第26話「三種の神器」

 久しぶりに謎の手紙が届いていた。


三種の神器さんしゅのじんぎは?』


 三種の神器といえば、神代から天皇に継承されていた道具のことだろう。

 まさか、白黒テレビ、洗濯機、冷蔵庫の「家電三種の神器」ではあるまい。カラーテレビ、クーラー、自動車の新バージョンもあるが、それ以降の家電三種の神器はあまり聞かない。

 今回のクイズは非常に簡単だ。いつもは姪っ子たちと頼らなければ分からなかったが、今回は自分の手でどうにかなりそうである。

 兄の部屋にあった歴史用語事典を引っ張り出して、調べてみる。

 三種の神器とは、「八咫鏡やたのかがみ」「八尺瓊勾玉やさかにのまがたま」「草薙剣くさなぎのつるぎ」のことを指すらしい。八咫鏡は青銅鏡で、八尺瓊勾玉は宝石から作られた勾玉をイメージすればよいようだ。

 八咫鏡と八尺瓊勾玉は、太陽の神である天照大神あまてらすおおみかみ天岩戸あまのいわとに隠れてしまい、世界が真っ暗闇になったとき、天照大神の気を引き、外に出させるために作ったものである。

 草薙剣は、スサノオが八岐大蛇やまたのおろちを退治したときに尻尾から出てきたものだ。その後、ヤマトタケルが東征を行ったさいに与えられる。駿河国するがのくにで敵に火攻めをされたとき、ヤマトタケルはこの剣で草を刈り、火を自分からも放ち、迫る火を防いだことから、草薙剣と呼ばれるようになったらしい(※1)。

 なぜそれで火を防げるかは分からないが、劇場版TRICKで同様のシーンを見たことがある。


「ねえ、叔父さん、ちょっと手伝ってほしいんだけど」


 初がドアを開け、部屋に入ってくる。

 初にノックという概念はないのだ。

 僕は慌てて手紙を隠すが、その様子は思いっきり見られていた。


「今何隠したの? もしかしてラブレター?」


 にやにやしながら初が迫ってくる。


「な、なんでもないから」


 こんな意味不明のラブレターがあってたまるものか。


「じゃあ、見せてよ~」


 初はベッドにダイブしてくる。

 この部屋は本だらけで、ベッド以外に行動できるスペースがない。自分もベッドに座って手紙を読んでいた。


「こ、こら、やめないか……」

「いいじゃん~! 減るもんじゃないし~!」


 テンプレのような台詞で、初が手紙を奪い取ろうとしてくる。

 見られて困るものではないが、彼女たちの父が差出人であれば、何か重要な意味があるかもしれないのだ。できれば自分で処理しておきたい。

 が、初に押し倒されてしまう。

 この構図は正直反応に困る。初に体を乗っけられ、顔が、そして胸が近い。

 強引に押しのけることもできるが、女の子にそんなことできるわけもなく、手紙をぶんどられてしまう。


「やりー! ……えっとなになに、『三種の神器は?』。なにこれ?」

「いや、よく分からないんだ……」


 見られては仕方ない。これまでの事情を初に話すことにした。


「ほうほう、そういうことね。でも、歴史問題を叔父さん一人で解こうなんて、甘いっすなー!」


 それは認めざるを得ない。


「ここは、コスプレ歴女のはっちゃんにお任せ! この謎、見事解いてみせようぞ!」

「頼もしいな。念のために、チャチャとシエには黙っておいてよ」

「うんうん! あたしと叔父さんだけの秘密だね! こんな面白いのは独占しなきゃ!」


 なんかちょっとニュアンスが違う気もするが、それでよいとしておこう。


「この字に見覚えある?」

「うーん。お父さんの字っぽい」

「おっ」

「いや、違うかな? あんまり筆字って見たことないから、分かんないや」

「そうっすか……」


 筆跡から送り主を探すのは困難のようである。

 ならば、内容から考察するしかない。


「それで三種の神器なんだけど、なんか知っていることある?」

「三種の神器かあ。やっぱ壇ノ浦だんのうらの話かな」

「壇ノ浦って、平家が滅亡したところだっけ」

「うん。本州と九州の間で行われた戦いで、かなり大規模な海戦が行われたんだ。源義経みなもとのよしつねの“八艘飛びはっそうとび”が有名だね。平家の敗戦が濃厚になると、猛将として知られる平教経たいらののりつねが、敵の大将を道連れにして死のうと、義経がいる舟に迫るんだ。義経は名将ではあるんだけど、体が小さく力も弱かったので、無駄な戦いを避けるために、舟を次々に飛び移っていっちゃうんだ。教経は追いかけることができず、敵中で観念するの。太刀と兜を投げ捨て、『我と思わん者はかかってこい!』と叫んで挑発するんだけど、怖すぎて誰も近寄っていかないの」

「そりゃあ、不気味すぎるよな……」

安芸兄弟あききょうだい郎党ろうとうが三人で挑むんだけど、郎党はすぐに突き落とされ、教経は安芸兄弟を両脇に抱きかかえて、海に飛び込んじゃうんだ!」

「なんだそりゃ!?」


 安芸兄弟は、決して関わってはならない人種に挑んでしまったのだ……。


「そんで、平清盛たいらのきよもりのひ孫にあたる安徳天皇あんとくてんのうのほうでも、そろそろ覚悟しなければという雰囲気になっていくんだ。清盛の正室で、安徳天皇の祖母である平時子たいらのときこは、『波の下にも都がございます』といって、安徳天皇と三種の神器を抱えて、海に飛び込んじゃうの。安徳天皇はまだ数え年で8才、今でいう6才4ヶ月だった……」

「戦というのは……うん、凄絶だな……」


 これまでにも姪っ子たちに戦国時代の凄惨な話をたくさん聞いていたが、平安時代末期も同じく哀しい話がいっぱいある。


「三種の神器は天皇に引き継がれるもので、所持している者が正当な天皇だと主張できるんだ。だから源氏は海に沈んだ三種の神器を必死に探すんだけど、草薙剣だけは見つからず、後鳥羽天皇ごとばてんのうは神器なしで即位することになるの。その後、伊勢神宮にあった剣を代用することになるよ」

「じゃあ、今あるのはヤマトタケルが使ったものじゃないんだな」

「そういうことになるね。神話や伝説を信じるなら、新しい草薙剣は熱田神宮あつたじんぐうにあるよ。もともとヤマトタケルが帰ってきたときに、草薙剣を収めた地が熱田神宮になったんだ」

「へえ。熱田神宮って聞いたことあるな。伊勢神宮とは違うんだっけ?」


 伊勢神宮は「伊勢参り」という言葉があるくらいで、昔から人気のある神社である。熱田神宮も、どこかで名前を聞いたことがあった。


「どちらも古くからある神社で、伊勢神宮は八咫鏡が収められているんだ。ちなみに、八尺瓊勾玉の所在は皇居ね。熱田神宮はたぶん、信長の話で聞いたことがあるんだと思う」

「信長?」

「信長が桶狭間の戦いのとき、出陣する前に戦勝祈願をしたんだ。祈りが通じたのか、信長は今川義元を打ち破って逆転勝利!」

「へえ、三種の神器がある神社でお参りってのはすごいなあ」

「清洲城から熱田神宮まで20キロしかないから、祈願するなら熱田神宮だったんだろうけど、なんかありそうだよねー。信長は勝つべくして勝った、みたいな」


 確かにそうかもしれない。その後、権力を持つ秀吉も家康も愛知県の人だ。草薙剣の力で天下を取ったと考えるのも面白いだろう。


「三種の神器に関することって、こんなもんだけど、結局、この手紙は何を言いたいんだろ?」

「それが分からないんだよなぁ。これまでの手紙もいろいろ調べてみたんだけど、なんでそんなクイズを出してくるのか、まったく見当つかない……」

「これは悔しいけど、シエに聞いてみるかな」

「えっ……」


 さっき姉妹には内緒だと言ったのに。


「ちょっとヒントもらうだけだよー。手紙のことは言わないって。こういうの考えるのはシエのが得意なんだ」


 初と江であれば、論理的に読み解くのは江のが上かもしれない。もちろん初の発想力の高さは侮れないのだが。




※1 ヤマトタケルが草薙剣で草を焼いたことが、静岡県の「焼津やいづ」「草薙」の由来になっている。八岐大蛇の頭上には常に雲があったため、草薙剣は天叢雲剣とも呼ばれる。

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