第28話「利家とまつ」
手紙はきっと兄が何かを伝えるために、僕に送ってきているのだ。
何かヒントはないだろうかと、部屋の本を読みあさっていた。
本棚の奥から、一枚の古い家族写真が見つかった。
スタジオで撮った普通の家族写真だ。若い兄が映っている。そして奥さんと少女二人。おそらく茶々と初である。江が生まれたときに奥さんが亡くなっているので、一緒に映っているはずがないのだ。
「へえ、まだこんな写真あったんだ」
何の断りもなく、初が部屋に入り込んでいた。
そういえば、この家で家族写真を見かけたことがない。最近の写真もなければ、奥さんを偲ぶ写真もない。
「お父さん、写真飾るのが嫌いでね」
写真に写る母を愛おしげに見つめる初。
奥さん亡くなったとき、初はまだ2才ぐらいのはずだ。母の記憶はほとんどないだろう。
「なんで兄は祥子さんの写真を飾らないんだ?」
「よくは分かんないけど、お母さんを思い出すのがつらいんじゃないかなー。お母さんのこと、大好きだったみたいだから」
兄が結婚したときのことはよく覚えている。
兄が19才、僕はまだ小学生だった。
駆け落ち同然で家を飛び出していったので、僕は兄がどれだけ愚かな人間なのか、親に教えられることになる。
兄には決められた結婚相手がいたが、親の意向を無視して、好きな女性と結婚したのだ。兄がどれだけ祥子さんのことを愛していたか分かる。
「寂しくないか?」
「全然! お姉ちゃんもシエもいるし、友達もいっぱいいる。それに、今は叔父さんもいるしね!」
子供たちは強く育ったようである。
兄がいなくなった家では、僕に強い期待と責任を押しつけるようになった。親が結婚相手を決めるくらいの面倒な旧家なのである。親に言われるままに、僕は責任放棄をした兄を嫌っていたし、期待に応えるための努力に何の疑問も感じていなかった。学校では常に首位を取り続け、一流の大学に行き、一流の会社に就職した。
しかし、その末路はオーバーワークによるリタイアである。親に面汚しだと散々罵られ、今ではまったく連絡を取っていない。
「何か分かったことあった?」
「ん? ああ、手紙のことか。何にもないな」
「えっと確か、一枚目は、
「そうだな。特に共通点がないのが……困ったところなんだけど」
「共通点か……。んー……信長かな?」
「信長?」
「本能寺は言わずもがな、信長のことだし、洛中洛外図を送ったのも信長。三種の神器のある
「ほんとだ……」
初が推測したとおり、三枚の手紙は織田信長に関係しているようであった。
「信長かあ。信長がどうしたんだろうなー。信長が何かに関係してるのかなーー」
初は腕組みをして考え込み、だんだんのけぞっていき、ベッドの上でブリッジの状態になる。
「うん、分かんないや!」
「だよなぁ……」
ここの手紙の内容について調べはしたが、それが何のために調べさせているのか、またそれが何に関係していることか分からないのだ。
「もっと自由な発想が必要じゃな」
武士っぽい台詞をいう初。
「自由な発想?」
「うむ。歴史を解釈するには自由な発想が必要なのじゃ。現実は、目の前にある史料だけではござらぬ。我々は武将たちが何をしてどういう人物だったかを知るのに、古文書や手紙を読み解くほか、手段がござらぬ。400年前に生きていた人物に話を聞くことはできぬゆえな。じゃが、一人の人間を語るには、それだけでは足りぬ。偉人といえど、我らと変わらぬ普通の人間じゃ。己のすべてを表に晒すわけもなく、一日の行動をすべて書に記すはずもない」
「な、なるほど。現代に残っているのが少しの史料というだけで、その時代に生きたその人には、そこに多くの情報があったはずなんだな。それを見ないで、その人を判断するには早すぎる」
「左様」
今あるのは三枚の手紙のみ。答えを導き出すには、その周りにある不特定多数の情報も必要なのだ。しかし、その情報を限定するすべはない。だからこそ、歴史を解釈するときのように、自由な発想が必要となる。
と、初は言いたいに違いない。
「そう言われてもなあ……。雲を掴むようでまったく分からんよ……」
「だよねー……」
ブリッジ状態だった初が、ぐでんとベッドに倒れ込む。
「たとえば、
「信長の家臣だっけ?」
「うん。奥さんのお
「多っ!?」
「そんだけ多ければ、仲が良かったと言えるかもしれないけど、絶対じゃないよね?」
「ま、まあね……」
「お松さんは、幼いときにお父さんが亡くなって、お母さんが再婚するときに、連れ子は邪魔だからと、お姉さんの嫁ぎ先である前田家に預けられたんだ。そこにいたのが、前田利家。お姉さんの子だから、従兄弟にあたるわけね」
「へえ、それで結婚したのか、不思議な縁だな」
「でしょー! なんか面白いよね! でも、その従兄弟のお兄ちゃん、20才になっても結婚してなかったの」
今では成人は20才だが、当時は15才前後で、結婚も普通その辺りにするものだったらしい。
「信長と一緒に暴れ回ったかぶき者で、女なんかに興味のないホモだったのかもね!」
「えー……」
「でも、前田家にやってきた12才のお松さんと結婚し、翌年には子を産んでるんだ。それは数え年だから、満年齢で言えば12才いかないかも! これは利家ロリコン疑惑が生まれても仕方ないね!」
「えー……」
「こら、そこ! 歴史に大事なのは想像力だよ! 他にも利家とお松さんのエピソードはたくさんあって、総合して二人は仲良しだった、って結論をつけられるんだ」
ちなみに8才の年の差ぐらいは、当時よくあることだった。政略結婚で親子の差があることも珍しくなかったらしい。
利家と松は政略結婚というよりも、身近な存在として恋愛結婚に近い結婚だったのかもしれない。
「でも、利家とお松さんはとても解釈しやすいケースで、一般的にはそう言われているが、本当にどうだったか分からないってことはけっこう多いんだ」
「へえ、どんなのがあるんだ?」
「子供がいないから、仲が悪かったんじゃないかってやつ。
「そういうことか。ちょっと史料から事実を確定させるのは難しいな。現代でも、芸能人がケンカしたとニュースが流れれば、仲が悪いのかと思っちゃうけど、一回ケンカしただけで仲いいのかもしれないしな」
「そういうこと! 今ある情報だけで判断しちゃダメ! お父さんからの手紙も、一回離して考えてみるといいかもね! あと、人によって解釈は全然違うし、自分が納得できるのを見つけなくちゃ!」
「そうだな。いろんなのが考えられるけど、自分なりの答え、見つけてみるよ」
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