【 ■■■ 】
【 第1章 】
「めっちゃ面白いじゃん、いいと思うよ」
オレの原稿を読み終わったそいつは、その原稿をそう評価した。
ここは、オレの所属している文芸部部室。そして、オレの目の前で原稿を読んでいたのは文芸部部長で、幼馴染の、
「でもさ恥ずかしくないの? 自分をモデルにしてラノベを書くとか、ってか
「ばっ……!! フィクションだから! 現実の人物及び団体とは何の関係もないから!!」
オレたちは部活の一環としてライトノベルの新人賞に応募する作品を書いていて、その原稿が今まさに完成したところだ。
物語作りに思い悩んでいたオレを突き動かしたのは、
だから俺は、自分の身に起きた全てを、原稿に落とし込めたのだ。
原稿に追われる毎日、文芸部の危機、妹のライブ、合宿の思い出、花音の母親のこと、昔作った絵本。自分の存在を原稿に投影して、それを『物語』として成り代わらせた。
ただ一つだけ、『 幼馴染の死 』という、フィクションを加えて。
「あっそーですかー。でも酷くない? 私のことを物語の中とはいえ殺すなんて……」
「……おい、合宿の時にヒロイン殺したら盛り上がるって最初に言い出したのお前じゃねえか。 というかだからそもそも霞音はお前じゃない!!」
「あははっ。でもまあ、私が死んでること以外はほとんどぜーんぶ実際にあったことだし、あたしへの愛はしっかり伝わってきたよ」
「盛り上がりのためには主人公はヒロインのことを好きな方がいいだろうが! それ以外のなにものでもないから!」
「頑なだねー、でもま、私は好きだよこの話。……あ、大丈夫、あたしが好きなのは物語だけだから」
「おい、作中の文章使って茶化すのはやめろ、全部消したくなるだろ」
「え、ごめん消さないで、本当に好きだから」
少しだけ申し訳なさそうにする花音。
そもそも、花音は霞音みたいに物静かじゃない。
でも、まあ、
花音が本当に難病にかかってしまって、もうすぐ死んでしまう。
——例えば、そんな世界の中だとしたら、
オレは素直に、花音へこの気持ちを伝えられるのだろうか。
ついこの前見たアニメは、物語の最後の最期でヒロインが死ぬ話だった。
原作をすでに読んでいた花音から絶対見たほうがいいと、そう勧められて視聴したアニメに、オレはあっけなく心打たれた。テレビの前で号泣して、次の日までその余韻を引きずるほどのものだった。
しかし、ネットではいろんな意見が飛び交った。
『最後にヒロインを殺してお涙頂戴したいだけ』
『作者は面白いと思ったシリーズ』
『これが好きな奴はきっと身近な人が死んだことがないガキ』
『これ殺す必要があったのか』
『この作者いつも登場人物殺すよな、ワンパターンだわ』
その作品は、世間では人気作として讃えられていたが、好きな物語ほど、少ない批判の声も大きく聞こえるもので、オレは悲しくなった。
でも、学校で会うなり「めっちゃよかったでしょ!」と自信満々に話しかけてきた花音の笑顔を見て、確信した。
オレは人の死ぬ物語は、好きだ。
だって、現実で本当に人が死ぬわけじゃないから。
本当に死んでしまったら、何もかもが、取り返せない。
どんなに悲しくても、どんなに虚しくても、死んでしまった事実は覆らない。
だけど、物語は違う。
作中でヒロインが死んで、めちゃくちゃ悲しくて、虚しくて、涙が溢れても、
『その小説を勧めてきたオレの現実のヒロイン』は、まだ生きている。
もう少しぐらい、大切にしよう。
もう少しぐらい、一緒にいよう。
もう少しぐらい、素直になろう。
そう思えるから、悲しい話は好きだ。
しかし、人間うまくいかないもので、実際に行動に起こせるかは別の話。
「さてと、あらすじも書いたし、印刷室行ってコピーしてもらお」
「ああ」
この応募原稿に描かれた、オレが神様として霞音を殺した物語は、これで終わり。
でもオレの、
きっと、先は長い。まだ何の事件も起きていないし、そもそも導入すら終わっていないかもしれない。いうならば『第1章』が妥当なところだろう。
霞音とは違う、でもよく似たこの物語のヒロインと一緒に、続いていくのだろう。
花音の後追いかけるようにオレは立ち上がる。
「……なあ、お前の原稿も、好きだぞ」
「へ? な、何いきなり、気持ち悪いんだけど」
「いや、ふと、そう思ったから」
「なんなのさ、びっくりさせないでよ」
「ごめんごめん。あとさ」
「今度はなに」
呆れ顔で聞き返してくる霞音に向かって、オレは言葉を放つ。
「……お前が生きてて、本当によかった」
……まだ、
……まだ、今のところは、これぐらいの素直さで、許してくれないでしょうか。
目を丸くする花音を見ながら、オレはいるはずのない神様にそう願っていた。
例えば、そんな世界の中だとしたら 唯希 響 - yuiki kyou - @yuiki_kyou
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