【 Page.5 】
「……ちゃん……!」
声が聞こえる。
「お兄ちゃん!!」
「…………」
体が揺すられている。……気がする。
「いい加減起きなさい!!」
「へ……?」
起き上がると目の前にはパソコンのディスプレイ。
「パソコンしながら寝ないでよ」
「……………………………………身体中が痛い」
「当たり前でしょ。ベットで寝ないから」
「……おはよう心羽」
「はい、おはようバカ兄」
どうやら昨日は原稿をやっているうちに机で寝てしまったらしい。
……しまった、俺としたことが。
「………………ねえ、なんでベッドに向かってるのかな? お兄ちゃん?」
「おやすみ心羽」
やっぱ布団で寝ないとダメだよな。
「起きなさい!! 学校!!」
「……今日は日曜日だろ」
「ド平日です! 火曜日です! だいたい昨日学校行ってたのにどうして今日日曜日になるの!!」
「……じゃあ夏休み」
「さっき天気予報で今日は気温10度を下回るから厚手のコートを着て、マフラーを巻いた方がいいって言ってたけど」
「近頃の異常気象は本当に恐ろしいな」
「恐ろしいのはお兄ちゃんの頭の中です。寝ぼけてないで起きてご飯食べて! リビングにあるから。生徒会の集まりあるからわたしもう出るけど遅刻しないでよ」
心羽が去った後、しぶしぶベッドから身体を起こし、時計を見ると7時半すぎ。学校は自転車で10分ほどの近くにあり、今日の授業は一限から9時開始だからまだ若干の余裕があるが、この状況で二度寝したら起きるのは昼過ぎになるだろう。諦めてベッドから離れ、リビングへ向かう。
リビングには心羽が用意した朝食と、メモが置いてあった。
『帰るのは8時頃になりそうだから晩御飯よろしく。先食べてていいからね』
ああ、忘れるところだった。朝食を終え部屋に戻り、どうせならと原稿の続きに取り掛かってみる。まだ結構余裕あるからな。
× × ×
「ラノベを書くために現代文の、しかも私の授業に遅刻するとはいい度胸だな、尋翼」
『しかも私の』の部分を大げさに強調しながら芽衣ちゃんが俺をにらみつけている。あの、教科書は武器じゃないので、身構えないでもらえますかね……?
「いやいや俺としても、日本語力を身につけるため、遅刻しないように尽力を尽くしたのですが時すでに遅く……」
原稿の続きをしていたらいつの間にか時間が過ぎ、まさかの遅刻となってしまった。
「……貴様には本当に私の授業が必要みたいだな。尽力は既に尽くしているから『尽くす』は必要ない」
その後、眠すぎて居眠りをしていたら芽衣ちゃんに教科書で頭を叩かれた。しかも角で。国語教師なんだから本を大事にしろよ。
「お前は時間を大切にしろ」
もう一度叩かれた。声に出してないのに。しかも角で。痛い。しょうがない、真面目に受けるか……。
全ての授業を終えて職員室で部室の鍵を貰い、部室に向かう頃には午後の授業が始まっていたらしく、校舎はずいぶん静まり返っていた。このほかの生徒は授業を受けているのに自分の授業さえ終われば自由に校舎を闊歩できる優越感。たまらない。数少ない単位制の学校を選んで良かったと思う瞬間である。
鍵を開け誰もいない部室に踏み込む。いつものようにパソコンを取り出し電源コードをコンセントに刺しパソコンを起動させる。
「……うっし、気合い入れるか……!」
画面に目を落とし原稿の続きを書き始める。
× × ×
「……で、気合い入れたのはいいものの、寝不足のせいで誰もいない静かな部室で気持ち良く爆睡していたと」
「はい……」
時間は放課後。睡魔に抵抗できず無意識のうちに惰眠を貪っていたら、授業を終えた霞音に叩き起こされた。今日、誰かに起こされすぎだろ。
「しっかりしてよ。君には何としても賞を取ってもらわなきゃ困るんだから」
「そんな状況を作り出したのはお前だろうが」
「……ま、まあ、最悪私が賞を取ったら学校側をなんとか誤魔化せるかもしれないけど……」
なん……だと……?
「そ、それでいいじゃねえか……!!」
「そんなこと簡単に言わないでよ」
お前が言うなあああああ!!!!
こいつものすごい勢いで自分を棚に上げてやがる。
「とにかく、君がグースカ寝て無駄にした時間分、今から巻き返しなさいよ」
「……へいへい」
背水の陣ともいうべきか、流石に全く進まない、ということはなくなったがそれでもまだまだ霞音にはとてもじゃないが追いつけない。当の霞音は俺を責めるだけ責めたらそれ以降原稿始め、いつものように全く喋らなくなってしまって、時間は刻々と過ぎていく。こんなに静かだとまた寝てしまいそうだが、さっきさんざん寝ていたのでなんとか寝ずに、部活終了の時刻になった。
「……で今日何ページ進んで今何ページ?」
霞音が恐ろしい尋問をしてくる。進捗ダメです。聞かないでください。
…………なんて過去の話。聞いて驚け。
「今日は10ページすすんだぞ。家でやった分も合わせて今30ページぐらいか」
「……まだ遅い」
こいつが悪魔か。
「いや……でもっ! こんなに一度に進んだことないし。結構な成長、だと……、思うんだけど……」
「何も小説はページを埋めればいいって問題じゃないの。いい? 原稿用紙を埋めるだけなら小学生にだってできるの。『しょうらいのゆめ』とか『わたしのかぞく』とか書けただけで教師や親に絶賛されるとか、私たちがやっているのはそういう次元の話じゃない。100ページ書いたら100ページ全部を飽きずに読ませて、面白いと思わせて、感動させなきゃいけないの。そして私たちが書いているのはラノベだからついでに読者を萌えさせなきゃいけないの。よく聞きなさい。正直言って私たち素人の第一稿なんクソ、いやクソ以下。そんなもののために割く時間なんてもう一分一秒も残ってない。私は、後3日もあれば書き終わるからね」
「いやでも俺はお前と比べてもまだまだ素人で……」
「プロから見たら私も君も同じようなレベル。っていうかだからこそ手直しにに時間かけなきゃいけないんでしょ」
……いくら何でも厳しすぎるだろ。
…………腹が立ってきた。元はと言えばこいつがしょうもない嘘を付かなければよかっただけの話なのに、なんで俺がこんなに頑張んなきゃいけないんだ?
そう思い始めたらつい言葉にが乱暴になっていた。
「……勝手なことばっか言うなよ。俺だって頑張ってんのに、なんでそんなこと言われなきゃいけないんだ! だいたい誰のせいでこんな……!!」
「……っ……じゃあ!! 君が別の方法でこの状況をどうにかできるの?! 私を責めたければ好きなだけ責めればいいけど、それで、この部活が助かるの!? 続けられるの!?」
「責任転嫁もいい加減に……!」
「それに!! それに……っ……!!!!」
「んだよ……! ……っ………………?!」
『それ』を視界に捉えた瞬間、まるで一瞬、時間が止まったかのように感じた。
——霞音の頬には、涙が伝っていた。
まだ幼かったあの頃、毎日のように見ていたような。それ以降全く見たことがなかったような。
「私だって……私だって……っ」
「あ…………」
そんな霞音の姿に狼狽した俺は、それ以上何も言えなくなっていた。
「………………ごめん」
「…………………………いや、……俺も怒鳴って悪かった」
「…………ごめん、なさい……」
絞り出すような、謝罪の言葉。一瞬で頭が冷やされる。
「……いや、もういいよ……お前の言う通り、どうしようもないってことは俺にもわかるし…………その、怒鳴って悪かった」
思えば、こいつから謝れるなんて、あまりなかった気がする。
「…………」
「……芽衣ちゃんに怒られるから、早く鍵返しに行こうぜ」
「……うん」
……気まずい。
結局鍵は俺が返しに行って、いつものように霞音と帰宅中なのだが、いつも以上に何も喋らない……。あまりにも静かで押してる自転車の車輪が回る音だけが周囲に響く。
「…………」
「…………」
やばい、なんとかしなければ……。
「な、なぁ」
「……なに?」
「さっき、何言いかけたんだ?」
「それは君が……、」
「……俺が?」
「……いや、その」
「?」
「…………ねえ、小説書くの、もしかして楽しくない?」
「そ、そんなことない!!」
心から、それは事実だと断言できる。楽しい、楽しいのは確かだ。さっきは頭に血が上ってしまっただけで……。
「そう、よかった。……ねえ、本当に大賞取れたらさ、編集さんがついてアドバイスしてくれて、イラストレーターさんが絵を描いてくれて、出版されて、それが重版されて、アニメ化もして、売れっ子作家になったらさ、そんな未来を考えたら、やる気出てこない?」
「…………」
「そう、言いたかっただけ」
……それは、すごく素晴らしいことかもしれない……。一年前、霞音のパソコンを盗み見した罰として小説書かされ始めた頃から、書くことしか考えてなくて、あまりその先のことを考えたこともなかった。そういえば、少なからずそんな夢のような状況を俺たちは目指して部活をしているんだった。
「私たちが好きなアニメもラノベも、きっとさっきの私たちみたいに精神擦り減らして作られているのかな」
「そうかもな……、でもまあ、夢のまた夢みたいな話だなあ」
「————そんなことない!」
突然大きくなる声。
「……んだよびっくりした」
「……そんなことない、できる」
流石に自分で自分に驚いたのか、すぐに声が小さくなる。
「なんでそんなこと言い切れるんだよ」
「あー……、えっと………………なんとなく」
「なんだそりゃ」
「気にしないの! とにかく、成し遂げようって気概がないと成し遂げられないよ、ってこと!」
「……わかったよ」
とにかく、やっといつもの調子に戻ってきてるようだ。
なんとかいつもの調子を取り戻し、歩いているといつの間にか家が見えてきた。
「…………あ」
「どうしたの」
おお、なんだか語尾にハテナがつかない口調に安心してしまう……。
……じゃなくて。
「晩飯の買い出し忘れてた……今日心羽いないんだった」
「ああ、昨日そんなこと言ってたね」
「家まで帰ってきちゃったし、着替えてから行くか……」
「スーパー行くの?」
「そうだなあ……」
少し遠いけど、コンビニで済ませると高くつくし、しょうがないか。
「ならついでに私もいく、ウエハース買いに」
こいつ糖分散々取るわりには勉強できないよな。あと牛乳飲むくせに胸も膨らまない。それは関係無いのか?
「……今なんか失礼なこと考えなかった……?」
「……そんなことないぞ! じゃあ一緒に行くか!!」
「…………んー、まあいいか」
でも小説をあんだけ書けるんだから地頭はいいとは思うんだよなあ。多分、やる気の問題なんだろうなあ。
「じゃあ着替えたら俺んちの前で」
「うん」
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