第22話「平安妖怪バスター」

 どうしてこうなったのか、姪っ子たちと怪談大会になっていた。

 台風で停電してしまったので、蝋燭ろうそく一本を囲んで、それぞれとっておきの怖い話をし合っている。

 台風で電気が使えないという状況なのに、そこをさらに怖さで楽しむとは、肝の据わった姪っ子たちである。

 怪談といっても、もちろん彼女らは、歴史関連の話ばかりであった。


「戦国時代って、あんまり有名な幽霊とか妖怪いないんだよねー。平安時代は大妖怪がいっぱいいるのにー」

「江戸時代になると、怪談が娯楽になるので、みんなが知ってる妖怪がたくさん生まれるんですけど、その間の戦国時代は案外いないんですよね……」

「仕方ないし。平和な時代だからこそ、怖い話が欲しくなるの。戦国時代は常に死と隣り合わせだから」


 姪っ子たちは、戦国時代に有名な妖怪がいないらしく残念そうにしている。


「平安時代の妖怪って、どんなのがいるんだ?」


 3つのあきれ顔が蝋燭の火でぼんやり浮かび上がる。

 妖怪なんて普通知らないと思うのだが、姪っ子たちにはごく当たり前のことなのだろう。


酒呑童子しゅてんどうじとか、聞いたことない?」

「しゅてん……? ドラゴンボール……?」

「それ、武天老師むてんろうし! 亀仙人だから! 怪談ついでに話してあげる」


 初が生き生きとした感じで話し始める。


「時は西暦955年、あの有名な陰陽師おんみょうじ安倍晴明あべのせいめいが活躍していた大妖怪時代。大江山おおえじまに酒呑童子という鬼がいて、人がさらわれたり殺されたりして、京都は大騒ぎになってたんだ。そこで、武勇名高い、源頼光みなもとのらいこうが鬼退治を命じられるの。酒呑童子はあまりにも強力すぎるので、頼光は酒呑童子にお酒を飲まして眠らし、その間に首を取っちゃうんだ」

「そんな話聞いたことあるな」

「たぶん、神話でかな。スサノオが八岐大蛇やまたのおろちを倒した手法と同じなんだね。頼光は今でいうところのゴーストバスターをやってて、頼光四天王と呼ばれる渡辺綱わたなべのつな坂田公時さかたのきんとき碓井貞光うすいさだみつ卜部季武うらべのすえたけを連れて、他にも悪い鬼を倒してたんだ~」

「鬼退治なんて本当にあったんだな」

「うん。源頼光はその名の通り源氏で、実在する凄腕の武士だったんだ。あ、光源氏は実在しないからね。ちなみに、頼光が酒呑童子を斬った刀は“童子切どうじぎり”と言われ、今も残っているよ。あと妖怪退治アイテムとして有名な“鬼切安綱”おにきりやすつな髭切ひげきり”“膝丸ひざまる”っていう刀も頼光ゆかりの品なんだ! 名刀好きにはたまらないキャラよね!」


 こやつ、実在の人物をキャラと言いおった。


「あ、そうだ、坂田公時は金太郎のことね!」

「え、あの絵本に出てくる金太郎?」

「そう。“金”と書かれた前掛けに、マサカリかついで、クマに乗ってる人!」


 意外な人物が鬼退治に関わっていてビックリする。

 というより、鬼退治もただの伝説なんだなと疑ってしまう……。


「平安時代で忘れちゃいけないのはぬえですね」


 次は茶々が語り始める。


「鵺?」

「日本版キメラです。頭がサル、胴がタヌキ、手足がトラ、尻尾がヘビの化け物です。これは頼光の一族である源頼政みなもとのよりまさが退治します」

「いろいろまじってる妖怪か。源がゴーストバスターの家系とは面白いもんだな……」

「武士は妖怪なんか恐れませんからね。武士が妖怪退治に関わった話は他にもいろいろありますよ。頼政は鵺を弓で打ち落とし、バラバラにして流したそうです。そして倒したご褒美に名刀“獅子王”《ししおう》をもらいます。その後も出世を続け、朝廷の中で重要ポジションとなります。しかし源平合戦が始まると、すでに77才の高齢ながら勇敢に戦い、平等院で包囲されて自害するんです……」

「へえ、合戦にも参加しているのか」


 化け物退治をしたと言われると伝説の人物なのかと思ってしまうが、合戦に参加しているとなると急に現実味を帯びてくるから不思議だ。


安倍晴明あべのせいめいと言えば、説明不要の有名な陰陽師おんみょうじだけど、その力の秘密は母にあると言われているわ」


 間断なく江が妖怪トークを続ける。


「清明の母は葛の葉くずのはといって、狐なの」

「狐!?」

「うん、白い狐。清明の父が猟師に襲われてる狐を助けてあげると、今度は狐が人に化けて恩返しをしてくれるのよ。二人は仲良くなりいずれ結婚するの」

「これが本当の“狐の嫁入り”ってわけね!」


 初がギャグを入れ込むが、江はスルーして話を続ける。


「その後、正体がバレてしまい、葛の葉は“恋しくば 訪ね来て見よ 和泉なる信太の森の うらみ葛の葉”という句を残して、泣く泣く去っていくの。言われたとおりに清明が森を訪ねてみると、水晶の玉をくれ、晴明は優秀な陰陽師になるわけね。映画とかでおなじみだけど、蘆屋道満あしやどうまんに勝ち、最強とも言える力を持っていたの」

「なるほどね。狐の子と聞くと、なんだか神秘的だな」

「でしょう? そういうところが現実と幻想の混じり合った平安時代の良さなの」


 どうせ伝説だろうと疑ってかかっていたが、何が現実であるか、わざわざ区別する必要はないのかもしれない。面白いと感じるのが重要なのだろう。


「狐といえば、日本一有名な狐が平安時代に出てくるよ! その名も玉藻前たまものまえ!」

「ああ、聞いたことあるかもしれない。なんだっけ、傾国の美女?」

「そだねー。美貌で鳥羽上皇とばじょうこうを魅了したって言われてる。でも、安倍晴明が見破って、白面金毛はくめんこんもう九尾の狐の姿となって逃げ出すの。いわゆる“九尾きゅうびの狐”ね。その後、現在の栃木で発見されて討伐されるんだけど、 その場で石になっちゃうんだ。石を壊そうとするんだけど、近づく人がバタバタと倒れて死んでしまうので、“殺生石せっしょうせき”と呼ばれるようになるわ」

「なんだそりゃ、怖いな……」

「実際は、ただの火山ガスなんだけどね。火山から出る有毒ガスで、吸った人は死んじゃうってわけ」

「ああ、それに尾ひれはひれ付いて、伝説になってったわけか」

「だね。その後、殺生石はハンマーで打ち砕かれるんだけど、その破片が全国各地に飛んでいって、新たな伝説作ってる!」


 伝説に登場するものが、現代に残っていて、実際に見られるというのは、とても感慨深いものがある。機会があれば、殺生石伝説を追ってみるのもよいかもしれない。


「酒呑童子、玉藻前とくれば、次は大嶽丸おおたけまる(※1)ですね。この三人を日本三大妖怪と言います。時代はちょっと戻って平安初期です。大嶽丸は伊勢の鈴鹿山すずかやまに住む妖怪で、征夷大将軍せいいたいしょうぐんであった坂上田村麻呂さかのうえのたむらまろ(※2)が退治を命じられます」

「教科書でならったな。元祖・征夷大将軍なんだっけ?」

「はい。文字の通り、東方を平定するための将軍のことで、のちの時代はただ単に武士の棟梁を意味するようになります。田村麻呂は大嶽丸を探しに鈴鹿山に入るのですが、山中をさまよい、鈴鹿御前すずかごぜんという女性と出会い、恋に落ちます」

「落ちるんだ……」

「運命の出会いですね! 実は鈴鹿御前は天女で、大嶽丸と戦うすべを教えてくれます。大嶽丸をおびき寄せ、神通の鏑矢や騒速そはやの剣を用い、激戦の末に大嶽丸を倒しました。その後、復活した大嶽丸を再び倒し、二人は仲良く暮らしたといいます」

「へえ、征夷大将軍が天女と結婚とはすごいな」

「ロマンありますよね。征夷大将軍といえば……戦国分が不足してる気がします。次は戦国時代のお話をしていきましょうか」

「あ、はい……」


 妖怪トークはまだまだ続くようだ。



※1 大嶽丸は「三明の剣」と呼ばれる3つの剣を持っていた。この剣を打ち直したのが「あざ丸」「しし丸」(獅子王)「友切丸」(髭切)だと言われている。あざ丸はのちに丹羽長秀にわながひでが入手する。

※2 坂上田村麻呂は征夷大将軍に任じられ、蝦夷えみしの将軍・阿弖流為あてるいを撃破する。「坂上宝剣」「騒速」「黒漆剣」などの名刀を用いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る