第23話「戦国時代の妖怪」

「戦国成分っていったら、清姫きよひめ伝説なんてどうかな!」

「清姫は平安時代だし」


 江は初の提案を却下する。

 妖怪トークは前回に引き続き行われていた。


「それはそうだけど、一応、戦国時代と接点あるんだよ! 現在の和歌山の話ね。安珍あんちんっていうめっちゃイケメンのお坊さんがお参りにやってきて、地方領主の家に泊めてもらうの。そこで娘の清姫が安珍に一目惚れしてしまい……なんと夜這いをしちゃうんだ!」

「よ、夜這い……?」

「夜、安珍の寝る部屋へ襲撃! 普通なら若くて可愛い娘の訪問ならラッキーかもしれない。でも、安珍は修行中の身だから困るわけ。あとで戻ってくるからと、ごまかして逃げ出ちゃうんだ。清姫は騙されたことに気づき、安珍のあとを追いかけ、問い詰めるんだけど、安珍は再びウソをついて逃げようとするの。最終的には、熊野権現くまのごんげんにお祈りして、清姫を金縛りにして逃げちゃう」

「うわあ、ただのストーカーだな……。神様に頼りたいのも分かる」

「そう。まさにストーカー! そして、少女の思いはその身の姿すらも変えてしまうのです! 怒り狂った清姫は大蛇に変身して、火を噴きながら安珍を襲い始めます! 安珍は道成寺どうじょうじに逃げ込み、鐘の中に隠してもらうんだけど、そんなの蛇になった清姫には通用しません! 鐘ごと安珍を火で包み込み、焼き殺しちゃうんだ!」

「おいおい……」

「哀しいよねー。愛する人を自らの手で殺してしまい、絶望する清姫は川に入水するっていうお話でした~」


 ストーカーの上、願いが叶わないと分かると、相手を殺害して自殺。とんでもない事件である。


「そんでね、時は流れ戦国時代、秀吉が紀州攻めをしているとき、家臣の仙石秀久せんごくひでひさがその鐘を見つけ、ちょうどいいと言って、合戦の合図をするときに使い始めるんだ」

「え、それ大丈夫なのか……?」

「バチあたりだよね。たぶんダメだったんだと思う! そのあと、持ち帰って京都の妙満寺でお祓いをしたみたい」

「ほとんど戦国関係ないし」


 江がツッコミを入れる。


「えー、関係あるじゃん! だって、鐘見つけたのが、仙石せんごくさんだよ!?」


 初のギャグに、江は引きつったあきれ顔で返す。


「まあまあ……。戦国時代にもちゃんと妖怪はいるから。そうですね、刑部姫おさかべひめなんてどうかしら?」


 茶々が間を取り持ち、戦国怪談を始める。


「関ヶ原の戦い後、姫路城主・池田輝政いけだてるまさは次の大戦に備えて、新しく天守を作りました。すると、輝政は突然体調を崩して寝込んでしまいます。妖怪の仕業ではないかと、比叡山ひえいざんより偉いお坊さんを呼びます。すると美しい女性が現れ、追い払おうとするのですが……」

「お、怪談らしくなってきた……」

「女性は6メートルもある巨大な鬼へと変身して、お坊さんを蹴り殺してしまうのです」

「こわっ!」

「その後、天守に祭壇が作られ、悪いことは起きなくなります。しかし、城主は年に一回、刑部姫と面談しないといけません」

「面談……?」

「はい。妖怪と二人っきり。姫様自ら、その年の運命を占ってくれるそうですよ」


 茶々はにっと笑う。


「城主ってつらいな……」


 坊主を蹴り殺してしまうような妖怪と毎年一回会わないといけないなんて、嫌な織姫である。


「刑部姫の正体は、狐だとかコウモリだとか言われてるよ! あと、ちょっと時代は変なんだけど、彼女は宮本武蔵みやもとむさしに会ってるんだ」


 初の追加情報が入る。


「武蔵ってあの?」

「二刀流の剣豪ね! 佐々木小次郎ささきこじろう巌流島がんりゅうじまの戦いで勝った人! 武蔵は天守に幽霊が出るからと調査を依頼され、天守で一晩過ごすの。幽霊があれこれ驚かせようと、火出したり震わせたりするんだけど、武蔵は怯えることなく、むすっと天守に居座り続けるんだ! 次にまた天守に泊まると、神様と名乗る女性が現れ、『悪い古狐はあなたに怯えて出て行きました、ありがとう』って名刀・郷義弘ごうのよしひろをプレゼントしてくれるんだ」

「へえ、いい話じゃないか」

「話はまだ終わってませーん! 実はこの女性こそが刑部姫だったのでーす! 刀は城主が秀吉からもらった大切な家宝。刑部姫は武蔵が家宝を奪ったと罪を着せて追い出そうとしたんだよ!」

「うわっ、エグイな……。神様からもらったら、疑わずに喜んじゃうよな」

「でも、なんとか武蔵は助かるの。さらに刑部姫は人に化けて武蔵の弟子になろうとするんだけど、武蔵はまた見破っちゃうんだー」


 天下に名の知れた剣豪・宮本武蔵。妖怪退治もお手の物だったようだ。


「幽霊なら、黒百合くろゆり伝説もあるし。信長の家臣である佐々成政さっさなりまさには、小百合さゆりという美しい奥さんがいるんだけど、周りに嫉妬されて……そ、その……」


 話し始めた江が口ごもってしまう。


「小百合さんは成政の寵愛ちょうあいを受けて、懐妊するんだ! その仲睦まじさは、周りを嫉妬させるほど! 女の嫉妬は恐ろしくて、他の側室がその子は成政の子じゃない、って噂を流しちゃうんだ!」


 恥ずかしがる江の代わりに、初がサバサバと話し始める。


「出張から帰ってきた成政は、その噂を真に受けて激怒! 小百合さんの髪をつかんで引きずり、えのきに逆さづりにし、滅多斬りにしちゃうんだよ!」

「いやいやいや……」


 怪談とか関係なく、ただ怖い話になっている。


「小百合さんは死ぬ前に、『立山たてやまに黒百合が咲いたら佐々家は滅亡するだろう』と言い残するんだ。その言葉の通り、成政は秀吉に降伏することになり、富山から熊本に飛ばされ、国政の失敗を問われて切腹させれちゃうの。小百合さんが亡くなった神通川じんつうがわには鬼火おにびが出るようになり、“ぶらり火”と呼ばれてるみたいよー」

「怨念のなせるわざか……」

「怨念といえば、有名なのがあります。大谷吉継おおたによしつぐの呪いです」


 今度は茶々の番であった。


「大谷吉継は関ヶ原の戦いで、石田三成側で戦うのですが、小早川秀秋こばやかわひであきが突然裏切り、近くにいた吉継はあっという間に押しつぶされ、自害することになります。そのとき吉継は秀秋にこう言いました。『人面獣心じんめんじゅうしんなり。三年の間に祟りをなさん』と。獣のような心を持った人でなしだと、秀秋を批判したんですね。秀秋は戦いで勝利しますが、吉継の言葉の通り、二年後の1602年、21才の若さで病死しました」

「怨霊となって呪い殺したんだな……」

「いろんな人に裏切り者と言われ、お酒の飲み過ぎでアルコール中毒になり、それが死因みたいなんですけどね」

「大谷さんに比べるとマイナーかもしれないけど、城井鎮房しろいしげふさも怨念もすごいもんだよ!」


 初がさらなる怨念を付け足そうとする。


「城井さんは福岡の武将ね。秀吉の攻撃を受け、恭順の証として、娘の鶴姫を黒田官兵衛の息子・長政に嫁がせるんだ。でも、官兵衛は城井さんを宴会の席で殺害、控えていた家臣も皆殺しにしちゃうんだ。そんで鶴姫もはりつけにされて殺されちゃう」

「それはちょっとひどいな……」

「うん。怨念はすさまじく、その後、黒田家には何度も不幸が起こるの。次々に跡継ぎが亡くなり、黒田本家は断絶する。家臣が殺された合元寺ごうがんじは、壁を何度白く塗っても、血が浮かび上がってくるから、赤く塗ったみたい」

「こわっ! それこそ怪談だな……」


 戦国時代はこういう血なまぐさい事件が多いようである。


「時代はちょっと前だけど、怨念で忘れちゃいけないのが平将門たいらのまさかどだし」

「ああ、聞いたことあるな、その名前。教科書に出てくるよね」

「うん。名の通り、平家の武将で、関東で反乱を起こすの。藤原秀郷ふじわらのひでさと(※1)に討伐されて、首が京都で晒されるのだけど、その首は生きているかのように、にらんだりしゃべったりして、最終的には自分の体を探して関東へ飛んでいくの。着いたところが東京の大手町。それから首塚を粗末に扱うと、悪いことが起きるって伝説があるわ」

「え、どんなのが?」

「某ゲームで将門を出したら、原因不明のトラブルが続出。お祓いに行ったら収まったみたい。あっ……」


 突然、蝋燭の火が消え、部屋は真っ暗闇に包まれた。


「きゃああああ!? 将門公の呪いだーーー!?」




※1 藤原秀郷は俵藤太たわらとうたとも呼ばれる。妖怪のムカデや百目鬼どどめきを倒した伝説がある。ムカデ倒した褒美として龍神にもらった「蜈蚣切むかでぎり」が現在も残っている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る