例えば、そんな世界の中だとしたら

唯希 響 - yuiki kyou -

【 Prologue 】


 『友達』という言葉の意味を調べると、こう記されている。


 とも-だち【友達】

 互いに心を許し合って、対等に交わっている人。一緒に遊んだりしゃべったりする親しい人。友人。朋友ほうゆう。友。 例「―になる」「遊び―」「飲み―」


 …………ハードル、高すぎだろ。


 この記しに沿って考えるのであれば、互いに心を許しあい対等に交わっていないと友達ではないということだ。そうなると互いに心を許し合わず対等ではない相手は全て知人なのである。自分が教師という職業についていたら思わずここテストに出るぞ、と言いたくなってしまうくらい衝撃的な事実であった。

   というわけで俺は友達が少ない。はがない。決して俺が悪いわけではなくこの高いハードルがいけないのだ。だから俺は悪くない。はくない。


 …………いや、もちろんわかっている、一般的には2節に記されている、一緒に遊んだりしゃべったりする親しい人。という意味でこの友達という言葉が使われてることぐらい。……しかし、それに沿ってもう一度冷静になって考えてみても、


 ……うん、俺は友達が少ない。


 そもそもまず友達というものは、申請しそして承認されるものだと思っていた。バイトの面接をしてアルバイターとしての資格を得るように、就職活動をして企業に選ばれ社員となるように。友達というものも、友達になりたい誰かに親しげに話しかけたり、優しくしたり、奉仕したりなどを行って、やがてその相手に評価され、認められ、友人関係を承認されて、そこで初めてその誰かにとっての「友達という資格」を得る。

 それがいわゆる友達を作るという行為なのであると俺は考えているのだが、俺は人生の中でそんなことを行った記憶は一度だってない。


 ……などという話を妹にしたら、馬鹿にされた「ひねくれすぎ、っていうかなんで引き合いに出される例が全部お仕事なの? 何でお兄ちゃんに友達がいないのかよくわかった……」と哀れみの目を向けられて心底腹が立った。どうやらその認識は妹の中では間違っているようだ。



 じゃあ友達ってどうやって作るんだよ。


 

 そんな人類にとっての永遠の課題について考えながら、その禍々しい「友達とは何か」が表示されているパソコンの画面から顔を上げて机の向かいを見ると、同じようにノートパソコンのディスプレイを眺めている少女が目に映る。


 俺の幼馴染である、昼陽中ひるひなか 霞音かのである。


 まず何故俺がそんな馬鹿みたいなことを、インターネットを使ってまで検索していたかというと、俺の呟いた「友達って結局何なんだ?」という呟きに対し「知らない。パソコンあるんだから調べれば」というググレカスを5枚ぐらいオブラートに包んだ霞音かのの冷たい助言をいただいたからだ。いや、包めてねぇなこれ。

 ちなみにそんな会話が繰り広げられている間、霞音はパソコンの画面に目を落とし続け一度として顔を上げることはなかった。いや少しはコミュニケーション取ろうよ。


 なんて回想していると、そんな俺の視線に気づいたのかその淡白女は顔を上げる、栗色のショートの髪が顔の輪郭に沿うように流れ、下を向いている間前髪によって隠れていた半開きの両目が俺を睨む。


 現れた少女の全貌は、不機嫌を必要以上に主張しているその表情を無視すれば、贔屓目で見ても百点満点であった。これに中身が伴えば花丸なんだけど。

 かなり線の薄い繊細な顔立ちに、見つめていると吸い込まれそうな茶色がかった瞳、小さめな口と鼻、黒い太めのフレームの眼鏡、その全てが互いに互いを引き立てるようにそこに存在していた。華奢な身体に一つだけ残念な所を強いて挙げるとするならばその胸部の主張が著しく存在しないことぐらいだ。キーボードを叩く指は自分のそれとは違うもののように白く、触れてしまえばまるで雪のように消えてしまう気さえした。


 赤や黄色に染め上げられた葉が皆一堂に樹木から決別し宙を舞い、一枚残らず地面に落ちその自然にできた色鮮やかな絨毯が知らぬうちに減っていくと同時に、冷たい風が吹き秋の終わりを告げる。

 そうして冬へと季節が移り変わっていくにつれ学校の制服もワイシャツの上にカーディガン、さらにその上にブレザーと、街路に並ぶ木々とは対照的に我々人間様は衣を増やしていった。それはその少女も例外ではなく、灰色のカーディガンの上に白のブレザー制服をまとっている。


 ここは市立虎子ヶ谷こしがや高校、文芸部部室である。


 6畳程しかないその小さな部屋は、入り口がある壁を短い辺として綺麗な長方形の形をしている。入り口から見て左側の壁に沿うように大きな本棚が二つ並んでいて、そこに並ぶ文芸部の持ち物である蔵書の中には霞音の個人の持ち物である様々なジャンルの本も紛れている。その部屋の中心には部屋の形をそのまま縮小したような形の長机が置かれていて、俺と霞音は向かい合うようにその机の上にノートパソコンを開き、テキストソフトを立ち上げている。

 当然ここにいる俺たちは文芸部に所属する正式な部員であり霞音に至っては部長である。他に数人部員がいるのだが、その全てはほとんど幽霊部員と化していて、文芸部の活動は毎日、俺と霞音の二人だけで行われている。


「……なに、暇なの」


 俺のいつまでたっても動かない視線に難色を示し、部長様が冷たく気だるそうに俺に喋りかけてくる。せめて質問文の語尾にハテナマークをつけてイントネーションを変えたり口調を柔らかくしてくれれば俺の精神も安定しそうなものなんだがな……。

「……暇ではない。ちょっと行き詰まっているだけだ」

「ちゃんと詳細にプロット書かないからそうなるんでしょ? いい加減学習したら?」

 早くも俺のささやかな希望を取り入れてくれる霞音だったが、なぜだろう。変わらず心が痛い。

 うるせえ、プロット書いただけで行き詰ることなく作品が書けるなら、この世界に締め切りに苦しめられる作家はいないだろうが。

「プロットを書かなければさらにその苦しみが増すの。趣味で書いてる分際で、小説でお金を稼いでいるプロの作家と自分を天秤にかけている時点で片腹痛いです」

「え、今声に出てた?」

「そんなラノベの主人公みたいな設定君にはないでしょ。どうせそんなこと考えているんだろうなって目をしていたし、今の反応でお察し」

「…………」

「ほら」

 呆れ顔で吐きすてる。


 俺たちが二人きりでこの部室でパソコンとにらめっこをして一体なにをしているのか、それは多分もう粗方想像はついているだろうが、あえて言うとするならば俺たちは小説を書いている。もっと詳細に説明をすると、今から約4ヶ月後に締め切りが迫っているライトノベルの新人賞に応募する作品を書いている。


 霞音が言うプロットというのは、小説を書く上での計画書のような設計図のような役割を担っているメモ書きで、人によって書き方は様々だが時系列をまとめたり物語の中で主人公やヒロインたちに何が起こるのかを箇条書きしたりするもの、……らしい。


 らしいというのも俺はそれを書くのが苦手で、幾度となく霞音に指摘されてきた。そんなこと言っても霞音は自分のプロットを絶対人に見せようとしないので、なんの手本もなくいきなりストーリーの流れをメモ書きしろと言われてもどうもうまくできない。



 そんなこんなで、殆どの学生が部活の仲間と語り合い励まし合い、多くを会話で青春を形作るこの高校二年生という時期に、俺たちは青春の青の字もなく殆ど無言でパソコンと向き合って過ごしている。


 きっと俺の青春ラブコメはまちがっていると、薄々気付きながらも、しかしそれでも俺はこの状況に文句はなかった。



 理由の一つとして、静かに穏便に過ごせること。


 一つとして、小説を書くことが思いがけず、楽しいと感じていること。


 そして、一つとして、彼女の、

 昼陽中 霞音の作品を、誰よりも早く、一番に読む事が出来るという権利に俺は、



 幸福さえ、感じていたのだ。

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