【 Page.4 】

「冬休み、合宿するから」


「…………は?」

「あたしと君と姉さんと、あとできたら心羽ちゃんも誘っといて」

「おいおい、ちょっと待て、さすがにいきなりすぎるだろう、初めて聞いたぞ」

「だって、今初めて言ったもん」

 いや、相談しろよ。

「それに合宿ってなにするんだよ」

「カンヅメ」

 顔色一つ変えずに、言い切った。

「は……?」

「だから、カンヅメ合宿」

「えーと……」

「カンヅメするための合宿。姉さんと心羽ちゃんは適当に観光しながら原稿を読んでもらう」

「宿とかどうすんだよ」

「決めてあるから大丈夫」

「……いや、そういう問題じゃなくてだな」

 俺が異論を唱えようとしたが、霞音は聞く耳を持たず、家の前に着いてしまう。

「じゃ、そういうことだから、年始、予定開けといてね」

 俺の言葉を無視して霞音が家の中へ消えて行こうとしたその時、一つの人影が、俺たちの元へ近づいてくる。

「おお、今帰りか」

 それは仕事を終えた、芽衣ちゃんだった。

「あ、姉さん、おかえり」

「ただいま、誰かと思ったら尋翼だったか。霞音を送ってくれたのか、すまんな」

「いや、別にすぐ近くだし……ってそれよりも合宿ってどういうことだよ!」

「え? 霞音から聞いてなかったか?」

「今、まさに聞いた。旅費とか、どうすんだよ!」

「…………普段全く金使わないで貯まりに貯まった部費があるからな」

「いやいや、部費って実績とかなかったら普通減らされたりするんだろ? なのになんで何の実績も上げてない部員実質二人の文芸部がそんな合宿が行えるレベルの部費を持ち合わせてるんだ」

「…………それに関しては私より霞音に聞くといい」

 俺から目をそらすように芽衣ちゃんが霞音の方を向くと、霞音がばつが悪そうにそっぽを向く。

「……おい」

「いや〜、不思議なことはあるもので〜……」

「ごまかすな」






「……うちの部活、現役ラノベ作家が在籍してることになってるんですよね……」






 はい?




「……え?」

「いやだから、それが、……実績? 活動の中で執筆した原稿が……新人賞で大賞に、なりましたっていう……?」

「虚偽報告じゃねえか!」

「ロケハンのために取材費がーとか主張してたらお金はたんまり手に入ったけど、結局使い所あまりなくて溜まっちゃって」

「ってか教師! 止めろよ!」

 教師であるはずの芽衣ちゃんの対応を責める。

「職員室で、うちの部員は本当に優秀なんですよーって、この前話してたよね」

「え? そ、そう、だったかなあ……」

 共犯かよ、こいつら。


「……はあ、まさかお前がラノベ作家になりすましてるとはな……」


「えーっと……あたし、じゃ……、ないのだけどね……」


「いやいや、他の部員は幽霊部員なんだからさすがに誤魔化しきれないだろー」

「いや……ね? だから……」


 嫌な予感がした。




「…………君が、その、現役ラノベ作家……っていう感じ……?」




 はい……?

「おい、ちょっと……」



 長い沈黙。



「ちょっとまてえええええええええええ!!!!」



「いやぁ、あたしとしてもね、今となってはちょっとマズイことしたかなー、と思うわけなのですよ」

「……最近、そのことを学校側に嘘なんじゃないかと疑われているみたいなんだよなあ」

 霞音が反省の色を見せ(当社比)、芽衣ちゃんが、しゃあしゃあと宣う。

「それ、まずいじゃねぇか!!」

「そうなの、だからこそ次回の新人賞はどうにかして、……どうにかしなければならない」

 俺はまだ、2人が何を言っているのか、あまり理解できずにいた。……俺のしらない内に、俺がラノベ作家になっていた……? 

 いや、そうじゃなくて、知らぬ間に、ホラ吹きにさせられていた。ってかどうにかするって、どうにもなるわけがないだろ……。

「だから、合宿。君を山奥に閉じ込め……じゃなかった。空気のいいところでのびのびしてもらっていい原稿を書いてもらわなければならない」

 今こいつ閉じ込めるって言おうとしなかった?

「めちゃくちゃいい部屋だから! だから! 頑張って!」

「いやいや、それはつまり、俺に賞を取るほどの原稿を書けっていってるん、だよ、な……?」

「そういうこと」

 霞音が大真面目に俺を真っ直ぐ見据え言う。本気で言ってるのかこいつ。

「俺、今回初めて新人賞に応募するのですが……」

「うん知ってる」

「本気でいってる……?」

「うん、じゃないと、」


 


「…………あたしたちの学園生活が、……ヤバイ」



「だっ……大丈夫だ! 現代国語教師である私が直々原稿を見てやるから!」

「あたしも精一杯サポートするから!!」

 俺はもう、何も言えなかった……。




× × ×




「あれ、お兄ちゃん、遅かったね」

 おそらく死んだ魚のような目をしているであろう俺が帰宅すると、部屋着に着替えていた心羽がリビングで俺を迎えてくれる。

「うわっ、ひっどい顔……」

 ほっとけ。

「何……? 霞音さんにフられでもしたの……? さすがに幼馴染だって言ったって、タイミングっていうものが……」

「ちげぇよ!」

 何をどうすればそんな思考に至るんだ。いや、霞音に傷付けられたっていう点では近いのかもしれないが。

「っていうか、そんなんじゃないってずっと言ってるだろ」

「えー……」

 何故か不服そうに目を細める心羽。

「あいつのいいとこなんか、見た目以外では何もないからな」

 人を知らぬ間に勝手に死期に追い込むなんぞ、常人の所業ではない。

「へぇ〜? そんないいとこない女の子を、お兄ちゃんは昔あんな必死に……」

「やめろやめろ」

 そん時は、まだ可愛かったからな、中も外も。今よりずっと小さかったし、俺以外誰もあいつに近づこうとしなかったから。しょうがなく。

「それに、12月20日」

「お前のライブがどうした?」

「お兄ちゃんのバカ、もっと大事なことがあるでしょ」

 なぜいきなり俺は罵倒されているんだろう……。

「誕生日」


 ……ああ。


「思い出した?」

「……思い出したけど、それがどうしたんだよ」

「ちゃんと霞音さん祝ってあげなさい。いい雰囲気になったらちゃんとライブほったらかして二人でどっか遊びに行ってね♪」

「バカいうな」

「むうー」

「はいはい、風呂沸いてるか」

「もうすぐ沸くけどわたしが先だからね、お兄ちゃんの入った後の風呂なんか絶対入れるわけないでしょ」

「……へいへい」

 こいつもしかして俺が先に入った日、風呂の湯、溜め直したりしてないだろうな……?

 うわっ……俺の妹、非経済的すぎ……? 家計と一緒にお兄ちゃんも傷ついちゃう……。


「あ、そうだ、年始、文芸部で合宿行くらしくて、霞音が心羽もこないか、だってさ」

「え? わたしも行っていいの?」

 途端、心羽が目を輝かせる。

「いいらしい、芽衣ちゃんと霞音が行くって。どこ行くかは知らんが」

「あー……でも、そんなお金ないよ……?」

「それは大丈夫だ。俺の命と引き換えに用意されているからな……」

「?」


 お前は知らなくていい……。お前の兄がそのために、地獄を見ることになったことは……。心羽が首を傾げていると風呂の沸いたことを知らせるアラームがなる。


「あ、沸いた……。まあいいや、後で詳しく聞かせて。お先にー!!」

「おう」

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