第24話「戦国時代の怪談」
蝋燭の火が消え、部屋が真っ暗になってしまったので、皆、慌ててスマホを取り出す。
光源がすぐ手元にある便利な時代である。
昔は油がなければ火をつけられなかったので、とても苦労したのだろう。
「火消えたし、怖い話はこんなところにしとくか?」
「えー、これからいいところなのにー!」
「まだあるのか……?」
「あるよー! じゃ、怨念つながりでいくねー!」
姪っ子たちは明らかに状況を楽しんでいる。
台風で停電するなんてめったにないから、お祭り感に近いものがあるのかもしれない。
自分も子供の頃はそうだったかもしれないので、気持ちはなんとなく分かる。
「現在の福岡県、古くから
「戦国時代ではよくあるお家騒動ね。鍋寿丸は菊姫の異母兄弟なんだっけ?」
楽しそうに「皆殺し」発言をする初に一歩引いてしまいそうになるが、江にとってはとるに足らないことのようだった。当然の知識なのだろう。
「そだね。でも、菊姫の母方の実家である山田さんが鍋寿丸と対立して、晴賢は暗殺者を館に送り込むんだ。そして、菊姫や母、そこにいた人を……再び皆殺しに!」
「えー……。物騒な事件だな……。身内なんだろ?」
「うん。異母兄弟といえど、生きていては困る状況だったんだろうね」
野心高い陶晴賢は、宗像氏を支配するために、姪(照葉)の子(鍋寿丸)を当主に据えようとした。まず、対立候補である、菊姫の夫・氏男の弟(千代松)を殺害。そして菊姫をも暗殺した、ということらしい。
「その後、関係者の不審死が続き、鍋寿丸の弟・色姫がいきなり狂乱して、『我は山田の怨霊なり!』と叫び、母の喉元に噛みつく事件が起きるんだ」
「こわっ……。憑依かよ……」
「ちなみに、色姫はこのあと
立花道雪とは、確か大友家臣で、雷神と呼ばれる猛将である。
「次はそうねぇ。九州つながりで、
「化け猫? なんか急に可愛い話になったな」
「どうでしょう?」
茶々は意味深に笑う。
「戦国時代が終わり、江戸時代に入った頃です。鍋島家は龍造寺家の家臣だったのですが、立場は逆転し龍造寺は力を失ってしまいます。
「はあ……。部下に社長職を奪われたような感じかな……?」
「そうですね。自分の会社なのに、他の社員が偉くなりすぎて、自分の言うことを聞いてくれなくなった、というところでしょうか。高房はそうして生き残ったのですが、妻の亡霊が現れるようになり、精神をどんどん病んでいき……再び自殺を試みます」
「あ、ああ……」
高房の妻は
「今度は助けることができず、亡くなってしまいます。高房の母はその無念を飼い猫に語り、自身も自害してしまいます。猫はその血を舐め、化け猫となって飼い主のために、鍋島家へ復讐しようとするのです!」
「お、敵討ちになるんだ」
「鍋島家では化け猫の目撃情報が相次ぎ、怪異な事件が多発します。その中、子も亡くなってしまったようです。しかし……化け猫は鍋島家臣によって討伐されてしまうんです。藩主の父・鍋島直茂は龍造寺の怨念のせいだと悟り、霊を鎮めるためにお寺を建立しました」
「ああ……妖怪は退治されてしまうんだ……」
龍造寺が可哀想になり、鍋島を懲らしめてくれる話を期待していたのだが、さすがに妖怪をそのまま放っておくわけにはいかないのだろう。
それにしても、この姪っ子たち、こういう話をしていても、まったく怖がる様子がない。
こっちは何度、背筋が寒くなったか、分かったものではない。戦国時代の怪談はリアル過ぎるのだ。
「叔父さんは何かないのー? 怖い話」
「え、君たちが喜ぶようなのはないな……」
「えー! なんでもいいから、なんか話してよー!」
「そう言われてもな……。あー、呪いの刀とか?
「
江に冷たく突っ込まれ、沈黙の間ができる。
分かってはいたが、彼女たちには当たり前すぎる情報なのだろう。
「妖刀村正はゲームなどにも登場してるみたいで、けっこう有名ですよね。歴史的には家康に関係が深く、徳川を滅ぼす刀とも言われています」
「あー、そうなんだ」
茶々は申し訳なさそうにフォローしてくれる。うろ覚えの知識ですみません。
「家康の祖父が村正で殺されたのを始まりとして、様々なところで村正が家康の人生に関わってきます。嫡男の
「もったいない……というのは現代の感覚なのかな」
「呪いはそれだけではありませんでした。大坂の陣で、家康人生最大のピンチが訪れます。敵の大将・真田幸村が家康の本陣を奇襲してきます。幸村は家康を見つけるやいなや、家康に向かって刀を投げつけました! 家康はあとちょっとのところで交わしますが、その刀は……そう、村正だったんです……」
「ただの偶然だとは思うけど、不思議な因果があるんだろうな……」
「そうですね。でも、それから何十年も先のことですが、
次は初が口を開く。
「あまり怖い話じゃないけど、こういうのどうかな。
「毘沙門天? 七福神だっけ」
「うん。七福神のひとつで、
「ああ、そういう話聞いたことある。ちゃんとお祈りしていると、仏が助けてくれるのってあるよな」
「うん、日本定番のほっこりストーリーだね! そういうの、あたしけっこう好き!」
「じゃあ、わたしもほっこりするのを」
と江が語り始める。
「最近、池の水を抜く番組が流行ってるけど、あれ、信長もやったことあるし」
「え? 戦国時代にそんなことしたの?」
テレビ番組では池の水を抜いて、池を掃除したり、外来生物を排除したりしている。戦国時代にやる必要があるのだろうか?
「池に大蛇が出ると聞いて、信長は調査のために池に出向いたのよ。それで村の人を総動員し、桶を使って水をくませたの」
「ポンプないもんな……。当時は死ぬほど大変だったんだろうな……」
気が遠くにある話である。
「ある程度水がなくなると、信長は『よし、俺が大蛇を退治してきてやる』と言って、刀を口にくわえ、池に飛び込んだの」
「お、すごい。信長って怖いイメージあるけど、案外やんちゃなところあるんだな。で、どうだったんだ?」
「何もいなかった」
「え……」
「大蛇なんているわけないし」
「えー……」
それを言ったらお仕舞いよ……。
※1 鍋島直茂と主君の竜造寺隆信は義理の兄弟。隆信の母が押し入るように、直茂の父に後妻になったため。二人は主従として兄弟として協力しあうが、隆信が死ぬとパワーバランスが崩れてしまう。
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