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 約15分後、着替えを済ませ外へ出ると私服姿の霞音がすでに待っていた。ダッフルコートに白いマフラー、手袋をしている。ってそれはいいんだが。

「よしいこうか」

「おいまて」

「なに」

「なんで俺のチャリの荷台に座っているんだ……?」

「……?」

 ……おい、何言ってるの、みたいな顔すんな。バカにされてるみたいでムカつくぞ。

 と思ったがいついかなる時もこいつには馬鹿にされてる気がする。

「はぁ……」

 動きそうもなかったのでしょうがなく鍵を外しサドルに座る。

「よしいこうか」

 さっきと台詞同じじゃねえか。


 余計な荷物を乗せながら自転車を進めること10分。目的地に到着する。

「ご苦労」

「…………」

 こいつ……やっぱいっぺん殴ってやろうか。

「ゆくぞー」

「はいはい」

 先導する霞音につられ中に入るとさすがスーパー。ばっちり暖房が効いてる。

「暖かいね、……っていうか少し暑い」

 そりゃ店内でそんなにばっちり着込めば暑いだろうよ。

「ねえ、そのリュック余裕ある?」

 俺がマフラーをリュックに仕舞っていると霞音はそんなことを聞いてくる。今持っているリョックは学校へ持って行ったのと同じ物で、重いからパソコンだけは抜いてきたけど、他の物は全部入れっぱなしだ。

「ああ、少しぐらいなら」

 っていうかお前手ぶらかよ。

「財布とケータイしか持ってない。いらないかなって思ったから。私のも入れといて」

 早速、読み外れてるじゃねえか、おい。

「へいへい」

 霞音からマフラーと手袋を受け取り素直にリュックにしまう

「心羽帰って来ちゃうからさっさと済ませるぞ」

 今は6時、飯作る時間を考えると一時間で帰りたいな。

「あ、私本売り場行きたい」

「はぁ? 今の俺の話聞いてたか?」

「いーじゃんちょっとぐらい、買いたいものがあるの」

「……さっさとしろよ」

「はーい」


 本売り場はこのスーパーの三階に存在する。少し小さいが、品揃えはなかなかで何故か一般文学よりもラノベの売り場の方がでかい……。店長の趣味かなんかだろうか。本売り場で本を探す霞音を見守っていると急に背後から声をかけられる

「……夜見河くん?」

 振り向くとそこには佐々木さん(おそらく)がいた。

「奇遇だねー、昼陽中さんもこんばんは、二人も本買いに来たの?」

「こんばんは、佐々木さん、はい、こいつに荷物を持ってもらおうと」

 おいこのやろう。……ってやっぱり佐々木さんで合ってたか。確認出来てよかった。ナイスだ霞音。

「本当に仲良いねー、二人とも」

「え?」

「えー? だっていつも学校で二人でいるの見かけるしー、付き合ってるのかなーって」

「「……いやいや、ないです」」

 ほぼ同時に否定する。

「あはは、やっぱり仲良し」

「…………」

 佐々木さん(確定)は嬉しそうに笑う。霞音もその笑顔にもはや否定する気も失せたのか、黙ってしまう。

「じゃ、遅くならないうちに気をつけて帰るんだよー! ……あ、ちゃんと昼陽中さんの荷物もってあげるんだよー」

 余計なことを言い残し佐々木さん(もう忘れない)は去っていった。

「あの人、なんか調子狂うんだよな。……んでお前は何を買いに来たんだ」

 とりあえず、霞音にさっさと用事を済ませてもらおう。

「えーと、…………あ。あった、これこれ」

 今俺たちがいる場所は、ラノベコーナーではなく自己啓発本や指南書などが並ぶ実用書のコーナーである。霞音のことだからラノベの新刊でも買いに来たのかと思ったが、違っていたらしく白い表紙の本を俺に見せてくる。表紙には『ライトノベルの書き方』と描かれている。

「ここ、ラノベに何も関係ないコーナーだよな……。なんでそんな本が……」

 っていうか小説の書き方。じゃなくてライトノベル限定かよ。どんな閉鎖的な本だ。

「だってラノベを読むだけの人たちは、こんな本興味ないでしょ。ラノベは今や下手な一般文学より売れる時代だよ。そりゃあラノベに特化した指南書があってもおかしくないよ」

「まあ、そりゃそうだが……」

 こいつはこれを読んで勉強するのだろうか。勉強嫌いなのに。

 霞音はレジで会計を済ましてくるというので、俺はめぼしい新刊がないかラノベコーナーを眺めながら待つことにした。

 タイトルが引っかかるものを2冊ほど見繕ったタイミングで霞音が駆け寄ってくる。手には購入した本が入っているであろう袋を持っている。


「はい」


 その袋を俺に手渡してきた。

「……は?」

「なに」

「え? それ、さっきの?」

「そう」

「どういうことだ……?」

「あげる、これで勉強して」

「……自分用じゃないのか」

「そんなわけないでしょ。なんで私が勉強しなきゃいけないの」

 ああ、やっぱり勉強はする気ないのか……。

「大丈夫、これすごく参考になるらしいから」

「……ソースは?」

「2●h」


 俺は、頭を抱えた。


「……いや、ならお金払うよ、いくら?」

「いいよ別に」

「でも」

「うるさい。なにも言わず受け取って。そして売れっ子ラノベ作家になって文芸部を救って」

「……わかった」

 救ってって……、大いなる存在に文芸部が潰されそうな言い方だが実際はお前の自業自得だろうが。結局俺はその霞音から貰ったその本と、ついでに買ったラノベを持って本売り場を後にする。


 さて、やっと本来の目的が果たせる。霞音とともに食品売り場にたどり着くと、夕方ということもあって買い物する主婦や家族で溢れかえっている。俺たちみたいな高校生はあまり見当たらない。

「晩飯、何にすっかな」

「じゃあ、また後で」

「は?」

 霞音は買い物かごを抱えるや否や、一目散に消えていく。まあ、別に構わないのだが。

 とりあえず昨日心羽の晩飯はスパゲッティだったからそれ以外の物を選ぼう。麺類は避けて、……もうあんま時間がないし、すぐ作れるもんでいいか……。とりあえず数日分の材料を適当に買っていこう。


 ……ええっと、ネギと焼き豚と……、ってなんだアレは。

 買い物かごが青いパッケージで埋め尽くされている不審な女がいる。いや、御察しの通り現実逃避です。あれは……霞音だ。

「おい」

「ん、なに」

「それはなんだ」

「は? ウエハースに決まってるでしょう」

 ……えっ、理解出来てない俺が悪いわけじゃないですよね。っていうかよく溢れ落ちないですねそれ。

「何その顔、ウエハース買いに来たって言ったじゃん」

「……それいったい何個あるんだ」

「さあ? 売り場にあったの全部」

 ……どこに売り場にあるお菓子を買い占めるやつがいるんだよ。小学生の夢かよ。

「なんで一度にそんなに買う必要がある」

「すぐなくなるじゃん」

 じゃん、ってなんだ。さも世界の常識であるように語るな。普通の人間だったらその量を食うのに数ヶ月はかかるぞ。そんなマニアックな菓子がいきなり爆売れしたら発注するスーパーの店員さん困惑しちゃうだろ。医学番組で生活習慣病に効果があるって紹介でもされたのかなって思っちゃうだろ。思わねぇよ!

「学校の近くのコンビニでも買えるだろ」

「高い。あんなところで買うの馬鹿だよ」

「お前、昨日俺に買わせましたよね……」

「だって切れてたし」

 よくそんな菓子ばっか食って太らないな、こいつ。

「んで、晩御飯、何にしたの」

「ああ、炒飯」

「へえ」

 自分から聞いといて興味ゼロですか、そうですか。

「とにかく、用事済んだなら帰るぞ」


 そのまま俺たちはレジで会計を済ませ。スーパーを出る。さて、ここで問題発生。


「なんで君の自転車にはカゴがたくさんないの」

 あっても前と後ろの最大2個だろうが。行きに霞音が荷台に乗っていたことから、俺の自転車には荷物入れが前側の一つしか存在しないことは明白だ。俺の右手には本が入った袋。左手には晩飯の材料。霞音の両手には青いパッッケージがぎゅうぎゅう詰めになった大きな袋。トータル3つの荷物。どう考えても自転車に乗って帰ることは不可能である。

「はぁ……」

 歩いて帰るしかねえじゃねぇか。

「歩いて帰るしかないじゃん」

 誰に対して文句言ってんだよ、誰に。主にお前のせいだろ。

「あ、寒い。マフラー返して」

「…………」

 もはや、突っ込む気力もない。

「……ほらよ」

 霞音にマフラーと手袋を返した後、自分もマフラーを巻いていると霞音が自転車と格闘していた。

「ぐっ……!」

「……どう頑張ったってお前のその袋はカゴには入らん」

 よくそんな大きな袋が用意してあるな……。というか持ち主の許可なく自転車のカゴを占領しようとするな。

「諦めて自分で持て」

「えー……」

 結局俺の荷物をカゴにいれて、自転車を押しながら歩いて帰ることになった。


「そういや、心羽ちゃんに合宿の件話してくれた?」

「ああ、行くってさ。んで結局どこ行くんだよ」


「富士山」


 は?


「の近く宿」


 ……よかった。危うく書き上げるまで樹海に閉じ込められるのかと思った。

「なんでまた」

「この前久々に太宰治読んでさ、それで」

 ほう。





 …………………………え? ……説明終わり?

「……説明不足にも程があるだろ」

「だから太宰治が実際に原稿を執筆していた場所がまだ現存してるらしくて、面白そうだなって、そこは宿じゃないから近くにある宿に泊まるけど」

「ああ……、まあ、それは文芸部の合宿にはぴったりな場所だとは思うが、何故いきなり太宰なんだよ。俺たちが書くのはライトノベルじゃないか」

「はぁ……。わかってないね。太宰治はラノベ作家の元祖なんだよ?」

 なんかすごくいろんな方面の人に怒られそうな偏った意見だ……。

「とにかく! 今年中にとりあえずは書き上げて」

「ま……文芸部を救わなきゃならないからな」

「そうそう」

 得意げに笑う霞音をみたら、まあ、頑張ってやってもいいかという気持ちがほんの少しだけ沸いてくる。


「ただいまー」

 帰宅し夕食を作っていると、ギターを背負った心羽が帰宅をする。

「あー、炒飯だー」

「すまん、もうちょっとでできるから着替えて待っててくれ」

「どしたの? お兄ちゃんも学校終わるの遅かった?」

「いや、いろいろあってな」

「ふーん、じゃあ着替えてくるねー」

 心羽が自室へ向かう。うちの炒飯はサラダ油でもごま油でもなくオリーブオイルで炒める。理由はよくわからないが、母親がそうしていたから俺も自然にそうしていた。

 その母親は基本的には家にいない。俺も心羽もまだ小さかった時に母親は父親と離婚し、俺たちが大きくなってからは仕事で家を開けることが多く、っていうか一ヶ月に数回しか家に帰ってこない。そんな状況の為、俺たちは自然に料理をすることが多くなった。

 何故か親がいつも不在の妹と二人暮らしなんて、まるでラノベの主人公みたいな状況だなー。親がいると物語に余計な描写や、人物が増えるからなー。登場人物は絞ったほうが書きやすいしー、読む方も楽なのだろうなー。しょうがない、しょうがないなーー。

 …………だろ?


「疲れたー」

「ほれ」

 リビングに戻ってきて椅子にふんぞり返る心羽に完成した料理を手渡す。

「久々にお兄ちゃんの料理だー、いっただっきまーす」

「まあ、お前が作ったほうがうまいからな」

「そうだねー」

 あ、「そんなことないよー」とかじゃないんだ。素直な子に育ってお兄ちゃん涙が出そうになるくらい嬉しいなー……。うん、涙出てきた。

 ……これでも男子高校生としてはかなり料理がうまい自負があるんだぞ。

「でも炒飯とか野菜炒めとか簡単な料理は美味しいよ」

 対してフォローになってないぞ妹よ。あんまり料理工程多いの途中で飽きてくるから作りたくないんだよ。

「あと、炒飯はお母さんっぽい味するから好き」

 ……まあ、作り方一緒だし。

「お母さん元気かなあー」

「まあ、帰ってこないってことは元気なんだろ。仕事大好きだからな」

 そのまましばらく大人しく飯を食べていた心羽が何かを思い出したように俺のほうを向く。

「それで、決めたの?」

「なにをだ?」

「昨日話したばっかじゃん、霞音さんの誕生日プレゼント!」

「……あー、なんかそんな話をしたような気もするな」

「大事なことなんだから忘れないでよ!! 去年はなにあげたの?」

「…………栞?」

「…………これだから可哀想なお兄ちゃんは……」

「悪いかよ、実用的でいいじゃねえか」

「…………」

 明らかに軽蔑と哀れみの目を向けられている。

「……とにかく、ちゃんと考えて買いなさい! そして私に報告しなさい! わかった?!」

「なんでそん——」

「わかった!!!???」

「…………」

 俺は反論さえしてはいけないらしい。

「……わかりました……」

「よし」

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