第24話「戦国時代の怪談」

 蝋燭の火が消え、部屋が真っ暗になってしまったので、皆、慌ててスマホを取り出す。

 光源がすぐ手元にある便利な時代である。

 昔は油がなければ火をつけられなかったので、とても苦労したのだろう。


「火消えたし、怖い話はこんなところにしとくか?」

「えー、これからいいところなのにー!」

「まだあるのか……?」

「あるよー! じゃ、怨念つながりでいくねー!」


 姪っ子たちは明らかに状況を楽しんでいる。

 台風で停電するなんてめったにないから、お祭り感に近いものがあるのかもしれない。

 自分も子供の頃はそうだったかもしれないので、気持ちはなんとなく分かる。


「現在の福岡県、古くから宗像大社むなかたたいしゃの全権を取り仕切る宗像さんのお話でーす! 菊姫という少女がいました。14才で宗像氏男むなかたうじおに嫁ぐんだけど、大大名の大内義隆おおうちよしたか陶晴賢すえはるかたに反乱起こされたときに、氏男は殺されちゃいます。宗像家は突然な当主の死で、跡継ぎを誰にするかお家騒動が起きちゃうんだ。晴賢は姪の子である鍋寿丸なべじゅまるを跡継ぎにしたいと思い……反対派を皆殺しにする!」

「戦国時代ではよくあるお家騒動ね。鍋寿丸は菊姫の異母兄弟なんだっけ?」


 楽しそうに「皆殺し」発言をする初に一歩引いてしまいそうになるが、江にとってはとるに足らないことのようだった。当然の知識なのだろう。


「そだね。でも、菊姫の母方の実家である山田さんが鍋寿丸と対立して、晴賢は暗殺者を館に送り込むんだ。そして、菊姫や母、そこにいた人を……再び皆殺しに!」

「えー……。物騒な事件だな……。身内なんだろ?」

「うん。異母兄弟といえど、生きていては困る状況だったんだろうね」


 野心高い陶晴賢は、宗像氏を支配するために、姪(照葉)の子(鍋寿丸)を当主に据えようとした。まず、対立候補である、菊姫の夫・氏男の弟(千代松)を殺害。そして菊姫をも暗殺した、ということらしい。


「その後、関係者の不審死が続き、鍋寿丸の弟・色姫がいきなり狂乱して、『我は山田の怨霊なり!』と叫び、母の喉元に噛みつく事件が起きるんだ」

「こわっ……。憑依かよ……」

「ちなみに、色姫はこのあと立花道雪たちばなどうせつに嫁ぐことになるんだ。あ、誾千代ぎんちよのお母さんってわけじゃないからね」


 立花道雪とは、確か大友家臣で、雷神と呼ばれる猛将である。


「次はそうねぇ。九州つながりで、鍋島なべしま化け猫騒動かしら」

「化け猫? なんか急に可愛い話になったな」

「どうでしょう?」


 茶々は意味深に笑う。


「戦国時代が終わり、江戸時代に入った頃です。鍋島家は龍造寺家の家臣だったのですが、立場は逆転し龍造寺は力を失ってしまいます。龍造寺高房りゅうぞうじたかふさはそれを嘆き、妻を殺して自分も腹を斬ります。しかし家臣に制止され、なんとか一命を取り留めました」

「はあ……。部下に社長職を奪われたような感じかな……?」

「そうですね。自分の会社なのに、他の社員が偉くなりすぎて、自分の言うことを聞いてくれなくなった、というところでしょうか。高房はそうして生き残ったのですが、妻の亡霊が現れるようになり、精神をどんどん病んでいき……再び自殺を試みます」

「あ、ああ……」


 高房の妻は鍋島直茂なべしまなおしげ(※1)の孫らしい。高房としては、鍋島がにくく妻を殺したのだろう。もちろん妻は自分を殺した夫を憎んだからこそ、幽霊として出てきたに違いない。


「今度は助けることができず、亡くなってしまいます。高房の母はその無念を飼い猫に語り、自身も自害してしまいます。猫はその血を舐め、化け猫となって飼い主のために、鍋島家へ復讐しようとするのです!」

「お、敵討ちになるんだ」

「鍋島家では化け猫の目撃情報が相次ぎ、怪異な事件が多発します。その中、子も亡くなってしまったようです。しかし……化け猫は鍋島家臣によって討伐されてしまうんです。藩主の父・鍋島直茂は龍造寺の怨念のせいだと悟り、霊を鎮めるためにお寺を建立しました」

「ああ……妖怪は退治されてしまうんだ……」


 龍造寺が可哀想になり、鍋島を懲らしめてくれる話を期待していたのだが、さすがに妖怪をそのまま放っておくわけにはいかないのだろう。

 それにしても、この姪っ子たち、こういう話をしていても、まったく怖がる様子がない。

 こっちは何度、背筋が寒くなったか、分かったものではない。戦国時代の怪談はリアル過ぎるのだ。


「叔父さんは何かないのー? 怖い話」

「え、君たちが喜ぶようなのはないな……」

「えー! なんでもいいから、なんか話してよー!」

「そう言われてもな……。あー、呪いの刀とか? 正宗まさむねだっけ?」

村正むらまさだし」


 江に冷たく突っ込まれ、沈黙の間ができる。

 分かってはいたが、彼女たちには当たり前すぎる情報なのだろう。


「妖刀村正はゲームなどにも登場してるみたいで、けっこう有名ですよね。歴史的には家康に関係が深く、徳川を滅ぼす刀とも言われています」

「あー、そうなんだ」


 茶々は申し訳なさそうにフォローしてくれる。うろ覚えの知識ですみません。


「家康の祖父が村正で殺されたのを始まりとして、様々なところで村正が家康の人生に関わってきます。嫡男の信康のぶやすが切腹に使った短刀、奥さんの瀬名せなを処刑した刀は村正だと言われています。また、関ヶ原の戦いで、信長の弟・織田有楽斎おだうらくさいが敵将を討ち取り、家康がその名槍を確かめていると、家康は手をケガしてしまいます。有楽斎はその槍が村正作だったので、『家康様の家臣が村正を使うわけにはいかない』と、槍を壊してしまいます。家康はあまりにも村正が不幸をもたらしてくるので、村正を破棄するように命じました」

「もったいない……というのは現代の感覚なのかな」

「呪いはそれだけではありませんでした。大坂の陣で、家康人生最大のピンチが訪れます。敵の大将・真田幸村が家康の本陣を奇襲してきます。幸村は家康を見つけるやいなや、家康に向かって刀を投げつけました! 家康はあとちょっとのところで交わしますが、その刀は……そう、村正だったんです……」

「ただの偶然だとは思うけど、不思議な因果があるんだろうな……」

「そうですね。でも、それから何十年も先のことですが、新井白石あらいはくせきが村正の伝説について触れているようなので、実際にそのような噂は、当時もあったようです」


 次は初が口を開く。


「あまり怖い話じゃないけど、こういうのどうかな。泥足毘沙門天どろあしびしゃもんてんの話」

「毘沙門天? 七福神だっけ」

「うん。七福神のひとつで、多聞天たもんてんとも言われているね。上杉謙信は武神である毘沙門天を信仰していて、毘沙門堂で毎日祈りを捧げてたんだ。あるとき、謙信が戦場から帰ってくると、お堂の中に足跡があって、足跡は毘沙門天のところまで続いているの。謙信は『毘沙門天が我ととともに戦場を駆け巡ってくれたのだ』と喜んだっていう!」

「ああ、そういう話聞いたことある。ちゃんとお祈りしていると、仏が助けてくれるのってあるよな」

「うん、日本定番のほっこりストーリーだね! そういうの、あたしけっこう好き!」

「じゃあ、わたしもほっこりするのを」


 と江が語り始める。


「最近、池の水を抜く番組が流行ってるけど、あれ、信長もやったことあるし」

「え? 戦国時代にそんなことしたの?」


 テレビ番組では池の水を抜いて、池を掃除したり、外来生物を排除したりしている。戦国時代にやる必要があるのだろうか?


「池に大蛇が出ると聞いて、信長は調査のために池に出向いたのよ。それで村の人を総動員し、桶を使って水をくませたの」

「ポンプないもんな……。当時は死ぬほど大変だったんだろうな……」


 気が遠くにある話である。


「ある程度水がなくなると、信長は『よし、俺が大蛇を退治してきてやる』と言って、刀を口にくわえ、池に飛び込んだの」

「お、すごい。信長って怖いイメージあるけど、案外やんちゃなところあるんだな。で、どうだったんだ?」

「何もいなかった」

「え……」

「大蛇なんているわけないし」

「えー……」


 それを言ったらお仕舞いよ……。




※1 鍋島直茂と主君の竜造寺隆信は義理の兄弟。隆信の母が押し入るように、直茂の父に後妻になったため。二人は主従として兄弟として協力しあうが、隆信が死ぬとパワーバランスが崩れてしまう。

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