第25話「人柱と百万一心」

「そろそろ電気つかないかな……」

「けっこう時間かかってるねー。派手に電線切れたかな? こっちのネタはまだまだ切れないけど!


 こちらはもうお腹いっぱいだが、嵐の中の怪談はまだまだ続く模様。


「戦国時代と言えばお城だし。お城の怖い話をしてあげる」


 スマホ画面の光に照らされ、江はにやっと笑う。


「秀吉が天下統一の総仕上げとして、北条を攻めているときのこと。前田利家、上杉景勝、真田昌幸ら、東北勢が八王子城はちおうじじょうを攻めることになるの。城主不在で、家臣が防衛するんだけど敗れてしまい、豊臣軍は女子供も許さず、城内の人間を皆殺しにするの」

「やっぱそういう系の話なのね……」

「戦国時代の戦いは、戦争に勝ったあと、その土地を治めないといけないので、あまり領民まで皆殺しにすることはなかったんだけど、戦国末期は皆殺しにするケースが増えてくるのよ。八王子城も多くの人が亡くなり、川は血で赤く染まったわ」

「ああ、そうなんだ……」

「それから八王子では、ご飯を炊くと、必ず赤く染まったみたい」

「こわっ!!」


 思わず大声を出してしまう。


「これが八王子城のあかまんま伝説ね」

「血で染まった川って聞くと、ドラクエを思い出すよねー。いくら洗っても剣についた血が落ちないって」

「シェイクスピアのマクベスのオマージュね。王を殺した罪悪感で、手についた血が落ちないってやつ」


 血のエピソードは世界中どこでもあるようだ。


「北条のお城というと、白米伝説が有名ですね」

「白米? なんだそりゃ」

「豊臣方は城に流れる川をせき止め、城内を水不足にするんです。でも、城兵たちは水に困るそぶりを見せません。それどころか、馬に水をかけて洗うほどの余裕がありました。これはおかしいと思って近くで見てみると、馬にかけているのはなんと……白米でした。白米をざぁーと、流しかけることで、水があるように見せていたわけですね」

「これがほんとのライスシャワー! なんちゃって」


 初の割り込みギャグに、皆沈黙する。

 ライスシャワーは、結婚式のとき、方策や子孫繁栄を願って、白米を振りかける儀式のことである。


「さ、次は人柱ひとばしら伝説について語ってあげる!」


 初はセルフフォローで、何もなかったかのように、次の怪談を話し始める。


「人柱って……生きた人間を地面に埋めて、柱にしちゃうやつ……?」

「うん、それそれ! 事故や災害が起きたりしたとき、神や霊を鎮めるために生け贄を捧げることは、どこの国でもよくあったんだ。戦国時代でも、お城を造るときに崖が崩れたりすると、人柱を立ててたんだ。一番有名なのは、島根の松江城まつえじょう。関ヶ原の戦い後に堀尾ほりおさんが作り始めた、割と若い城ね」


 あまり歴史を知らない人間からすると、城に若いとか年寄りだとあるのかと思ってしまう。


「天守の石垣がどうしても積めず、人柱を立てようってことになるの。それで、盆踊り大会を開いて、一番踊りがうまくて可愛くて小鶴さんをさらい、地面に埋めちゃうんだ」

「いやいやいや、埋めちゃうんだ、と言われても……」


 今で言えば、県庁の役人が、お祭りでコンテストを開き、優勝者を誘拐して殺害、遺体は県庁の下、という事件である。


「天守は無事完成するんだけど、城主は急死し、改易されちゃうんだ」

「いやー、それ絶対祟りだから……」

「松江城は他にも伝説があって、天守から槍の刺さったドクロが見つかり、虚無僧こむそうは不吉だからと、自分が人柱になるんで息子をサムライにしてくれって城主に頼み込むの」


 槍の刺さったドクロは小鶴さんなんだろうか。それとも別の話なんだろうか。


「あれ、似たような話、聞いたことあるかもしれません」


 と茶々が言う。


「名前似てますけど、愛媛の松山城まつやまじょうで、盆踊りに参加していたおさよさんがさらわれたって」

「ん……わたしも知ってるかも。鳥取の米子城よねごじょうで、盆踊りに武装した人が現れ、お久米くめさんを強引にさらって、そのまま生き埋めにしたって」

「盆踊り、こええええ……」


 盆踊りに参加した美人を人柱にする習慣でもあったのだろうか……。


「美人を生け贄にするっていうのは、やっぱよくある話だよね。人の心に残り、伝説になりやすいのかも」

「そうね。和歌山城のお虎さん、愛媛の大洲城おおずじょうのおひじさんも、そう言われてたかもしれません。一方で、自分が犠牲になるから子供を保護してあげてください、というのも多いかもしれません」

「あ、さっきの虚無僧みたいな話か」

「はい。福井の丸岡城まるおかじょうは、片眼の未亡人が子供を武士にするという条件で、人柱になりました。しかし柴田勝家しばたかついえの甥である勝豊かつとよは、その約束を守りりませんでした」

「ひっでーな……」

「春になると掘が雨であふれるため、“お静の涙雨”と言われています」


 柴田勝豊は丸岡城を造った直後、秀吉の長浜城に移っているらしい。


「大分の府内城ふないじょうもだし。盲目の父を持つお宮さんが人柱になったって。あと、長浜城ながはまじょうも。おかねさんが美人だから選ばれたという話と、盲目のしのぶさんが志願したっていう話がある。でも、姉のおきくさんが妹をかばって人柱になったみたい」

「誰だって犠牲になりたくないよな……。といって、誰かがならないといけないから……」


 生け贄というだけで哀しいのに、お城にまつわる人柱の話は非常に泣けるものばかりだ。

 日本全国に、世界各国に、自ら名乗り出たり、誰かを突き出したり哀しいエピソードがあるに違いない。


「あ、でも確か……香川の丸亀まるがめじょう城。通り掛かった豆腐売りを生き埋めにしたって聞いたよ!」

「それはそれはヒドイ……」

「あとー、福島の白河小峰城しらかわこみねじょう。人柱を誰にするかもめて、お城に朝一番に来た人にしようって決まったの。そんで、一番はじめに来たのはなんと……奉行ぶぎょうの娘・おとめさん!」

「えええ……」

「どうやらお父さんのお弁当を届けに来たみたい。奉行は、来るな来るなと手で合図するんだけど、おとめさんは、来い来いと言われてると思って、寄って来ちゃったの」

「やめてくれよお、そういう話……」


 そういうのは苦手だ。胸が痛い。


「それでは、人柱にまつわるいいお話で締めましょうか」


 茶々が優しい声をかけてくれる。


「あるのか?」

「毛利元就の“百万一心しゃくまんいっしん”の話です。元就がまだ少年の頃、厳島神社いつくしまじんじゃで泣いている幼い女の子を見つけます。事情を聞くと、母と旅をしていたら、母が人柱になってしまったとのこと。元就は不憫になり、彼女を連れて帰ります。しかし自分のお城である吉田郡山城よしだこおりやまじょうにも人柱が必要になり、身寄りのない彼女が選ばれます。彼女はそれを受け入れ『恩を返すために自分が人柱になります』と元就に告げました。けれど、元就は家臣の意見を無視して人柱を立てず、“百万一心”と彫った石を地面に埋めるのでした」

「いい話だなあ……」

「“百万一心”は、人を尊び、皆で心を合わせてことにあたるべし、という意味だそうです!」


 これは反対の意味で泣ける話である。


「とくれば、締めは彦根城ひこねじょうだね。井伊直政いいなおまさの子・直勝なおかつが彦根城を造るとき、やはり人柱が必要になるの。直勝は人柱なんか嫌だと言うんだけど、奉行の娘・お菊さんが志願するんだ。父のために命を投げだそうとする娘を見て、直勝は断ることができなくなり、ついに決行されるの」

「そこまで言われちゃうと、ってやつか……」

「お菊さんは笑顔で箱に入り、奉行が涙を流す中、埋められてしまいました。その後お城は無事完成し、直勝は礼を言うために奉行を呼び出します。直勝がおもてを上げよと言い、奉行が頭を上げると……そこには死んだはずのお菊さんがいました! 直勝はやはり人柱が嫌で、埋める前に箱をすり替えていたのです!」

「おおっ! 直勝さん、かっけー!!」


 叫んだところで、ちょうど電気がついた。

 これでようやく姪っ子たちの怪談から逃れられそうだ。初は残念そうな顔をしていた。

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