【 Page.10 】

「懐かしー」

 霞音が自らの母校を懐かしみながら、学校に着いたのは、ライブが始まる前ギリギリ。会場である体育館に入ると、薄暗く大掛かりなステージが展開されていた。

 ステージの横にはバンドの出演時間が書かれたタイムテーブルが大きく張り出されている。

「ねえ、心羽ちゃんのバンドってどれ?」

 ステージの上では絶えず音出しが行われているので、耳元で大きな声で聞かれる。

「出番は最後だって言ってたぞ」

「じーど……? なんて読むのあれ?」

「ん? なんだあれ、造語か?」

 タイムテーブルの一番最後にはアルファベットで『THEiD』と書かれている。



「ジ・ア・イ・ド、ですよ!!」



 突然背後から大声が飛んでくる。振り向くとセーラー服姿の心羽がいた。

「ようこそお越しくださいました! 我が軽音楽部は2人を歓迎…………んん? 霞音さん、眼鏡変えました?」

「あ、……こ、これは今日、尋翼に……」

「ふーん、へー、ほー、へほー、ほっほーぅ」

「んだよ! そのあからさまなムカつく反応は!」

「なんでもないですようー? お兄ちゃんにしては頑張ったんじゃなーぃ?」

 こいつ、しゃあしゃあと言いやがって。昨日、白状するつもりもなかったのに何を買うのか吐かせたから知っているだろうが。

「あ、ちなみにジアイドとは、ザ・ID。つまり自己証明っていう意味が含まれています。かっこいいでしょう!」

 心羽は無い胸を張りながら高らかに解説する。……ひと昔前にやってたアニメに出てくるバンド名にこの上なく似ている気がするが、まあ、怒られそうだし黙っておこう。

「お兄ちゃん……今、失礼なこと考えなかった……?」

「……いやいや、そんなことは無いぞ」

 こっわ。心読むなよ。

「準備はいいのか?」

「うん、もうほとんど終わってるよ。あとは、本番で、良い演奏を、……するだけ」

 なんだそのドヤ顔。

「……そのコメントは、なんのバンドのパクリなんだ?」

「パ、パクリじゃないし!!」

「あはは。頑張ってね。心羽ちゃん」

「うー……。はい! がんばりますよー!」


「ぶちょー!! ちょっと良いですかー?」

 そんな話をしているとおそらく同じ軽音部らしき女子学生が心羽を呼びに来た。

「どうしたんだい、すずっち」

「あの、弦が切れちゃって……、替え、ないですか?」

「もう! 本番前なのにー、まあ、いいや、何弦? 多分私、予備、持ってたから楽屋の私のケースの……、ああいいや、私もいく」

 そういって、すずっちと呼ばれた女生徒とともに走り出す心羽。

「あ、私のバンド以外にも良いバンドはたくさんあるので是非好きなように楽しんでいってくださいね!!」

 去り際に俺たち2人にそう言い残し、去っていく。

「心羽ちゃん立派に部長やってるね」

「……そうだな」

「同じ血が通っているはずの誰かさんとは大違い」

「言っとけ」


 1バンド、10分から15分ぐらいの出番らしく、多種多様なバンドがそれぞれステージを彩る。中学生ということもあり、コピーが多いが、部長の方針なのだろうか、オリジナルをやっているバンドもちょくちょくある。


 バンドの音に会話がかき消されてしまうため、二人とも無言でステージを見守る。

 そうしてやってきたラスト。夜見河心羽率いるジアイドの出番。


 ギターボーカルにいつものようにポニーテールが揺れる心羽。リードギターにさっき心羽と消えて行ったレスポールギターを抱えた女の子。赤いジャズベースを携えたショートカットの女の子。身長が低めなおそらく男……がドラム。中性的な見た目すぎて自信が無いぞあれ。その4人がジアイドのメンバーだった。



「みんな、今日は来てくれてありがとう!!」



 センターマイクを使って、会場に声を響かせる。



「今日のライブで三年生は引退です。つまり今日はTHEiDの解散ライブです」



 会場からはたくさんの別れを惜しむ声が響く。俺の目にもそれが今日一番の盛り上がりだとわかる。

「心羽ちゃん、大人気だね」

「そうだな」

「お兄ちゃんとしては面白くないね〜、嫉妬しちゃうー?」

「……んなこともねえよ。あいつは凄いから、ちょーすげー」

「うへぇ……、さっすが神がかりのシスコン」

「シスコンじゃねえから!」

 世界中どこを探しても妹を大切にしない兄などいない(ラノベ調べ)妹と書いてレジェンドと読むと言われているくらいだ(ラノベ調べ)だから妹を愛でることにシスコンもなにもない。むしろシスコンこそが普遍的な兄の個性なのではないだろうか。K・M・T(心羽・マジ・天使)。


 しかし俺の反論がまるで耳に入っていないように、霞音は俺への軽蔑の目を向けながら後退りする。


「おい、引くなっ!」




「私たちが今日鳴らした音楽は、空気を揺らして、響いて、でも音でしかなくて、消えていっちゃうけど。でも、それでもみんなの心まで響いて、そして届いた音は、消えないで残ってくれると信じています。……今日は、そういう、ライブを、したいです」




「…………あれはなんのバンドのMCのパクリだ。ドヤ顔で言っても説得力ねえっつの」


「そういうことばっか言ってると、心羽ちゃんにあとで怒られるよ……」



「では聞いてください。一曲目、『言の葉ノイズ』」





× × ×





「心羽ちゃんは置いてきてよかったの?」

「ああ、なんか時間かかるから先帰ってて、だと」

「そうなんだ」

「……あ、芽衣ちゃんって今日いつ帰ってくるか分かる?」

「姉さん? えっと、特に何も言ってなかったからいつも通りじゃないかな」

「…………その、心羽がさ、4人で俺んちで誕生日祝わないか、だってさ」


「え? ……私の?」


 いや、それ以外に今日誕生日の奴いねえだろ。

「当たり前だろ、他に誰がいるんだよ。ま、誕生会なんて、したことないからどんなもんになるかはわからんが」

「わ、わたしだって……」

「お前友達、いないからな」

「む、お互い様ですけど」

 霞音が癪に障ったとでも言うようにあからさまに不機嫌な顔になる。しかし、

「…………」


 確かに。


「黙んないでよ! 虚しすぎるでしょうが!」

「悪い、ぐうの音もでなかった」

「はあ、こいつは。……心羽ちゃんは友達いっぱいいそうだよね」

「だなあ」

「同じ血が通っているはずの誰かさんとは大違い」

 おい、そのセリフさっきも聞いたぞ。

「とにかく、芽衣ちゃんに連絡しといて」

「わかったわかった」

 そのまま、心なしか少しだけ上機嫌の霞音と家の前で一旦別れる。



「さて」

 帰宅した俺はそのまままっすぐキッチンに向かう。冷蔵庫の中には心羽が準備したいつもより随分豪勢な晩食が用意されていた。もし断られてたらどうするつもりだったんだこれ……。

 まあ、当日まで内緒と釘を刺したのは心羽だから俺は悪くない。まあ、霞音はいつでも暇だからそんな心配は杞憂かもしれないが。

 準備を進めているとスマホが鳴る。

 【姉さん20時頃になるって】

 霞音からのトークにはそう書かれていた。

 【了解】

  そう返信をし、俺は1人で準備を進める。



「ただいまー!」

「おじゃまします」

 ちょうど準備が一段落したあたりで、心羽と霞音の声が同時に玄関から響く。どうやら玄関前で鉢合わせでもしたのか同時に到着したらしい。そのまま2人とも慌ただしくリビングへと入ってくる。

「わぁ……」

 霞音がリビングに用意された料理を見て静かに感嘆声を漏らす。

「これ、尋翼が?」

「あっはは! まっさかー! そんなわけ無いじゃないですかーわたしですよわたし!」

「ああ、俺は一切何もしてないぞ」

「んなことで胸張らないの。そんな仕事をしないお兄ちゃんは、芽衣奈さんが来る前にケーキ買ってこーい、はいお金」

 そういって封筒を渡され、中を覗くとお札を何枚か渡される。

「……なんだこの金」

「お母さんから霞音さんに、だって。この前送られてきた。ネコババしないでよ」

「しねぇよ!」

 兄をなんだと思っているんだ。俺の誕生日ケーキにもこれぐらい用意してくれないかなってちょっと思ったけどさ。

「あ、霞音さんも一緒に行って好きなの選んできてください! そのうちにわたしが残りの準備しとくんで」

「う、うん。ありがとう」

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