【 Page.13 】

 露天風呂から上がり部屋に戻ってもまだ3人は戻って来てないらしく、なんとなく1人でベランダに出る。

 山奥なので人の生活音がまるでなく信じられないほど静かだった。

「まさか風の音がうるさいと感じる日が来るとはな……」


 さすがに肌寒かったが、なかなか体験することのないその空気に触れないのは勿体無い気がして、ぼーっとしながらしばらくその光景を眺めていた。


 数十分経っただろうか、さすがに寒さに耐えられなくなり窓を開け、部屋に戻ろうとする。


「3人とも遅——」




 ——いな、とつぶやきながら、部屋に入った瞬間、下着姿の3人が目に飛び込んで来た。







「……は?」





 あー、


 これはあれだね、よくあるあれ、


 そう、ラノベになくちゃならない、ラッキースケベってやつだ。


 そりゃ、モノ書きとして一回ぐらいは経験しとかないとね!(絶賛現実逃避中)



「ひ、ひ、ひ……」


 顔を真っ赤にした霞音が何か言おうとしている。なんだ? なんでも言ってくれ。いまならどんな無茶だって君たちのためならやぶさかでも……、






「尋翼のバカああああああああああぁぁぁ!!!!!!!!」






 数分後、俺は額を畳に擦り付けていた。


 おそらく今までの人生の中で一番美しく純直なDO☆GE☆ZA土下座だった。

 どうやら部屋に戻って来ても誰もいなかったため、俺がまだ風呂から帰って来てないと思った3人は、ベランダに俺がいるなど夢にも思わず、ご丁寧に部屋の入り口の鍵を一時的に締めて浴衣に着替えを始めていたらしい。


 確かに、確かに、物音も立てずに窓を閉めてベランダにいたら気づかないかもしれないが、一方的に俺に非があるわけでは……、


「……何、勝手に顔を上げようとしてるの……?」


 頭上からドスの効いた声が降って来る。

 ひぃい……。ごめんなさい、俺が一方的に悪かったです!!

「ま、まあ、尋翼も悪気があったわけじゃないんだし……」

 さすが芽衣ちゃん! おっとなー! 話がわか——


「今日はベランダで寝るってことで許してあげようじゃないか」


 ……あれ?


「そうですね。お兄ちゃんもきっと悪気があったわけじゃないですしね」


 ……ん?


「……2人がそこまで言うなら、まあ、しょうがないか」



 …………?




 今、一月……ですよね?






 どうにか命の危険があることを必死で説明し、合宿が終わるまで何でも3人の言うことを聞くことで許してもらえた。いつもと一緒じゃないかと思ったが余計なことを言っては極寒の中で寝ることになるので黙っていた。


 とりあえず、手始めに旅館から少し離れたところにあるコンビニまでパシリにされることとなり、旅館を出て真っ暗な道を歩いている。

「……ったく、人を何だと思ってるんだあの女ども」


「……なんか言った?」


 お願いします。幻聴であってくださいと願う俺をあざ笑うかのように、知らぬ間に追いかけて来ていた霞音が現れた。

「……なんか言った?」

 同じ台詞を繰り返さないでください。RPGの村人ですかあなた。

「な、なんでもないです!! 寒いなーって」

「そー、私には他の台詞に聞こえたけど?」

「き、気のせいじゃないですかね……」

「はぁ、君は全くもう……」

「い、一体、どうしたん、ですか……?」

 思わず丁寧語がでる俺、イズ、情けない。

「買いたいものがあって、伝えるの忘れたから追いかけて来たけど、ここまで来ちゃったからついていった方が早いね」

「……すいません」

「はぁ……もういいよ。許したげる。あ、明日まで私たちの犬だけど」

 それは、多分許してない、って言うんですよね?

「その丁寧語、キモいからやめて」

 やっぱ容赦ないっすね……。

「うー、やっぱ寒い……」

「そのカッコじゃ寒いだろ」

 霞音はコートを着ていたが浴衣の上に羽織っているだけだった。

「だって本当は君を追いかけて用件伝えるだけのつもりだったんだもん」

「……しょうがねえな」

 俺は自分の着ていた上着を脱いで霞音に渡す。

 霞音と違って俺は割と着込んでるし、多分大丈夫だろう。多少寒いが今優しくしないと後で何されるかわかったもんじゃない。

「やった。あったかー」

 そりゃその格好に比べたらあったかいだろうな。

「寒いからさっさと用事すませて帰るぞ」


「……ねえ、まって」


「なんだよ」




「上」




 本当の夜の空は黒ではなく青いものなのだと、初めて知った。


 霞音が指差した頭上を見ると、信じられないほどの満天の星が輝いていた。


 いつも見ているそれとは全く違う。何倍もの数の光が煌めいている。


 さっきベランダに出ていた時は気づかなかった光景が、どこまでも広い空に広がっていた。



 それは例えるなら打ち上げ花火に似ていた。



 地球よりも大きい癇癪玉が宇宙で弾けたのかと、そんな錯覚するほどに。

 


「……やばいな、これ」

「うん、やばい」

 モノ書きの癖に語彙力を失ったまま2人で空を見上げる。

「ちょっと、見ていこうよ」

 その光景を前にしてしまうと、お使いなどもうどうでもよくなって、素直に霞音についていき、少し小高い丘にたどり着く。


 自分の住んでいる街でも、冬はある程度星が見えるものだと思っていた。だけど、いつも見ている星は本当に一部でしかないのだと思い知らされた。


 そう、それはまるで、


「アニメみたいだね」

「……この光景が背景美術で再現されてたら、それだけでそのアニメは1クール完走確定してしまいそうだ」

「あはは。そうかもね」

 芝生に並んで座り込み、空を見上げる。

「…………」

「…………」

 しばらく沈黙が流れる。

「あれがデネブアルタイルー」

 霞音の調子外れの歌が小さく響く。

「それ、夏の歌じゃねえか」

「そうだった」

 霞音はとぼけるように小さく笑って、続ける。


「……ねえ、この光景、作中で描いてみてよ」


「え?」

「そうしたら、読み返すたびに、この光景が思い出せるじゃん。それって、すごく素敵じゃない?」

「……そうだな」

「もちろん、この光景を見たことない人にも、伝わるように、ね」


 まるで魔法で作り出したかのようなその光景を文章に落とし込むなんて、自分にできるのかどうかさっぱりわからなかった。


 それでも、今にも雨粒のように降り出しそうな、打ち上げ花火が世界中で一斉に花開いたような、そんな瞬きを続ける星々を記憶の中だけにとどめておくのは、凄く、凄く勿体無いと、そう思えたのだ。



 だから、今まで出会ってきたどんなに美しい言葉を並べても到底表現できないような星空を、彼女のリクエスト通り表現して見せたかった。



 宿に戻れたのがもう夜の11時を過ぎた頃になってしまって、部屋で待ってた2人にめちゃくちゃ怒られたのは、明日には忘れてしまおうと、そう思った。





















 そう、




 このまま、この綺麗な記憶のまま、原稿も完成し、2人で笑い合える日々が続くと、この時俺は、信じて疑わなかった。




 小説と現実、どちらが本当に奇なるのか、いろんな人が絶えず議論しているけど、そんなこと、俺には、どうでもよかった。








 現実だろうが、幻想だろうが、どっちだろうが、









 起承転結の転が誰の元にも平等に現れる。















 ——この世界は、そう言う風に出来ていたんだ。

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