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「よ」

 時間は少しだけ飛んで今日は12月20日。

 俺は食堂の隅で自前の弁当を食べている霞音に話しかけた。

「……なに? こんな時間に珍しい」

 霞音は見ての通り昼食中なのだが、実のところ現在昼休みではない。周りに霞音のように食事をしている生徒は数少ない、というか、まず食堂内に生徒があまりいない。

「3限、授業じゃないの」

 今は午後1時半過ぎ、つまり昼休みが終わった直後というわけで、俺の時間割上、本来ならば3時限目の数学の授業が始まる時間だ。あと質問文にハテナマークが無いのは例のごとく誤植ではない。

「いや、まあ、たまにはいいかな、って……」

「……不良」

「いやいや、お前に言われたくないぞ」

 サボリ魔が何をいう。っていうかお前はこの時間、サボりすぎて単位落としたから授業無いだけだろ。

「席いいか?」

「食べてないの」

「ああ、ちょっとな」

「そ」

 許可されてはいないが、拒否もされないということはまあいいってことだろう。そのまま丸テーブルの霞音の向かいの席に座り、妹作の弁当をリュックから取り出す。

「なあ」

「なに」

 お互いこれでもかと圧縮された原語で、意思の疎通を図る。

「お前、この後授業出るのか?」

「んー……。どうしよっかなぁ」

 ……これはおそらく、とりあえず悩んでおかないとクズ野郎だと思われるからそういうポーズをしているだけだろうな。と俺は推測する。

「今日はいいや」

 ……推測は的中したらしい。今日はじゃねぇだろ、今日”も”だろ。小説書きのくせして助詞の使い方を間違えているぞ。

「そうか」

「なんでそんなこときいたの」

 不審そうに俺の顔を睨んでくる。


「いや、……妹の学校行く前に付き合って欲しいところがあって」


「……まあいいけど、なに」

 ……不審なものを見る目がさらに鋭くなる。



「お前の、誕生日プレゼントを買いにいく」



 一点の曇りもなかった不機嫌な表情が一転して、驚いたように目を丸くさせる霞音。

「………………」

「おい、どうした」

「……そういうのって隠すんじゃないの? 普通」

 俺もそうは思うが、自分にそれほどのサプライズ精神も、人を騙せるだけの技量もないと判断した結果だ。許せ。

「というか、……そうか。今日私誕生日か」

 おいおい、忘れてたのかよ。

「毎年君と姉さんぐらいしか祝ってくれないから忘れるよ、そりゃあ。父さんなんか「すまんうっかりして忘れてた」っていって半年後ぐらいに適当なもの送ってくる始末だし」

 おじさん……。それはうっかりとか可愛い表現で許されることじゃないだろ……。

「ま、まあ、とにかく飯食ったら駅行こうぜ」

「う、うん」



× × ×



 そうしてやってきたのが、駅ビルの一角にある眼鏡屋である。


「眼鏡屋……?」

「ほら、あれだ、……その、原稿書く時、目が疲れるんじゃないかなって思って、ブルーライトカットの眼鏡が役に立つんじゃないかな、と……」

 最近流行ってるってネットに書いてあったからな、このビックウェーブには乗るしかないだろう。

「ほーぅ……?」

 よくわからない反応をしている。霞音の度数は知らないが、今霞音が掛けている眼鏡があればわかると昨日調べた。

「でも高くない……?」

「一応これでもバイトしてるし、それに普段ラノベにしかお金使ってないからこれくらいどうってことねえよ」

 ……それに安い店にしたしな。

「ふーん……」

「一応、高いフレームはNGで……」

「大丈夫大丈夫、一番安いのにするから」

 そうして俺たちは無数に並ぶ眼鏡に目を落とす。様々な色や形、無数のメガネが並んでいてそれを実際に手にとって顔に掛けながら選べるようになっている。



 しかし俺は、実に簡単なことを見落としていた。



「………………ねえ」

 掛けていた眼鏡を外して並んでいる眼鏡のひとつを手に取り、試着している霞音が目の前の鏡をみながら俺に話しかけてくる。




「私、これじゃあ自分の顔、見れない」




 ——その言葉の意味を理解するのに幾分時間がかかった。


「……あ」


 霞音は幼少期からその読書癖のせいで相当目が悪い。その上展示用の眼鏡にはもちろん度など入っていない。


 つまり、展示用の眼鏡を試着しても、霞音には鏡に映った自分の姿はぼやけて見えるはずもない。


「あー……」

 まずい、この展開は想定してなかった。どうするべきかと頭を抱えていると霞音がとんでもないことを言い出した。

「まあ、いいや。プレゼントだし、君が選んでよ」


「…………は?」


「は、って普通そうでしょ」

「いやでも、お前の好みとかわからないし……」

 いくら原稿を書く時にしか使わないといえど、アクセサリーとして他人の眼鏡を選ぶ度胸などない。自分の服だって値段でしか選んだことないんだぞ。

「私はなんでもいいから」

「そんな……」

「これは?」

 そういって眼鏡を試着したまま、俺の方を向く霞音。

「うーん……」

「微妙なの?」

「いや、別にそういう訳では……」

「じゃあ、似合ってるの?」

「そう言われると、……うーん」

「もー!! なんなのさ!!」

 本当にさっぱり分からない。

 俺が選んで後で裏でこれじゃないほうがよかったなあとか思われたら絶対嫌だ……。どうしてもそれは避けたいという気持ちが、判断を鈍らせる。

「本当になんでもいいんだよ?」

「じゃ、じゃあ!! ……せめて3つぐらいに絞ってくれ。そしたら選びやすいから!」

「えー……」

 そういって、しぶしぶ眼鏡を選ぶ霞音。

「うーん、これかなぁ」


 霞音が選んだのは、現在掛けている眼鏡に似た形の色違いの3種類。なるほど、形はそういうのがいいのか。それを一つずつ試着しながら俺に見せてくる。それ見ながら俺は精一杯選ぼうとするが、似合ってるのかどうかなんて俺がジャッチしていいものなのか、という考えから前には進まない。

「どうなの?」

 案2の薄茶色の眼鏡を掛けながら、俺を問い詰める霞音。

「あー、うん……」

「ねえ、ちゃんと考えてるの」

「考えてる考えてる」


 ……思えば霞音と普段あまり目を合わせることなんかない。

 しかし今のこの状況といえばさっきからお互いがお互いの顔を見つめていて、なんだか気恥ずかしくて目を逸らしそうになってしまう。でも、なんだかそんなことを考えていることを悟られるのもシャクなので冷静を装う。


 こいつ……やっぱ顔だけはいいんだよな……。

 パーツ全てがまるで物語に出てくるのヒロインみたいに完成されていて、オタクこじらせていなければ、さぞモテるんだろうな……。



 ……………………。



「——ねえ! きいてるの?!」


「ぬああっ! き、聞いてなかった」

「何をぼーっとしているんだ」

「いや、すまん」


 ……決して、見とれていたわけではない。と、思う。

 気を取り直して、霞音に向き合う俺。



 もう何週目か分からない目元オンリーのファッションショー。

 どれが霞音に似合うのか、そんなの全然わからない。



 でも……、



 でもそれでも、少なくとも、これだけは、辛うじて理解していた。



「————俺はそれが、好き、かも」




 似合っているかどうかは知らん、だがなんとなく、


 ……本当になんとなく、その眼鏡を掛けている霞音が好ましかった。




 ほんの一瞬、一時停止ボタンを押したテレビのように静止した焦点の合わない霞音。……決めてやったんだからもっと反応してくれよ。


「そ、そう……、……なら……、これにする」

 俺から視線を逸らし、見えることのないはずの鏡を見ながらぎこちなく、というか機械みたいな発声でそう告げる。


 ……本当に納得しているのか? それ。


「本当にいいのか? ちゃんと考えてみろ? 後で後悔しても……、」

「ああもう、うるさい!! これにするの!!」

「お、おう……」

 フレームが決まるとそこからはとんとん拍子で話が進む。ブルーライトカットのレンズを選び、今掛けている眼鏡を使って度数を調べて、俺がお金を払った。

 眼鏡ってやっぱり高いんだな……まあ、一年に一度だ。少しぐらい痛手でも構わないだろう。……ぐぎぎ……。

 実物が完成するまで少し時間がかかるらしいので、駅ビルを適当にふらふらしてから、受け取りにいく。実際に掛けてみながら細かい調整をして、そして完成となる。

「そのままつけていかれますかー?」

 若めの女の店員が霞音のそう質問する。そんな服屋みたいなこと聞かれるのか。いやいや、普段使いじゃなくてパソコン使うとき用のだし。



「はい」



「……え?」

 短く即答する霞音に驚いて俺は振り向く。

「だって、こっちのが新しくて綺麗だし」

「そういうもんなのか……?」

「そういうものなんです!」

「ふふっ。では元々掛けていた眼鏡はサーピスのケースにしまっておきますね」

 店員に大人な対応をされて、かなり恥ずかしい。

「ありがとうございました」

「またお越しください」

 笑顔で迎えられて、俺たちは眼鏡屋から退散する。

「なんか新しい眼鏡って世界が違って見える」

 霞音が突然そんなことをいいだす。

「俺は眼鏡かけてないからわからんけど」

「なんか視界が歪んだり」

「……いや、それは慣れてないだけじゃないのか」

「そうかもね。あ、ありがとう、……大事にする」

「お、う?」

 こいつの口からはなかなか飛び出すことのない感謝の言葉に戸惑う。

「……そ、そうだ。もう一個あるんだ」

「ん?」

 俺はバックからそれを取り出す。

「こっちは安物だけど、……誕生日おめでとう」

 取り出したのは猫が描かれている眼鏡ケース。こっちは通販サイトで数百円で見つけたものだ。芽衣ちゃんのアドバイスが生かされてこっちはあまり迷うことがなかった。


「……あ、ありがとう」


「………………なんか熱でもあるのか? お前」

「失礼な! モノをもらったらお礼ぐらい言えるさ!」

 本気で怒るそいつがおかしくて、俺は笑ってしまう。


「じゃあ、そろそろ心羽の学校行くか」

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