに対して馬鹿高い懸賞金がかけられてたが、お前何やらかしたんだ?依頼主は貴族の坊っちゃんだったみたいだが」

「そいつはチンしゃぶ野郎ヨ」

「しゃぶ…?なんの略かは怖いから聞かないでおくが、大変だったな」

「…黎明のことを知ってるのがクジャラだけで良かったネ」


桃鈴が黎明であることはごく一部の者しか知らない。

実際にはこの名前は借り物で、別に本物の黎明がいるのだが、当の本人は海の上であるし桃鈴とは似ても似つかないので大丈夫だろう。


「俺のツテで良ければどいつか紹介してやる。何か条件とかはあるのか?」

「そうネ…。こういう時は選択肢が有りすぎたり少なすぎても良くないから5つ程度に絞るべきだって『女夢魔サキュバスイリナが教える、男を虜にする十戒』にも書いてあったヨ」

「…何て本を読んでんだ」


桃鈴は指を折って続ける。


「まずは…年上と、ワタシの仕事に直接関係する人じゃないことヨ」

「おう」

「ワタシを好きでいてくれてることと、股間の大きさが異常じゃないことかなァ…」

「お、おう…。4番目は俺からは判断できかねるが、そうそういないだろ」


クジャラが頭の中で何人か候補を出す。

基本的に魅惑的な体型の女性が人気の高いこの国でも、少なからず小人好きは居る。

幸いにも桃鈴の理想はそう高くはないので、この調子なら何人か紹介はできるだろう。

そう考えるクジャラに、桃鈴は最後の条件を提示した。


「そして…ワタシより強い男」

「オイ。最後のそれで10割の男がいなくなったぞ」

「エッ」


桃鈴の顔が青くなった。


「そっ、そんなことはないヨ!ワタシを守れるぐらい強い男なんていくらでもいる筈ネ!いるって言えェ!」

「急にどうした。愛してくれさえすればスライムでもニートでも良いって前に言ってただろ?あれはあれでどうかと思ったが」

「…その気持ちは変わってないヨ。けどちょっと事情が変わってネ…とにかくワタシのことを守れるぐらい強い人じゃないと駄目なのヨ!」


そう机をバンバン叩く桃鈴のまわりが、急に暗くなった。

振り向けば背後に、一つ目の巨人が立っている。

彼はのそりと上から桃鈴を見下ろし、笑みを浮かべながら口を開いた。


「オイオイ。酒も飲めないお子ちゃまが来てるたぁ、ここの依頼も大したこと無さそうだなあ」

「……」

「おい。うちじゃアンタみたいな無法者はお断りだ。出ていってくれ」


クジャラが磨いていたグラスを置き、巨人を睨む。

彼の店は比較的健全な方だとは言え、女ひとり、さらには子供のような容姿で酒場に出入りすればこういうことも少なくはない。

慣れきった桃鈴は、店主に任せるつもりで黙って牛乳を飲んでいる。

他の店で飲んで出来上がっているのか、無視されてもなお巨人は下卑た言葉を並べた。


「へへ。悪いな。俺小人が好きなんだよ。ぷちぷち潰すと良い声で鳴くしな」

「……」

「店の客に手を出すようなら通報するぞ」

「警備団なんざに捕まるかよ。嬢ちゃん、守ってくれる彼氏もいないのか?可哀想に」


(マズイ!)

クジャラが慌てて桃鈴へと手を伸ばす。


「止めろよ。店で喧嘩は…」

「ホァタァアアッ!!お前を潰してやるヨォ!!」


彼の手は空を切り、すでに桃鈴は巨人に飛びかかっていた。


「ああ…」


言うのが少し遅かったようだ。

新婚夫婦に多少配慮したのか、奴を叩き出し店外で乱闘を始めただけマシである。






『呪いを解く鍵と言えば、真実の愛と相場が決まっているだろう?』


ジオの発言を、桃鈴が頭の中でゆっくり繰り返す。


『真実の、ア、イ…?』


言葉が理解できず、首を捻った。

最近あまりにも欲しすぎて、その単語を聞くのも嫌になっていたものだ。

意図的に避けてきたせいで、正しく脳に伝わらない。

それを憐れんだ目で見ながら、ジオは口を開く。


『そうだな…。愛の形も様々だから一概には言えんが…。例えば己の全てを投げうってでも、お前を守る奴なんてどうだ?』

『…ハ?イヤ…ワタシ自分の身ぐらい自分で守れるし…』

『だから良いんだろ。術も効かない、人に守ってもらう必要なんてない、変態ばかり引き寄せる、そんなお前を守ってやろうなんて奇人は間違いなくお前を愛してるだろう?』

『そ、それはそうかもしれないけド…つまり、ワタシより強い奴ってことカ?』

『…まあ、そっちの方が都合は良いかもな』


桃鈴が黙る。

ハレミナの件でも感じた。

実際、モテる女は守ってあげたくなるような隙のある女である。

奴は男だったし全然か弱くなかったが。

ただ今さら桃鈴が弱くなるのは仕事にも支障をきたすので、彼女以上に強い男を探す方が現実的だ。


『お前は見ていて面白いが、いい加減飽きた。俺にバッドエンド以外を見せてくれ』


ジオはそう言って、元の煙の姿に戻り、そして桃鈴の身体の中へ吸い込まれていった。







「ワタシだってハッピーエンドにしたいヨォ!運命の人はどこネェ!!」


そう太陽に向かって叫ぶ彼女に、背後からクジャラが声をかけた。


「桃鈴。良いことを教えてやる」

「何ネ」

「今お前が尻に敷いている単眼巨人サイクロプス、そいつはこの辺りじゃ有名な賞金首だぞ」

「エ…?」


桃鈴の下には、それはもう気の済むまでボコボコにされ気絶した巨人の姿。

クジャラは無情にも続ける。


「デカイから見つけるのは簡単なんだが、乱暴者な上に腕が立つせいで捕まえるのが困難で放って置かれてた奴だ」

「……」


(あんなに弱かったの二…?)

そんな桃鈴の心中は、さながら力が強すぎるあまり迫害された化物である。


「そして単純な1対1の戦闘において、俺のまわりにお前より強い男はいない」

「ンエッ」


クジャラは職業柄、交遊関係は広い筈だ。

さらには冒険者との関わりが深く、比較的強者が集まりやすい環境においてその事実。

桃鈴が深い絶望を感じたのは言うまでもない。






「はァ…」

「疲れているのか?」


町外れを歩きながら、エリオットが桃鈴に声をかけた。

人が消え寂れた町並みはどこか哀愁が漂っている。


「別に…。友人の結婚祝いに単眼巨人を差し入れしてきただけヨ」

「それはむしろ迷惑では…」


奴は縛り上げた後、クジャラに任せて置いてきた。

賞金首とのことなので、警備団に突き出せばある程度貰えるだろう。

(お金の為仕事の為にがむしゃらにやってきたけど…まさか常人以上に強くなってたなんテ…しかもそのせいで恋愛に支障が出るとは思わなかったヨ…)

悶々と考え込む桃鈴を、エリオットが心配そうに覗き込んだ。


「大丈夫か?体調が良くないのなら、今回は止めておいた方が」  

「疲れてるのは身体じゃなくて心だから大丈夫ネ…」

「…?なにぶん急ぎの案件だったから、犯人の顔も職業も何も解っていないんだ。気を付けた方が良い」

「そうネ…まあでもこの様子なら、すでに逃げた可能性の方が高いヨ」


数時間前に、町外れにて住民が大規模な襲撃を受けたとの通報があった。

情報が錯綜し正確な事実が不明なままの派遣となり、警備団は住民の避難や救護に当たっている。

主力である騎士団が到着するまで、桃鈴達は犯人確保のため現場を見て回っているのだが、町には人っ子一人居はしない。


「……」

「なんだ?」


桃鈴が、ふとエリオットの顔を見つめた。

きょとんとこちらを見つめ返す彼は、端整な顔立ちと美しい色合いがなんとも魅力的である。

さらには家柄も良く年齢も若いときているのだから、きっとさぞ人気があるのだろう。

それに加え魅了術なる相手を惚れさせる技も使える訳で、桃鈴としては嫉妬を禁じ得ない。

端的に言えば、お前ばっかりモテて死ぬほどムカつく。


「…エリオ。お前初キスはいつヨ」

「は!?なんだいきなり!」

「いいから答えるネ」

「……?」


エリオットはしばらく考え込み、苦々しい顔をしながら呟いた。


「…覚えていない…」

「犯人より先にお前のことぶん殴って良いカ?」

「だ、駄目だ!違う!そうじゃない。そのほとんどが同意の上じゃなかったから、嫌な記憶すぎて消しただけだ」

「…ハァ?」 


こんなに望んでいるのに24年間キスの1つもしたことのない彼女は、こういう話題になるとひたすら心が狭い。

エリオットがあまり言いたく無さそうに続けた。

 

「小さい頃からやたらと好意を向けられて大変だったんだ。…その、僕との接吻は気持ちが良いらしくて…」

「やっぱりお前蹴るネ。なんかふざけたこと言ってるし」

「わーっ!待て待っ!」


言い終わらないうちに桃鈴が腰を落とし、勢いをつけて蹴りを繰り出す。

それはエリオットの脇を掠め、背後に立っていた人物を吹き飛ばした。


「なっ…!」


エリオットが慌てて振り向けば、民家の壁に大きく穴を開けて、人影が突っ込んでいる。

今しがた吹き飛ばされたにも関わらず、人影は平然と音を立てて起き上がった。

この呻き声と死臭は。


死霊ゾンビ…!?一体どこから…!?」

「地面ヨ!剣を抜くネ、エリオ!」


そう言っている間にも、土の中からはずるりと手が生え、彼らのまわりを複数の死霊が囲った。


「よりによっテ…」


そこから少し離れたところ、マントとフードを被り、こちらをジッと見ている影がある。

死霊術士ネクロマンサー

不死身の死霊ゾンビを使役する、死霊術を専門に扱う術士である。

エリオットが目の前の1体を斬り伏せて、桃鈴を振り返った。


「犯人を見つけた場合、後から騎士団が来るから、僕達は時間稼ぎ程度で良いとのことだったが!」

「…できれば早く終わらせた方がいいネ」


今しがたエリオットが斬ったはずの死霊が、ダメージをものともせず再び立ち上がる。

彼女の頬を、1滴の汗が伝った。

実は、戦闘が専門の桃鈴が唯一苦手とするものが、消耗戦である。

傷付いても彼女には回復術が効かない上、敵を一掃するような術も使うことができない。

さらに相手は痛みも退くことも知らない死霊だ。

まともにひとりずつ削っていく長期戦は、桃鈴には不利である。

(あと何人いるか分からない死霊よりも、操っている術士を狙う方が得策ネ)


「エリオ!肩借りるヨ!」

「えっ!?なん、あがっ!」


瞬時にエリオットの体に登り、彼を踏みつけるように跳び跳ねた。

そのまま死霊の顔や肩を土台にして、真っ直ぐに死霊術士の元へ向かう。


「ホアタッ!」


術士の頭に向けて、蹴りを入れた。

ところが脚が当たったと思った瞬間、マントから伸びた手が桃鈴の喉元を襲う。


「いっ…!?」


攻撃には確実に手応えがあった。

少なくとも常人であれば致命傷になる攻撃をした筈だ。


「ぐっ…!術士も死霊…!?」


ぱらりと外れたフードの下から出てきたのは、醜く歪んだ死霊の顔。

手元の桃鈴を見てニヤリと笑った。

(しまったヨ…!)

もう片方の腕で足も抑えられている上、制限の外れた彼らの怪力は、そうそう振りほどけそうにない。

遠くから、エリオットの声が届いた。


「桃鈴!待ってろ!」

「エ…エリオ…」


この危機的状況の中、そう言って剣を構える彼はとても頼もしく見える。


「十二華族の聖騎士パラディンが一族!この名はエリオット・カサブラッ!」


全てを言い終える前に、体当たりされたエリオットが吹き飛んだ。


「オイィ!だからなに死霊相手にのんびり自己紹介してるっ!カッ、ゲホッ」


桃鈴が思わず突っ込みを入れるが、浅い呼吸の中叫んだせいで、さらに意識が遠くなる。

(ワタシ…キスもできずに死ぬのカ…)

ぐらりと視界が揺れた瞬間、辺り一面に閃光が走った。


「!」


大量の死霊を前に、身動ぎもせずに立つ人物。

その長い足と精悍な顔立ちには覚えがある。

彼は静かに、それでいてよく通る声で宣言した。


「十二華族の聖騎士パラディンが一族」


剣を抜きながら、堂々と一歩を踏み出す。

次の瞬間煌めきと共に、辺りの死霊が倒れた。


「ユーリ・カサブランカとは私のことだ」

「…!」


桃鈴が息を飲む。

あれほど攻撃しても無駄だった死霊が、彼の一太刀でただの死体に戻っていく。

それどころか、まだ操られている筈の死霊がぴたりと動かない。

桃鈴の首を絞める術士でさえ、固まったように、自身の兵隊が倒れていく様子をただ見ているだけだ。

皆が棒立ちになる中、ユーリだけが踊るように動いていた。

(聖術と…これは…)


「あ、兄上…!?」


彼を見てぎょっとする弟を尻目に、ユーリは悠然と歩を進める。

そして桃鈴の元まで来ると、彼女の首を絞める術士を斬り捨てた。


「!」


死霊の腕から力が抜け、落ちると思った瞬間、桃鈴はユーリの腕の中にいた。

2メートル近い彼にかかれば、小柄な彼女など片腕である。

死霊が崩れ落ちる音を聞きながら、ユーリが微笑んだ。


「また会いましたね」

「エ。あ、アァ…。助けてくれてありが、」


言い終える前に、桃鈴の額から音がした。

ちゅ、とまるでキスをされたような。


「エ」

「っ…!」


遠くでエリオットが青ざめた。

ユーリは相変わらず優雅に続ける。


「麗しいお嬢さん。私に貴方を愛する権利をくれませんか?」


額を手で押さえた桃鈴が、呆然と目の前の彼を見つめた。

思い出したのは先刻決めた5条件だ。

ユーリは明らかに年上であり、騎士団長と高潔な職業は彼女の仕事と直接関係しない。

ちらりと視線を下に向ける。

服の上から確認できる限りだが、股間の大きさも異常ではなさそうだ。

そして何より、念願の自分より強い男である。


「あい…」


気付けば、桃鈴は返事をしていた。

視界に映るユーリは、ちかちかと輝いている。

真実の愛、見つけたかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る