第18話「伊達政宗と戦国料理」

 初がキッチンに立ち、何かを作っているようである。

 料理は基本的に茶々がしているので、それは意外な光景であった。

 しかも和装にエプロンをつけている。それが割烹着スタイルならば、ほっこりする姿なのだろうが、初の場合、武士にエプロンなのである。


「今日は何作ってんだ?」


 振り向く初。眼帯をしていたのでぎょっとしてしまう。

 眼帯は右目。これは確か、伊達政宗のマネである。


「伊達巻き!」

「正月料理の?」


 伊達巻きと言えば、魚肉を混ぜた卵焼きである。お正月にナルトのように渦を巻いた黄色い物体をよく見かける。

 

「うん。ねえ、知ってる? 伊達巻きって伊達政宗が好きだから、伊達巻きっていうんだって」

「へえ。武将が由来の食べ物なんてあるんだな」

「政宗は戦国一の料理研究家なんだよ! おせち料理とかいろいろ発明してる。ずんだもち、仙台味噌、凍りこおり豆腐なんかも、政宗が発明したんだって。『馳走ちそうとは旬の品をさり気なく出し、主人自ら調理して、もてなすことである』って言葉も残ってて、そのこだわりの強さが分かるよねー」

「あ、だから、料理するのにその格好なわけ?」

「そそっ! なんか発明できそうな感じでしょ?」


 思わず苦笑してしまう。

 そんな白衣を着たら誰でも博士っぽく見えるようなことを言われても。


「戦国時代に生まれた食べ物はけっこうあるよ。信長の赤こんにゃく。上杉謙信の笹団子にチマキ。武田信玄のほうとう。秀吉は自ら名付けたとか、作らせたとかいう料理がいっぱい残ってるねー。加賀料理の治部煮じぶには、前田利家の時代に考案されたみたい。あ、今川焼きは江戸時代で、信玄餅は現代の食べ物だからね!」


 初はしゃべりながら、はんぺんなどを混ぜたとき卵を、フライパンに流し込み焼き始める。


「戦国時代って、今からすると粗食のイメージだけど、いろいろ種類あるんだな」

「もちろん、日常はご飯、魚、味噌汁だね。庶民はお米を食べられず、雑穀の雑炊だったみたいだけど」

「そういえば、戦場では料理どうしてたんだ?」

「足軽は、三日分の食事を持ち込むことが義務づけられていたよ。蒸した米を乾燥させた干飯ほしいいに味噌と梅干し、だね。あと芋茎ずいきを乾燥させて、物をしばる縄にしてたんだけど、縄を切り刻み、煮込んで食べることもあったよー」

「え、縄食べるの……?」

「ま、芋の茎だからねー。品質にはなんの問題もなし! 煮込むときに、足軽の兜を鍋代わりにしてたっていうけど、あれはウソね。あの三角形の帽子、戦国時代は和紙を重ねて作られた日よけ傘だから。鉄製になるのは江戸時代になってからの話」


 初はシート状に焼き上げた卵焼きを、巻き簀で巻き始める。


「よし、完成! あとは包丁で切るだけだね! そういえば包丁ってコックさんに名前なんだってね」

「コック? 料理作る人?」

「うん。古代中国で庖丁って人がいて、その人がすごい刀さばきだったから、料理に使う刃物を庖丁って呼ぶようになったらしいの。庖丁は中国語で料理人という意味っぽい? 日本では戦国時代以前だと、日本刀を小さくしたみたいの形だったんだよ。つばがついてなくて、マグロの解体ショーで使ってるみたいなのね。室町時代になると、野菜を切るために先が丸くなり、江戸時代には用途に応じたいろんな包丁が登場する。明治時代に入ると西洋包丁の影響を受け、戦後には三徳包丁さんとくぼうちょうといって、現代の一本で何役もこなせる包丁になるってわけ」


 そういって初はできたての伊達巻きを、僕の口に放り込む。


「熱っ!?」

「おいしいでしょ?」

「あ、ああ、そうだな……」


 熱くて味が分かったものではないが、ちゃんと食べられる物にはなっている。


「よかったー! 心配だったけど、うまくいったみたい。これも、料理神・まーくんの加護ね!」

「はは。ハツはほんとに、伊達政宗好きなんだな。どんなところが好きなんだっけ?」

「そりゃー全部だよ、全部! どのエピソードを取ってもカッコイイ! 周りの登場人物も面白いしね!」

「登場人物? ああ、武将のことか」

「家臣とか付き合いのある大名も個性的だけど、お母さんと奥さんの話が面白いね。お母さんの名は、義姫よしひめ(※1)。山形の大名・最上義光もがみよしあきの妹なんだけど、お兄ちゃんとすごく仲良しで、伊達と最上がケンカすると、自ら戦場に乗り込んで停戦させたんだ」

「パワフルなお母さんだな……」


 妹または妻の言いなりになっている大名、というのは笑える図である。


「夫の輝宗てるむね(※2)は、二本松義継にほんまつよしつぐの人質に取られたとき、『俺のことはいい、こいつと一緒に撃て!』をやるんだけど、子の政宗はほんとに撃っちゃうんだ」

「あー、映画でよくやるやつか」

「映画と違うのは、敵と一緒に輝宗も死んじゃったこと。義姫はそれで政宗を恨むようになり、政宗を暗殺しようとするんだ」

「母が子を? なんか複雑だな……」

「『わらわの料理に毒が入ってるとでも? 母を疑うのか?』と政宗に迫ったの。母にそう言われたら食べないわけにいかないから、政宗は『ええい、ままよ!』って感じで、毒入り料理を食べちゃうわけ」

「極道の世界だな……」

「その前にも暗殺未遂事件はあって、政宗の奥さんの愛姫めごひめが嫁いできたときのことね。タイミング的に愛姫の実家が絡んでるんじゃないかと疑って、政宗は愛姫の乳母や侍女を殺しちゃうんだ」

「おお……」


 伊達政宗の周りの人間が壮絶すぎて、なんとコメントしていいか分からない。


「でも二人はその後、仲良しになるんだ。愛姫は人質として京都にやってくると、政宗のために情報収集をしてたみたい。政宗は秀吉や家康を殺して、自分が天下を取るぞー、と思ってたくらいの野望持ちなんだけど、愛姫は『私のことは気にせず、あなたは自分の意志に従って戦いなさい。辱めを受ける前に、自ら死を選びます』って言ってたんだよ! 二人の信頼感、マジパナイよね!」

「あ、うん……」


 政宗の嫁も、政宗のごとく偉人なのである。


「政宗は海外と貿易しようとしてたのも有名! 配下の支倉常長はせくらつねながは太平洋を横断して、メキシコ経由でローマに行ったんだよ。交渉はうまくいかなかったけど」

「貿易がうまくいってれば、政宗が天下取ることもあったのかなー」

「戦国時代は海外との貿易で、いろんなものが入ってきてすごく発展したから、ワンチャンあるかも! 鉄砲、大砲もたくさん量産されたし、食べ物もいっぱい入ってきた。カンボジアがなまったカボチャ。ジャカルタがなまったジャガタライモ、あ、ジャガイモのことね。ほうれん草、インゲン豆、ニンジン、トウモロコシ、唐辛子。料理がはかどるっ!」

「はは、料理王になれたかもね」


 初は料理を作って満足したのか、片付けをせず、部屋に戻ってしまった。




※1 義姫は政宗を殺し、弟の小次郎を当主にするつもりだった。一命を取り留めた政宗は小次郎を殺害してしまう。

※2 伊達輝宗は、講和に来た二本松義継に刀を突きつけられ、連れ去られてしまう。もとはといえば、政宗の行きすぎた対外政策が恨みを買っていたのが原因である。

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