第27話「レガリア」

「三種の神器が何か?」


 いつものダボダボな格好から、外着に着替えようとしていた江を捕まえて、三種の神器について問う。

 これからネット友達の竜子と遊びにいく予定だったのだろう。止められて不機嫌である。

 なぜか外着をしまい込んでしまう。


「レガリアのことでしょ」

「レガリア?」

「王を象徴するアイテム。中国の皇帝なら伝国璽でんこくじ。キリスト教圏なら王冠クラウン王笏セプター宝珠オーブの3つ」

「ああ、聞いたことある。三国志に出てくるやつだよな。あの金印を巡って、誰が皇帝になるか争っていた気がする」

「金印じゃないし。あれは地位を認めた印章、つまり印鑑だけど、位によって材質が違うの。一番高い、中国皇帝が玉、宝石ね。続いて金、銀、銅と決まっているのよ」

「へえ、そうなんだ。じゃあ、日本で見つかった金印はその二番目なんだな」

志賀島しかのしまで見つかった金印ね。“漢委奴国王かんわのなのこくおう”と書かれてて、奴国の王様と認めたものだと言われているわ。国璽こくじだから材質は金。後漢書東夷伝ごかんじょとういでんに書かれているものと同一なら、西暦57年に中国から送られたもの、ということになるわね」


 江は律儀に説明してくれる。


卑弥呼ひみこがもらったのも金印だっけか?」

「“親魏倭王しんぎわおう”の金印ね、あれも国璽だから金。こっちは238年のことで、三国志末期の頃。劉備や曹操たちはすでに亡くなり、魏の勝利が確定してる。魏志倭人伝ぎしわじんでんを信じるなら、皇帝・曹叡そうえい邪馬台国やまたいこくに送ったことになる」


 日本の王は、中国の皇帝に王位を認めてもらうことで、権威を強化したと言われている。皇帝にしたら、お前は俺の臣下だから、という従属の意味が含まれている。


「そういえば、秦の始皇帝しこうていが名前の通り、ファーストエンペラーとして玉璽を作り、皇帝の証としたけど、その前は九鼎きゅうていと呼ばれる三本足の鍋だったみたいねー。中国全土9個の州から青銅を集めて造ったっていうのが、統一の象徴になるってわけ!」


 初が補足してくれる。


「キリスト教圏のレガリアは、王冠と杖と玉。王様の肖像画をたぶん見たことあると思う。あと有名なのはロンギヌスの槍ね」

「おおっ、ロンギヌスぅ! エヴァでおなじみの槍だね!」


 初はアニメ『エヴァンゲリオン』シリーズに登場する巨大な槍のことを言っている。


「ロンギヌスの槍は、十字架にはりつけにされたイエス・キリストが亡くなっているか確認するために突いた槍で、ロンギヌスはその突いた兵士の名前らしいわ。その後、聖遺物として、この槍を手に入れた者は世界を制すると言われ、ローマ皇帝に引き継がれていくの。フランスのシャルルマーニュはこの槍を手に入れて、47回勝利したと言われているわ。槍を落とした直後に亡くなったみたいだけど」


 シャルルマーニュとはカール大帝のことである。フランク王国の国王で、のちに西ローマ帝国の皇帝となる。現在のヨーロッパ国家の基礎を作り上げたことから、ヨーロッパの父と呼ばれているらしい。


「シャルルマーニュといえばジョワユーズ! シャルルマーニュが愛用していた剣で、フランス国王に引き継がれていくんだ! ロンギヌスの槍が埋め込まれているんじゃ、って説もあるよ!」

「うん。ジョワユーズもフランス王家の権威の象徴となって、国王の肖像画に書かれてるし、ナポレオンの戴冠式にも登場してる。ナポレオンはロンギヌスの槍も探し求めたんだけど、フランス革命の渦中で紛失してしまったみたい」

「あー、ナポレオンに取られないように隠したとか言われてるねー。その後、フランスを制圧したヒトラーも、ロンギヌスの槍を探し求め、ついにゲットするんだけど、アメリカ軍に奪われ、なんかの偶然かその直後にヒトラーは自決することになるんだ」


 2000年前のものが近代まで影響を及ぼしているのは、感慨深いものがある。レガリアを求めて、多くの戦が引き起こされたのだ。


「日本にもそういうのありそうだな。その家に代々伝わる剣とか」

「あ! それだよ、叔父さん!」

「へ?」

「戦国時代に関係するレガリア! たぶん、手紙はそれを調べろって言ってるんだよ!」

「そ、そうなのか……?」


 確かに「八咫鏡」「八尺瓊勾玉」「草薙剣」の三種の神器は天皇のもので、あまり戦国時代の武将は関係ない。


「武士に関係するの、何かあったかなー? なにかない、シエ」

「うーん……。名刀は基本的に代々伝わる家宝だけど、数が多すぎるし……」

「へえ、そうなんだ。じゃあ、鎧とか?」


 刀が難しければ鎧はどうだろう。鎧は現存するものも多いし、有名なものもあるかもしれない。


「それだよ、それ! 武士の伝説級アイテム! 源氏の鎧!」

「え……エフエフ?」

「ファイナルファンタジーじゃないよ! ほんとにあった鎧! 源氏八領げんじはちりょうといって、源氏に伝わる伝説の鎧が8個存在するの!」

「お、なんかカッコイイな」

「でしょでしょ! 手紙はこれを指してるんだよ!」


 3つではなく8つなのではとツッコみたいが、「三種の神器」を「レガリア」と読めば、間違っていない気もする。


「……さっきから何を言ってるの? 手紙って何?」


 江に不審がられる。


「あ、なんでもないから。大丈夫大丈夫。それより源氏八領ってなんなんだ?」

「怪しいし……」


 無理矢理、話を変える。


源太が産衣げんたがうぶきぬ八龍はちりょう楯無たてなし薄金うすかね膝丸ひざまる沢瀉おもだか月数つきかず日数ひかずの8個。源氏に代々伝わる鎧なんだけど、激戦の中で失われていき、今では一つしか残っていないんだー。平安時代末期に、皇位継承問題で派閥争いが激化して、武士を巻き込んだ紛争に発展するの。そんで、藤原の摂関家も、源平も真っ二つになって争うんだ。保元ほうげんの乱ってやつね。そこでまず、負けた為義ためよし方の鎧はどっかいっちゃう」

「そういうのはセットでそろえておきたいよな……」


 親子兄弟とはいえ、敵味方に分かれて戦うことになれば、負けたほうが滅びるのは仕方ないかもしれない。


「その後、平治へいじの乱で源氏が平氏に負けると、ほとんどが紛失しちゃう。源太が産衣は、八幡太郎はちまんたろうと呼ばれる源義家みなもとのよしいえが生まれたときに作られた鎧で、幼名の源太丸から付けられているの。名前の通り、武士の産衣は鎧、っていうすごいアイテムねー。源氏の嫡男だけが着られる鎧として、鎌倉幕府を開いた頼朝は12才でこの鎧を着るんだけど、平治の乱で敗れ、敗走中に美濃の山中に脱ぎ捨てるはめになるんだ」

「もったいない……とは言ってられないか。重い鎧を来て逃げられないもんな」

「八龍は、8匹の龍の飾りが付いた鎧。源義平が着るんだけど、同じく平治の乱で逃げるときに脱ぎ捨てられちゃった。あとで義経が回収したみたいだけど」

「お、よかった。そのままだったら可哀想だもんな」

「そんで、現存してるのは楯無。盾がいらないほど堅いって名前の鎧ね! これも同様に源義朝が脱ぎ捨てられるんだけど、回収されるの。それを回収したのが、戦国時代の大名である武田家! この鎧が武田が源氏一族である証明になっていくわけねー」


 楯無は「御旗みはた」と呼ばれる日章旗とともに武田家に伝わっていくらしい。


「楯無といえば、武田滅亡寸前のとき、武田勝頼たけだかつよりが息子の信勝のぶかつに急遽着せたのよね」

「へえ、なんのために?」

「楯無を着られるのは武田当主のみ。武田は信長と家康に追い詰められるんだけど、信勝は信長の姪の子だから、武田当主を織田一族にするので許してほしい、という意味みたい」

「ああ、前に聞いたような気がする」

「うん。結局許されることなく、勝頼は天目山てんもくざんで、妻の北条夫人、信勝とともに自害するわ」


 北条夫人は19才、信勝は16才だったという。


「それで武田家滅亡ってわけか。楯無はどうなるんだ、その後?」

「隠すんだけど家康に見つかって菅田天神社かんだてんじんじゃに奉納される」


 三種の神器に関して考えられる情報はこの程度であった。

 手紙の主が何を言いたいのかはいまだ分からぬままである。

 江は僕と初が部屋を出て行ったあと、急いで着替えて、こっそり外出したようである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る