【 Page.15 】


 ぼくは、まだ幼くて、何も出来ない。


 そんなことをつぶやくたび、そんなことはないのよ。とあの人がいってくれる。


 学校が終わると、いつも1人で、その病室へ行った。


 ここに来れないあの子の代わりに、自分が行かなければいけないと思ったから。

 



「ひろくん、いつも、ありがとね」

「……ううん」




 詩音おばさんは、入院する前は中学校の先生をしていた。だから病室ではよく勉強を教えてもらったり、宿題を手伝ったりしてもらっていた。

 病院はとにかく暇で、働いていた頃を忘れないでいれるのはとてもいいことだから、と。


「ま、オサボリさんも来てくれたら、もっと嬉しいんだけどね」

「ごめんなさい……」


 毎日、病院へ行く前に、霞音の家へ行って霞音に声を声をかけていた。


 しかし、いつも、霞音は部屋から出てくる気配さえなかった。


「もう、ひろくんはわるくないのよ。あの子がぐーたらなのがいけないんだから。もうちょっと勉強できるようにならないと、お母さん、ちょっと心配だなあ」

 昔から、勉強は嫌いだった霞音は、いつもおばさんを困らせていた。


「だから、いつかあの子が困ってたら、助けてあげてね」


「……うん」

「あーあ、本当は中学校に上がった君たちに、勉強教えたかったなぁ」

「…………」


「だからね、こうやって病室でも授業できて嬉しい。……きっとあの子も、そのうち来てくれるようになるよ」





 そういって、笑っていた。



 いつだって、優しかった。


 自分の命が、もうすぐ途切れるとしても、それでも笑っていた。

 







 ——ある日、学校で出たある課題に悩んでいたぼくは、おばさんに相談をした。

「……途中まで、できてるんだけど……」

「へぇ、今の小学校って、そんなことするんだねー」

 そういって、ぼくが、差し出したそれに目を通す。


「…………」


 みるみる真顔になっていくおばさんを見て、不安になる。


「な、なんか……変だった……?」

「え? あ、ああ、違うのよ、……違うの」

「?」

 なんだか変な反応をすると思った。

「これ……」

「なに?」


「……これ、本当に、ひろくん1人で【書いた】の?」


「うん……。でもこれでいいのか、わからなくて……」

「いいも何も……これ、すごいよ!!」

「……え?」

「これ、そのまま売っててもおかしくないよ! まあ、【絵】はちょっぴり下手だけどね」

「う……」

「でも、多分みんなこんなもんだよ。それより、【お話】はすごい!」








 学校で出た課題は、


 『自分で話を考えて絵本を作る』というものだった。








 厚紙に絵とお話を書いて、そして出来た本は製本して作品にするらしい。

 自分で話などは作ったことがないが、担任の先生が言うには、好きなように描けばいいとのことだったので、今一番考えていることをそのまま物語にしようと、そう思った。


 出てくるのは、猫の親子。その2人は世界中を冒険していたが、ある日、母猫は突然1人で旅立たなければいけないと娘猫に告げる。そういう話だった。



「……そうか、そう……」

「おばさん? どうしたの?」

「なんでもないのよ、ああ、ここね。おばさんだったら……」

 いつものように、おばさんはたくさんのことを教えてくれるけど、なにか様子がおかしかった。

 やがて、おばさんの協力もあり絵本は完成する。

「ひろくん……」

「……なに?」


「…………これ、私と、霞音のこと?」


「うーん、どうなのかな……。よくわかんないんだけど、でも、かのちゃんが部屋から出て来たらいいなって思って書いたんだ」

「そう……」

 そういうと、おばさんに力いっぱい抱きしめられる。

「これ、学校で提出しおわったら、霞音に渡してあげて」

「……部屋から出て来てくれるかな」

「きっと大丈夫だよ。あとね、」

 そう言って、おばさんは小さな便箋を渡して来た。

「これも、一緒に渡してあげて?」

 それは、その絵本に出てくるものと瓜二つなデザインのものだった。

「……うん」

「……ひろくん」

「なに?」

「……ううん、ありがとね」

「……?」








 そういって、もう一度、もっと強い力で、抱きしめられる。

 なんだか、気恥ずかしくて、そして、嬉しかった。

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