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市立
普通の高校では毎日行われるホームルームも週に一度、しかも一時限分しかなく、クラスメイトの連中とはそれぐらいでしか顔を会わせることはない。ゆえに一応存在はしているが、クラスなどあってないようなもので、俺のような孤高のソリスト(重複)には大変生きやすい環境になっている。
……と入学前は意気揚々としていたが、そんな環境でも群れなきゃ死んじゃうリア充どもは、まるで友達が居ないことが悪であり、そして罪ですらあるとでも言うように、迅速に円滑に仲間を作っていく。
人生と青春を
そんな中、孤高の一匹狼(重複)の俺はその名に恥じぬよう単独行動を極めていた。それは人格崩壊ドS残念美少女の霞音も同じであり、俺たちは授業以外のほとんどを文芸部部室に篭り生活していた。もちろん俺と霞音の時間割も異なり授業が抜けている、いわゆる空き時間もそれぞれで顔を付き合わせるのはほとんど放課後であったが。
虎子ヶ谷高校の校舎は上空から見るとデジタル数字の「4」のような形をしていて、右側の一番長い辺の位置が通常教室、つまり普通に机が並んでいて、前方の壁には黒板が設置されているような教室が並んでいる教室棟。ちなみに、虎子ヶ谷高校は校舎が建て替えられて間もないため黒板は絶滅危惧種と化し、ほとんどの教室はホワイトボードが設置されている。
その教室棟の中心から伸びた横棒が1階から4階までの吹き抜けの廊下に理科室や調理室、音楽室など特別教室が並ぶ特別棟。
その廊下を教室棟とは逆の方向に進んでいき、突き当りから直角に曲がるように伸びた左の短い辺が、他の棟とは違い3階までしかなく3階の上には屋上庭園と呼ばれる生徒が自由に利用できる屋上が存在し、その下に職員室や会議室などがある職員棟、となっている。
「4」の上部の辺がないスペースに体育館や武道場が並び、それを考慮して眺めてみると数字の「9」にも見えてくる。「9」の丸い部分、つまり教室棟、特別棟、職員棟と体育館群に四方を囲まれた場所が中庭。これで校舎が完成し、その左にはグラウンドやテニスコートがある。教室棟の下部には、小さめな食堂が隣接されていて、これが市立虎子ヶ谷高校の全貌である。
我らが拠点、文芸部部室はその中でも特別棟の2階に存在する。
俺はその日に課せられた授業を全てパスし、部室へ向かっていたのだが、突然背後から声をかけられる。
「
……空耳だった。うん。なんの疑いようもなく気のせいだったので、俺はそのまま振り返らず部室へ向かう。
「おい!! 無視するな!!
……もちろん、そんなことはない。俺の名前は生まれてから17年間ずっと夜見河尋翼のままだし、忘れたことなどない。そりゃあ、霞音には君とかしか呼ばれないから滅多に呼ばれることはないけどさ……。昔はひろくんって可愛く呼んでくれていたのにな。ああ、俺の幼少期カムバック。
「……なんすか、
「おい、学校では先生と呼べといっているだろう」
振り返りそこにいたのは、予想通り俺のあってないようなクラスの担任で現代文教師そして文芸部顧問、更には霞音の従姉妹という肩書きまでオマケで付いてきてしまう、
胸まである黒髪ロングに、さすが霞音の親戚とでもいうべきか、かなり整った顔立ちをしている。一見、完璧な大人の女性だが悲しきことにアラサー独身である。いや、別に俺個人としてはちっとも悲しいとは思っていないが。ちなみどうでもいいけど芽衣ちゃんがサーティーンの周りである事よりも胸囲のアラウンドに毎回視界を奪われそうである。デカイ。
「話しかけられただけで露骨に嫌そうな顔するな。頼みがある。ちょっと職員室まで来てくれ」
「……一応聞きますが、拒否権は?」
「もちろんあるぞ? 『はい』か『YES』か『喜んで向かわせていただきます』のどれかで答えてくれればいい」
ねぇじゃねぇか、拒否権。
この教師とかなり多くの接点を持ってしまっているせいか俺は事あるごとに小間使いにされている。仕事というものはそれなりの報酬があるべきで、安月給どころか何も返されないこの俺のジョブは専らブラックもブラック、もはや漆黒企業である。何この響き、ちょっとカッコイイ。化け物を鎌とかで討伐してそう。
「というわけでさっさと来い、頼みだけじゃなくて説教もあるからな」
「…………は? 俺、何も悪い事してないですよね?」
「お前は悪い事だけじゃなく、いい事もすべき事もしないから、問題なんだよ」
芽衣ちゃんは溜息を吐きながら踵を返す。今までの経験から言って逃げてもロクなことがないので素直についていくにした。
「んで、頼みって何ですか?」
職員室で自分のデスクの引き出しを漁っている芽衣ちゃんに呼びかける。
「ちょっとまて。あれー、どこやったっけなー、……お、あった」
そう言いながら引き出しから取り出したのは一つの文庫本。それに俺は見覚えがあった。
……ああ、なるほど。そういえば今日で一週間か。
芽衣ちゃんはその本を手に自分のデスクから離れ俺の元へ駆けてくる。
「これ、図書室に返しておいてくれ」
「へいへい……」
受け取ったその文庫本の表紙には可憐な少女が描かれていて、口語文で形成された長ったらしいタイトルが、丸いんだか尖ってるんだか形容しがたい上に、読みづらいフォントで印刷されている。
……そう、いうまでもなくライトノベルだ。裏にはそれが学園図書であることを証明するシールが貼ってある。この本はちょうど一週間前に俺が図書室から借りた本だ。……他でもない芽衣ちゃんから頼まれて。
「やー、面白かったー。助かったよ、現代文の先生がラノベを借りるのは流石に周りの目が気になっちゃってさー」
「買えばいいだけの話じゃないっすか……」
というより教師が又貸しするとか大丈夫なのかこの学校。
「買うのだって学校帰りだと恥ずかしいんだよ。心配しなくても面白かったから昨日ちゃんとアマゾンで買ったぞ。この売り上げで重版が決定して、作家がやる気出して次巻を早く出してくれないかなー、最近のラノベ作家はツイッターでゲームを買った報告か深夜アニメの実況しかしてないからきっと暇だと思うし」
さりげなくディスるのやめろ。あの人たちはあれも立派な仕事みたいなもんだから。ほらあれだよ、ちゃんと流行っているアニメをチェックして原稿にパロディとして落とし込めなきゃいけないだろ? え? そんなことない? だってこの前俺ガイルの新刊買ったら、二年間延期していたのにも関わらずまさについこの間までやってたタイムリーなアニメのネタが原稿に落とし込められてて、とても感動したんだけど。まさにラノベ作家の鑑だと思った。いやほんと。
……しかし、これ面白かったか、俺も気になっていたタイトルだから、図書室で貸出延長を頼んで読んでみるか。
「じゃ、俺はこれで」
文庫本を受け取り、今度は俺が踵を返して職員室から退室しようとする。
「おい、待て」
「へ?」
振り返り芽衣ちゃんを見ると、眉間にしわが寄っている。こういう表情をみてると年相応にみえてくるなあ。
「説教がまだ済んでない」
ああ、忘れていた。
「うちのクラスで進路希望表出してないのはお前だけなんだが。いつ出せる?」
あー……。
「えーっと……、そのうち……?」
「そのうちって言われて待ってくれる人間はいない。社会も企業も。第一、締め切りはとっくに過ぎてる」
あと、編集さんもね! いや、編集ついたことないからわからないけどさ。もしかしたら待ってくれるかもしれない。うん、鬼じゃないんだからきっと待ってくれるだろう。ガハハ。
「こんなの、宇宙飛行士ーとか適当に書いときゃいいんだよ」
「……よく職員室でそんなセリフが吐けますね」
「いいんだよ、こんなの書いた通りになるやつなんてほとんどいないんだから、とりあえず何かを目指して、とりあえずでも動いてみて、とりあえず行動することこそが重要なんだ、適当でもいいからさっさととりあえず書いて出せ」
いや、適当ではダメだろ。とりあえずいいすぎだ。心なしか周りの視線が冷たいように感じる……。いや、俺は何も言ってないですよ? 芽衣ちゃんが勝手に適当なこと言ってるだけだけですよ? 俺は真面目な生徒ですよ? ……大方は。
「とりあえず、今週中には出せ、遅れたら……」
まっすぐ俺をおっぱいお化けが睨んでくる。
「……わかってるだろうな……?」
目が怖い目が怖い目が。
「ぜ、善処します……」
「うむ、行ってよし」
芽衣ちゃんの許しを得て、今度こそ職員室を出る。そのまま階段を降り一階にある図書室に向かう。あ、職員室で部室の鍵もらうの忘れた。まあ、いいか、どうせもう霞音がもらっているだろう。そのまま吹き抜けの廊下を歩き図書室にたどり着く。
「あー、夜見河くん」
中に入るとカウンターで座っていた司書さんに名前を呼ばれる。図書室に入り浸ることが多いので流石に顔を覚えられているらしい。でも申し訳ないことに、俺は相手の名前を覚えられていない。苗字は……佐藤……いやたしか佐々木……、だったかな? ……どうも記憶が曖昧だ。
「どうも」
「あー、返却? 貸してー」
手に持ってる文庫本を見て、佐々木さん(違ってたら、ごめんなさい)が手を伸ばしてくる。
「あ、えっと、これのことなんですけど、あと一週間借りててもいいですかね……?」
「あー、うーんと、別にいいけど、どうしたの? いつも読むの早いのに珍しいね、ラノベぐらいだったらいつも一日もあれば読んじゃうのに」
「えっと、ちょっと忙しくて、まとまった時間がとれなかったというか、なんというか……」
教師に又貸ししていたなんて絶対に言えないので適当に誤魔化す。
「そっかー、いいよ。貸出延長の手続きするから、ちょっと貸して」
「ありがとうございます、申し訳ないです」
そういい佐々木さん(暫定)にその本を一旦返す。受け取ると裏に貼られているバーコードを読み取り、パソコンの画面に何かを入力して、やがて俺の手元へ本が帰ってくる。
「はい、どうぞ、比較的新しめの本だし、これ以上はちょっと延長難しいかもだから、来週には返してね」
「はい、ありがとうございます」
「いえいえー。あ、そうだ、図書室に入れて欲しい本ある? 今度新しい本を買うんだけどねー、もしなんか面白い本があれば教えてね」
「了解です。来週までに考えてきますね」
「うんー、またねー」
受け取った本をカバンにしまい図書室をあとにする。だいぶ時間がかかってしまったな。急いで部室に行かないと時間がなくなってしまう。少し小走りで階段を上がり部室へ向かう。
こう小間使いにされると階段を行ったり来たりしないといけないのが辛い。階段からそう遠くない部室の前に着き、引き戸に手をかける。力を入れると手応えもなくあっけなく横へスライドし扉が開く。
「遅かったね、どうかした?」
定位置で原稿を書いている霞音がパソコンのディスプレイから顔を上げずに聞いてくる。
「芽衣ちゃんにパシリにされてたんだよ」
「ま、そんなことだろうと思った」
それ以上言葉を交わすことなく、俺はいつもの定位置、霞音の向かいに置かれているパイプ椅子に腰掛ける。カバンから銀色のノートパソコンを取り出し、コンセントに繋いだ後、パソコンを立ち上げテキストソフトを起動させると、ハードディスクに保存されていたデータが画面に映し出される。
しばらく黙って作業していたのだが、最初の10分で2行進んでから、一向に文字数が増える気配がなく、なんとなく目に入った霞音に話しかける。
「なあ」
「……なに」
「今、何ページ?」
「……人の進捗なんか気にしてられる状況なのか?」
「いやぁ……それは、その」
「まあいいか。64ページ、全体で言えば6割ぐらい、かな」
すごいな……。余裕で間に合いそうだ。
「でもまあ、第1稿が……って話だけど。最低、書き上げから1ヶ月は寝かせて、それから第2稿に取り掛かりたいから、もうちょっと急がないと」
「お、おう……」
意識たけー……。俺はというとパソコンに表示されているページ数は15。文字数では一万三千字ぐらいだ。とてもじゃないが、全体で今何割なのかは考えたくもない。意識が高くなるどころか遠くなってきた。
「参考になった? それとも聞くんじゃなかったって思ってる?」
「あ、あはは……、ちょっとコーヒー買ってくるわー……」
図星を引き当てられ、居た堪れなくなった俺は逃げるように立ち上がり、部室の扉に手をかける。
「牛乳、あとウエハース、バニラ味ね」
背後から当然であるかのように響く霞音の平坦な声。
「……」
……何か買ってくるか? なんて聞いてないよな。
「……いっつもそれな」
「悪いの」
「いや悪くはないけどさ……」
俺を遠慮なくパシリに使う神経は悪質と言えんこともないが。
「というかそれじゃあ、俺コンビニまで行かなきゃならねえじゃねえか。飲み物だけなら校内の自販機で事足りたのに……」
「よろしくねー」
あれ、無視? 無視ですか? ねえ霞音さん?
…………。
「……へいへい」
反論を諦めて俺は部室から出る。
部室から出ると校内はすっかり静まり返っていた。
廊下を見渡しても人影はなく、窓から差し込む夕日が自分の影を長く伸ばしている。金管楽器の高らかな音や、運動部のものであろうグラウンドからの掛け声が遠くから小さく聞こえてくるが、立地の関係か部室周辺はこの時間は人通りは少ない。基本的には静かでいいんだが、少し不気味だ。
学校を出て、しばらく歩いた所にコンビニがある。緑色の看板にファニーマートと書かれたその店は大通りに面していて、信号待ちが長かったりさらに門を出てぐるっと学校の敷地を大回りしないとたどり着かないこともあり、ほとんどの生徒は買い物といえば校内の食堂を利用する。しかし霞音がご所望バニラのウエハース『ルーカー』は残念ながら食堂には売っていない。
なので俺はこのクソ寒い中、学校外の歩道を歩いている。ちょっと自販機まで行くつもりだったからコートも着忘れたし……。などと霞音のいない場所で文句を言ってもしょうがないのでひたすら歩く、いや本人の前でも怖いから言わないけどさ。
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