第7話「戦国時代に荷車はなかった?」
姪っ子たちの保護者である僕は、今日も便利屋、雑用係として彼女たちを支えている。
「重くないですか?」
長女の茶々に頼まれ、木材や工具を積んだリアカーを引っ張っていた。
茶々の大学で文化祭があって、茶々のゼミでは出店を出すらしい。リアカーの荷はその設営のためのものである。
「大丈夫だよ、こんくらい。でも、こういうのって、業者の頼んだほうが早いんじゃない?」
「もちろんそうですけど、自分たちでやったほうが安く仕上がりますし」
これは茶々らしい意見であった。
彼女はお金の管理に非常にうるさいのだ。
父親がほとんど家にいないため、生活費はすべて茶々が握っている。無駄遣いを決して許さず、この前も初がお菓子をたくさん買ったことを、長い時間叱っていた。僕のサイフから出したから、と言っても聞き入れてくれなかった。
初いわく、父親がしっかりしていない分、自分がしっかりしなきゃと思っているらしい。頼もしいものだが、妹たちにとっては迷惑な話だろう。
「友達は手伝ってくれないの?」
「みんなで買い出しする予定だったんですが、急用ができてしまったみたいで……。叔父さんにご迷惑かけてすみません……」
「僕のことはいいんだけど……」
それは本当にやむを得ない用事だったんだろうか……。
面倒ごとを押しつけられても、一人でやり遂げようとしている茶々は偉いものである。断れないタイプでもあるのだろうが、楽をすると何か損をしてしまうのではないかという思考が働いていると思われる。
ともかく、保護者の身でありながら、ただの居候になってしまっている僕は、どんな事情があろうと彼女を手伝うだけである。
「リアカーもけっこう歴史ありそうだな。古くから使われている感じがする」
車が発明される前は、人力でこのように荷物を運んだのだろう。戦国時代も、リアカーのような荷車で引っ張っているイメージがある。
「え、そんなに古くないですよ?」
「えっ?」
「リアカーは1920年代に日本で発明されて、サイドカーが横につけるものならば、後ろにつけるのはリアカーだろう、って命名されたものですよ。その名の通り、リアカーの前には、車やバイク、自転車もつけたりしたそうです」
「相変わらず詳しいんだね……」
完全にリアカーは人力で引くものだと思い込んでいた。動力をつけて引っ張ることも多かったようだ。
「古いのは、
「ああ、聞いたことある。なんか古くさいやつだね」
「たぶんそれだと思います。板に車輪を2つつけたようなシンプルなものです」
「それはかなり昔から使われているんだよね?」
「同じようなものはありましたが、一般的になったのは江戸時代ですかね」
「江戸時代!? それまでなかったの!?」
誰でも作れそうな荷車が江戸時代までなかったというのは、さすがに信じられない。
「あることはあったのですが、使える状況が少なくて、ほとんどなかったと言われています」
「使える状況?」
「戦国時代は、今と違って道路が整備されてなかったんですよ。東海道、
「そういうことか。あの時代だと、今みたいにゴムのタイヤがあるわけじゃないしなあ」
「はい。それに日本は湿地と山が多いので、車だとどうやっても通れないんですよ。道が舗装されているので、現代の感覚だと分かりにくいですが……泥道を自転車で走るかんじですかね?」
「ああ、それは苦労するわ……」
悪路を自転車で走行して、何度こけそうになったことか。
「軍記物によると、鎧を着た武者が、ぬかるみにはまって動けなくなるシーンがよく出てきます。今と違って移動するだけでも、困難だったのかもしれませんね」
「それ、怖いな……。でも、それじゃあ、どうやって荷物運んでたんだ? 人間が運ぶにしても限界があるだろ?」
「馬です。
「前に話してた武将か」
「はい。秀吉が
「一夜城?」
「一晩にしてできてしまうお城のことです。ほんとは数ヶ月とかかかっちゃうものを、秀吉と小六は一晩で作ってしまったんですよ」
「いやいや、城が一日でできるわけないって……」
「ふふ、それを可能にするのが、川なんです。お城の部品をあらかじめ作っておいて、上流から筏で流して運び、現地でさっと組み立てるんですよ。川は浮力で物が軽くなるし、上から下へはほとんど労力なく運べます」
「なるほど……。さすが秀吉ってことか」
秀吉が頭を使って天下を取ったと言われるのは、そういう発想を実戦で役立てたことによるのだろう。
「そして、一番大量に物を運ぶのはやっぱり海ですね。大きな船で日本各地に運ぶことができます。
「あー、なんだっけ、本屋で見かけたことある」
「それをテーマにした小説がヒットしましたね。村上水軍というのは、瀬戸内海で運送業をしている人たちです。武装もしているので、大名に雇われて、合戦に参加することもよくありました。あと、商船を襲ったり、人を脅してお金を取ったり、海賊のようなこともしてたみたいです」
「こええなぁ……」
「航海の安全を保証してやるから金払え、というのは基本です!」
茶々はいい笑顔を見せてくれる。好きな歴史の話とあって、とても楽しそうである。
「船での流通には大名も注目していて、大きな港は大名同士の取り合いになります。商売が盛んで人口が多く、税を取ればもうかりますからね。大坂、山口、
「直江津? どこそれ?」
「越後、今の新潟県です」
「新潟……?」
新潟の人には悪いが、新潟が栄えているというイメージが全く湧いてこない。
「今、失礼なことを考えましたね?」
「あ、いや、その……」
「ふふ。越後と言えば上杉謙信! 謙信は貿易にも力を入れていて、直江津は戦国時代でも有数の大都市なんです。その経済基盤が上杉軍の強さの秘密だとも言われています」
「へえ。新潟ってことは……お米? お米を売ってたのかな」
「当時はあまり、有名ではありませんでした。正解は、
「え、そうなの?」
「日本海は内海なので波は低く、太平洋より安全です。それと、中国と貿易をしやすかったのもあります」
「今と違って船小さいもんなあ。アメリカと貿易するわけじゃないし、太平洋はそこまで注目されてなかったんだね」
いつものように歴史トークをしていると、茶々の大学に到着していた。
指定された場所に荷物を降ろし、あとは設営するだけである。
「今日はありがとうございました。もうすぐゼミの人たちが来てくれるはずなので、叔父さんは先に戻っててください」
「来てくれるのかな……?」
不安だったのでしばらく待っていると、茶々のスマホにメッセージが入る。無論、内容は「急用のため」である。
結局夜遅くまで二人で作業をすることになってしまった。
茶々はゼミのメンバーに文句を一つも言わなかった。しっかりしていい子なんだけど、ちょっと抜けているのかもしれない。
※1
※2 瀬戸内海は栄えていたが、太平洋側の土佐(高知)はあまり産業がなかったらしい。関東も、家康が江戸の町を作り上げるまでは貧しい場所だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます