【 Page.3 】

 読み終わる頃には、窓の外では太陽の光は完全に消え失せていた。


 募集要項にそって俺たちが使っているこの42文字×34行で設定されているテキストファイルの1ページは普通のライトノベルの見開き1ページに該当する。よって約70ページの原稿は普通のラノベの140ページほどと同じ分量だ。読んでみるとやっぱりボリュームがあるように感じる。これほど書いてもまだ普通に売られてるライトノベルの文量に届かないのだ。一般的なラノベは200ページぐらいあるからな……。

 俺が読み始めてすぐに霞音は感想を聞くまで書くのは無意味だと判断したのか、パソコンをしまって文庫本を読みふけっていた。


「読んだぞ」

 と俺が画面から顔を上げた瞬間チャイムが鳴る。下校時刻を知らせるチャイムだ。

「あー、どうしよっか……」

 困ったように、霞音がきいてくる。ずっと鍵を返さないでいると芽衣ちゃんに怒られるからな。

「まあ、帰りながらでも話せるだろ」

「ま、そうね」

 そのまま俺は自分のパソコンを片付け、帰り支度をする。文芸部室を出ると、廊下はさっきとは打って変わって賑わっていた。虎子ヶ谷高校は定時制も兼ねており、彼らは夜に学校に通う、定時制の生徒達だ。その喧騒を横目で見ながら霞音と共に職員室に部室の鍵を返して帰路につく。


「んで、どうだった?」

 隣を歩く霞音に問いかけられる。

「途中までだからまだわからないけど、全然面白かったぞ。世界観が独特だから少なくともありきたりと感じる部分はなかった」

「そう……」

 俺の言葉に安心したようで、霞音はふぅと息を漏らす。

「改善点は?」

「うーん、強いて言うなら設定が細かいから、もう少しそこら辺の説明をしっかりさせた方がわかりやすいかも。現状だと舞台設定が難しくて頭に入りづらい。多く説明しないのが作品の雰囲気作りのためのわざとだとしても、読んでくれる人は、たぶんそこまで真剣に物語や表現については考えてくれないから、それにラノベだしな……。どちらにせよ、表現を変えるとかしたほうがいいかもしれない。キャラクター達の台詞とかはすごく可愛かったり、カッコよかったり、たまにクスッとくるものがあったり、魅力があるからそのまま行って欲しいかな」

「……いつも言うことだけは一人前だよね」

 バカにするように笑う霞音。うっさいな、これでも悩んだりしてるんだぞ。

「なんで君はそれを自分の作品に行かせないんだろうね」


 それな。


「それな、じゃないよ。そうやってちゃんと意見言えるなら自分でも書けるはずなんだから、ちゃんと書きなさいよ、とりあえず方向性だけでも早く決めて」

「わぁってるよ……」

 できたら苦労しないんだよな、これが。

「まあ、とにかく、ありがとう。ほんのちょっぴりだけど自信持てた。とりあえず、このまま進めてみるよ」

「ああ」


 その時、ズボンのポケットの中のスマホが揺れる。メールが届いたようで、画面をみると妹からだった。


【ごめん! 部活が長引いちゃって……。今終わったから晩御飯の買い出しに行けてないんだけど、今日も家に二人だけだし外食か出前でもいい?】


「どうしたの?」

「いや、妹から、晩飯外食でいいかだって」

「へー。……あ、じゃあ三人で一緒に食べようよ。私も1人だからどっかで食べようと思ってたし」

 断る理由は特にないし、霞音の提案に乗ることにする。

「そうだな、心羽こはねも喜ぶだろ」


【霞音もぼっちめしらしいから一緒に食べないかだってさ】


「ちょっと! ぼっちめしとか言わないでよ! 心羽ちゃんに可哀想がられるでしょ!」

 俺の返信を覗き見してきた霞音に異を唱えられたが、何もおかしなことは書いていない。事実を述べているだけだ、妹の返信は即座に届いて俺たち3人はめでたく夕食を共にすることになった。



× × ×


 

 待ち合わせたのは自宅からほど近い場所にあるファミレス。先に席についていた俺と霞音の前に現れたのは、2年前まで霞音が着ていたものでもある白と赤が基調のセーラー制服を身にまとう我が自慢の妹、夜見河よみかわ 心羽こはねである。艶のある黒い髪を頭の後ろで結ってポニーテールにしている。中学2年生にしてはずいぶん低めな身長なのだが、いつもはつらつとした活気に満ちていてどこにいても目立つ、よく全然似ていないと指摘されるが俺もそう思う。部活帰りなので、その背中には自らの体長とあまり大差ないエレキギターが入ったケースが付属されている。

 心羽は学校では軽音楽部に所属している。小柄で小動物のような心羽だが、その実ロック少女であるのだ。しかも担当パートはギターボーカル。心羽はギターボーカルじゃなくてボーカルギターなんだよ! と言い張るが、一体ギターボーカルとボーカルギターってどう違うんだよ……。 

「霞音さん! お久しぶりですー!」

「心羽ちゃん、久しぶり」

 中学生になってからいきなり俺と同じように幼なじみであるはずの霞音に使い始めた敬語で語りかける心羽。俺も霞音も最初は疑問に思っていたのだが、心羽曰く、親しき仲にも礼儀ありである、らしい。

「あー……、お兄ちゃん、これから一週間ぐらい今日みたいに帰り遅くなるかも」

 席について、申しわけなさそうに心羽が言う。

「いや、全然大丈夫だぞ、しばらくは俺が飯つくるよ。なんかあるのか?」

「うん、校内でクリスマスライブがあってね、その準備があるから」

「もうそんな時期なんだね。って言ってもクリスマス自体は2週間後か」

「クリスマスはもう冬休みですしね。だから一週間前に学校でやるんです。郊外の人も呼べるので霞音さんもよければお兄ちゃんと一緒に来てください。引退前最後のライブなんで、がんばりますよー!!」

「ああ、もうすぐ受験か」

 そういえば記憶から消失していた。

「そうだよ! もう、しっかりしてよお兄ちゃん。まっ、虎子ヶ谷こしがやだったら、内申的に余裕だけどねー」

 さすが軽音楽部部長兼生徒会副会長。中学時代、勉強はできたが先生からの評価が絶望的だった俺は内申点がボロボロで筆記試験で頑張るしかなかったというのに。DNA、仕事しろよ。

「心羽ちゃん、虎子ヶ谷受けるの?」

「はい! やっぱり近いですし、お兄ちゃんがちゃんと学校生活をおくれているか心配ですしね」

「その心配なら無用。心羽ちゃんの想像通りおくれてないから」

 おい、お前には言われたくないぞ霞音。スクールカーストでいったら俺もお前もミジンコ並みじゃねえか。

「っていうか、お前が入学してきても一年で俺いなくなるんだけど……」

「はあ……。お願いだからちゃんといなくなってよ? 私と一緒に机並べたりしないでよ?」

「その心配は俺より霞音に向けてやってくれ」

「……なんだって?」

 おそらく睨んでいるであろう、霞音から視線を逸らす。自慢じゃないが、俺の成績は悪くない。理科系教科だけはアレだが、それ以外は基本的に好成績なんだよ。なめんな。

「俺はそれよりも、霞音が一緒に卒業してくれるのかどうかが心配だ。この前も単位落としてたし」

「それは君が助けてくれなかったせいでしょう」

「いやなにその超理論。授業中寝ててテスト前に泣きつかれても俺が取ってない授業の内容なんか教えれるわけないだろ」

 本当。小説書くしか脳がないやつ。

「泣きついてない、なに言ってんの、ころすよ」

 いや、そこじゃなくてだな。っていうか本当に殺しそうな目をすんな。

「それは言葉のあやってやつだろ」

「と、とにかく! ライブは12月20日の放課後なんで、もし他に予定なければ是非来てくださいね!」

「うん、部活休みにして見に行くよ」

「部長様の仰せのままに……」

 文芸部は、ほぼ霞音の独壇場だ。霞音の気まぐれで休みになることなどごまんとある。いやそれでいいのか部活動。

 しばらくすると、おそらくレンジでチンするぐらいしか作業工程がないであろう、俺たちが頼んだ料理が運ばれてくる。オムライス、ミートソースのスパゲッティ、ハンバーグがそれぞれ霞音、心羽、俺の前に並ぶ。その後も、他愛もない会話を続けながら、三人の時間を楽しんでいると店内BGMで聞き覚えのある曲が流れる。わかりやすく心羽がうずうずし始める。


「あ、この曲知ってる。確かこの前やってた深夜アニメのオープニングだよね」



 お、おい、やめろ霞音。



「……そ」



「そ……?」







「そ う な ん で す よ ! ! ! !」

 目を輝かせた心羽が身を乗り出す。

「あのアニメよかったですよねー! 実はこのオープニング曲は原作ファンであるLiver Tunesのボーカルギターの江藤さんがオファーを受けて短い期間ながらもわざわざアニメのために書き下ろしたんです! 忙しいはずなのに原作を全部読み返したり、監督や原作者と意見を交換したりそりゃもう数え切れないほどの試行錯誤を繰り返した末に完成した曲なんですよ! だからしっかり作品の世界観にマッチしていて、これがもうたまらないほど切ない歌詞なんですよ! アニメでは使われてないんですけど2番の歌詞もこれまた凄くよくて特に2番のBメロの……」


「……おいスパゲッティ伸びるぞ」

「やばっ」

「ははは……」


 このまま喋らせてたらいつ終わるか解ったもんじゃない。心羽はご覧の通り筋金入りの音楽オタクであり語り始めると止まらない。霞音の愛想笑いなんかめったに見られるものじゃないぞ。その後それぞれが料理を無事完食、会計を済まし3人で帰路につく。

「うう……夜はやっぱ冷えるなあ……」

「ライブ前なんだから、風邪引くんじゃないぞ」

「解ってるよー、ギター背負ってると前が異様に寒いんだよねー、まあ風邪だろうが熱だろうがわたしは歌うけどね!」

「歌わせるか、馬鹿」

「だってロックの精神は〜!!」

「ロックの精神が病みながら歌う時代ははるか昔だ。ちゃんと健康な体を維持しろよ」

「むーー!!」

「心羽ちゃん、ちゃんと優し〜い、お兄ちゃんの言うこと聞かなきゃダメだよ〜」

「お前は喧嘩売ってるだろ……」

 そんなことを話しているうちにで自宅であるアパートにたどり着く。俺の住んでる部屋は二階の201号室。階段を心羽の後に続いて上がろうとすると、心羽が不機嫌な顔で振り向く。

「お兄ちゃん! ちゃんと霞音さん送ってきてあげなよ」

「ええ? 大丈夫だよ別に、すぐそこだし」

「ダメですよ! こんなに真っ暗なんですから! ほらっ! お兄ちゃん!」

 まっすぐ俺を睨んでくる。

「……わーったよ」

「じゃ、わたしはお風呂沸かしておくねー!」

 そういうとそそくさと階段を上っていく心羽。

「……じゃあ、いくか」

「……そうだね」

 霞音の家は俺のアパートの裏にある大きな公園を挟んで逆側に位置している。距離は近いがいくためにはその外周を回らなければいけない。

「もう少しで今年も終わるんだな」

「そうだねー、早く冬休みになら……あ」


 ふと、何かを思い出したかのように霞音が立ち止まる。

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