【 Page.11 】

 霞音と共に家から歩いて五分ほどの距離にある小さなケーキ屋にたどり着く。

「何がいいんだ?」

 ガラスケースの中に並べられた色とりどりのケーキを眺めている霞音に聞く。

「なんでもいいよ」

「それが一番困るんだよなぁ」

「どっちにしろあんまり選択肢ないじゃない。君、果物嫌いなんだから」

「……うっ」

 霞音の指摘する通り俺は果物全般が苦手だ。具体的にどれが苦手だというものはなく。全般が食えない。すごく不思議がられるのだが自分でも原因はわからない。そのため自分はフルーツが添えられていることが基本とされるケーキはあまり食べない。甘いものが苦手なわけではなく、むしろ好きなのでチーズケーキとかモンブランとかは大好きなんだが。

「でもさ、もう切ってあるやつを人数分買ってけばみんな好きなの食え——」


「——だめ!」


「い、いきなりなんだ、店内で大声出すなよ」

「……ご、ごめ。でもそれはだめ」

「なんでだよ」

「なんか……その……誕生日っぽくない……」

 霞音の、そのやけに子供っぽい理屈に思わず吹き出してしまう。あの頃とは随分変わってしまった霞音だが、それでもたまにこんな風に昔の面影を垣間見ることがある。

「なに、わるいの」

「いやいや、悪くねえよ。でどうするんだよ結局」

「君が決めてよ」

「またかよ」

 すると次は、霞音が突然小さく吹き出す。

「?」

「なんか、いつも私、君にいろんなこと決めてもらってるね」

「そうか?」

「ま、ぶっちゃけ自分で考えるのがめんどくさいだけだけど」

「てめぇ……」

「ごめんって、でもケーキは本当に選んでよ」

「わかったよしゃーねぇな、でもまた3つぐらいに絞ってくれ」

「えー……」

 霞音はしばらく長考し、シンプルなチョコケーキとチーズタルトケーキ、かまくらような見た目のホワイトチョコを基調としたケーキを提案してきた。

「んー、その三つなら、最後のがうまそう」

「ならそれにしよ」

「わかった。買ってくるから待ってろ」



「おかえりー、ケーキ買えた?」

 帰宅した俺たちを準備を終えたらしい心羽が迎えてくれた。

「おう、問題ない」

「とりあえず冷蔵庫に入れといて」

「了解」

 リビングにはこれでもかというほど豪華な料理が並ぶ。4人で食い切れるのかこれ。

 しばらく三人で談笑していると玄関のチャイムが鳴る。

「はーい」

 玄関まで出て行った心羽が芽衣ちゃんを連れて戻ってくる。

「姉さんおつかれ」

「おう、待たせてすまんな。あと心羽と尋翼も霞音のためにわざわざすまんな」

「いえいえー!」




 霞音の誕生会は慎ましく始まった。


 騒ぐわけでもない。でもいつもよりほんの少しだけ賑やかなリビング。


 きっとそんなわけはないのだが、心なしかいつもよりも照明が明るい気がする。


「じゃじゃーん! 私からの誕生日プレゼントはこれです!」

 呼ばれて飛び出たわけでもない心羽が取り出したのは、体長50センチほどのベレー帽を被った猫のぬいぐるみだった。

「こ、これって……!」

「そうです! アイスちゃんです!」

 俺もその名前には聞き覚えがあった。確か海に面した某夢の国のパーク内で売っているという絵描きの猫のぬいぐるみだ。そういえば少し前、友達と一緒に行ってたなこいつ。羨ましい。

「霞音さん、猫好きだから気にいると思って、売り場で目があった子を連れてきました!」

 ……え? もしかして、霞音が猫好きだってこと俺だけ知らなかったの……?

「すっごーい! めっちゃふかふかしてるー! ありがとう心羽ちゃん! 嬉しい!」 

 ぬいぐるみを抱きしめながら感謝の言葉を伝える霞音。確かそれ小さい割にいい値段するんだよな……。しかもなにそれ、めっちゃ肌触りよさそうなんだけど。確かに金かかってそうな感じはするな。

「なに尋翼、……あげないよ?」

「そんな卑しい目はしてねえ! 失敬な!」

 ただちょっと触ってみたいなーっていうだけで……。

「なんか、目が不審なんだけど……」

「ち、ちがっ!」

「お兄ちゃんには小さいやつあげたでしょー」

 ああ、今の霞音の持ってるやつの10分の1ぐらいのをな。

「しょうがないなー。特別に頭を撫でさせてあげましょう」

「マジか!」

 俺の心を読んだのか霞音がめずらしく優しい提案をしてくるので、思わず身を乗り出して反応してしまった。

「え……、お兄ちゃん、ちょっとキモいんだけど……」

「普通、高校生男子が猫のぬいぐるみで興奮するか……?」


「…………え、あー、えっと、べ、べっつにー? 触りたくなんかないしー?」


 あぶねぇ、心羽と芽衣ちゃんにゴミを見るような目で見られるところだった。抑えろ俺。

「へー……? 本当に、いいの?」

「ぐっ……」

「今日が終わったら私が家に持って帰って2度と会えないかもよー?」


「…………ぜひ、撫でさせてください」


 心羽と芽衣ちゃんにドン引きされたけど、まあ、霞音が楽しそうだったし、構わん。いや、別にゴミを見る目で見られる趣味とかはなくて、勘違いしないで。いやほんと。

 ぬいぐるみはまるで高級なタオルのようにふかふかだった。


 …………今度、自分で買おう。


「家で渡そうと思ってたけど、ちょうどいいからな」

 そういって芽衣ちゃんが取り出したのはさすが社会人。高価そうな茶色のコートだった。……勝てねえ。

「……あ、ありがとう姉さん」

「わぁ、素敵ですね!」

「そんな大したもんではないぞ? これからもっと寒くなるからな、高級さより暖かいのを選んだんだ」

 それにしたって俺にはどう逆立ちしても買えそうにもない値段なんだろうな……。

「……これは、触らなくていい?」


 お前は俺をなんだと思ってるんだ。



 そんな誕生会は2時間ほど経ってお開きにすることになったのだが、心羽が風呂に入っている時に家に帰ったはずの霞音が再び訪ねてきた。

「どうしたんだ?」

「ごめん、携帯忘れちゃって」

「なるほど」

 程なくして携帯を見つけた霞音は家に帰ろうとするが、それを引き止める。

「送ってくよ」

「え、いいよ別に」

「ほら、心羽に後で怒られそうだしさ」

 本当は頼まれた後片付けを合理的にサボりたいだけなんだけどな。帰りに心羽にアイスでも買ってくれば誤魔化せるだろう。

「まあ……そういうなら、いいけど」

「よし、じゃあいくか」


 外に出るとやはりめちゃくちゃ寒かった。近くとはいえもっと着込めばよかったな。

「……今日は、ありがとね」

 横を歩いていた霞音がいきなりそんなことを言い出す。

「……お前、やっぱ熱でもあるのか?」

「ないから!!」

「そうか?」


「……あんな風に賑やかな誕生日を過ごしたのは、久しぶりだったから……嬉しくて」

「…………そうだな」


 おそらく、母親が亡くなってから、あんな風に多人数で誕生日を祝ったことがなかったんだろう。俺もおめでとうの言葉ぐらいはかけていたが、こんな風に夜までみんなで過ごしたりはしていなかった。

「だから、ありがと」

「……ま、やろうって言い出したのは心羽だから、心羽にお礼言っとけよ」

「…………」

 突然、黙る霞音。

「どうした?」



「それ、嘘なんでしょ?」



「……は?」

「帰る時に心羽ちゃんが教えてくれたの。家に呼ぼうって言い出したのは、君だって」

「あ、え……」

「そして、自分は提案してないっていう程にしてくれって頼んだことも」

 心羽……あいつ……。

「だから、君にお礼言わなきゃなって」


「…………あーー! もう! なんなんだよ!」


「顔、真っ赤だよ。うける」

「俺は全く面白くないんだが……」


 本当は、もっと早く、こんな風にみんなで祝いたかったんだ。

 去年でもさらにそのまた前でも。もっと前に。


「……お母さんのこと、気を使ってた?」

「……そ、そんなことない」

「嘘つくの下手くそだよね、君」

「…………」

 これ以上喋っても、墓穴を掘るだけだと、俺は諦めた。


「……もう、五年も経ったんだね」

「………………そうだな」


 年を重ねるのを一番近くで見ているはずだった人。その人がもう霞音にはいない。

 だから、ただの幼馴染の俺がこんな風に家にわざわざ呼び出して、誕生日を祝っていいのか。それがわからなかったから、なかなか踏み出せなかった。

 職員室で芽衣ちゃんに誕プレのアドバイスをもらったあの後、俺のケータイには芽衣ちゃんのメッセージが届いていた。

 そこには【プレゼントを渡すだけじゃなくて、一緒に祝った方が、きっとあの子は喜ぶぞ】と書かれていた。


 その言葉で、五年経った今、やっと踏み出せた。


「……ずっと姉さんと2人だったから、ホールケーキなんて全然食べたことなかったの」

 ホールケーキにこだわってたのは、そういうことだったのか。

「今日は、本当に楽しかったよ、昔に戻ったみたいだった」

「確かにな、……あ、そういえばお前、猫好きだったんだ。全然知らなかった」


「……え?」


 ……え? なんですかその反応?

「そりゃだって、君」

「なんだよ」


「……………………か、かわいいじゃん」


 その言葉は、恥ずかしいというより、何かを誤魔化しているような言葉の絞り出し方だった。

「犬だってかわいいだろ」

 ちなみに俺は犬派である。

「そうだけど! もういいよ!」

 感謝したり怒ったり、忙しいやつだな。

 そんなこんなですぐに霞音の家に着いて、そこで別れる。

「じゃあ、原稿、今年中にちゃんと終わらせてね!」

「……あ」

「……君、原稿のこと、忘れてたでしょ」

 ……失念していたわけではない。いや、ほんと。

「覚えてた覚えてた!!」

「まあ、いっか。今日は許してあげる。明日から馬車馬の如く書いてよね!」

 いつもより優しい霞音(当社比)を見送って、家に帰る。




 何故か少しだけ熱い頰を冷たい風がなぞっていった。

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