第10話「史実イケメン武将とたしなみ」

「戦国時代でカッコイイと言われている武将はけっこういて、直江兼続なおえかねつぐ宇喜多秀家うきたひでいえ小早川隆景こばやかわたかかげ(※1)、片倉小十郎かたくらこじゅうろうなんか有名かしら」

「聞いたことあるような、ないような……」

「かなりメジャーどこなんだけど」


 戦国ゲーム関連の即売会で引き続き、江に無知を軽蔑される。


「戦国武将っていうと、槍とか刀を振り回すゴッツイのをイメージするけど、イケメンもいたんだな」

「そりゃあいるわよ。重宝されるんだから」

「重宝? なんで?」

「あっ……」


 江は突然顔を赤らめる。


「さっき言ってたってやつか? しゅ……なんとかって」

「……衆道しゅどうよ」

「それって何なんだ? なんかの武道?」

「全然違うし……」


 江は言葉を濁して話そうとしない。


「なーに話してんの、二人でっ!」


 突然後ろから肩に腕を回される。

 ゲームキャラである石田三成のコスプレをしている初だった。

 赤い髪のウィッグが頬にあたってくすぐったい。


「ちょうどいいところに。しゅどう、っていうのか? どういうものなんだ?」

「あー、衆道か。そりゃ、BLよBL!」

「BL?」

「ボーイズラブ!」

「全然違うしっ!」


 江は強い否定を示す。


「衆道っていうのはね、女人禁制の場において、男性同士で……することなのよ……。もともと仏教で僧侶は妻をとっちゃいけなかったから、男同士で……。それが戦国時代になって、武士が戦場に女性がいないから小姓と……するようになったんだけど、それが変なのじゃなくて、儀式としてっというか、主従の絆を深めるためっていうか……」

「ボーイズラブじゃん?」


 恥ずかしそうにしゃべる江に、初は率直なツッコミを入れる。


「違うし! 衆道って言われるぐらいに、武士道と並びうるものなの! 武士のたしなみなの! そんな低俗なのじゃなくて、もっともっと神聖なものに昇華されていくのよ!」

「ふーん。単に性的なやりとりじゃなくて、もっと信頼し合っている人がやるってことか……?」

「え、それってやっぱBLじゃん?」

「違うんだってばぁ……」


 理解を得られず、泣きそうになってしまう江。

 衆道とBLが一緒にされるのは彼女としては嫌のようだった。


「衆道っていうと、やっぱ信長と蘭丸よね! 二人は主従のイケナイ仲で、最期の本能寺でも! って本がいっぱいありそー」

「当時はそういうの多かったのか? 男同士で」

「多いねー。美少年を小姓に迎えて、衆道する武将はいっぱいいた。美少年にしても、偉い人に気に入られることが出世の第一歩だから、主人とシタっていうのは自慢できることだったみたい。家康はしなかったっぽいけど、井伊直政いいなおまさとはそういう関係だったっていうよ。秀吉はイケメンの宇喜多秀家うきたひでいえを近くに置いてたけど、それはそのお母さんが美人だったからみたいねー」


 秀吉と言えば女好きで有名である。衆道にはあまり興味がなかったようだ。


「そいや、戦国時代は一夫多妻制で、奥さんたくさんいたんじゃなかったっけ? 男が必要なのか?」

「んー、あたし男じゃないからよく分からないけど、女とイチャイチャするのは恥ずかしい、武士は黙って男だ、って風習もちょっとあったみたい」

「あー、禁欲的な雰囲気もあるんだな」


 衆道とは「道」という文字がつくだけあって、とても深いものなのかもしれない。女性のいない戦地で性的欲求を満たすだけでなく、人と人との結びつきを強めたり、精神的に研ぎ澄まされたりするのだろう。よく分からないけれど……。


「そういえば、戦国三大美少年って知ってる?」

「聞いたことないな」

名古屋山三郎さごやさんざぶろう不破万作ふわばんさく浅香庄次郎あさかしょうじろうの3人。山三郎はけっこう有名。歌舞伎のもとを作った出雲阿国いずものおくにの旦那とか言われ、蒲生氏郷がもううじさとが美少女と見間違えたほどの美形で、蒲生家の家臣になるの。浅香庄次郎もすごいイケメンだったみたいで、氏郷や三成に仕えてる。不破万作は秀吉の甥・秀次の小姓ね。どの人も、武将たちがよってたかって側に置きたいと迫ったみたい」

「すげーな。今のアイドルみたいなもんか」

「そうかも。男性にも好かれる男性アイドルと考えれば、イメージできるかもね。あの武田信玄は小姓の高坂弾正こうさかだんじょうこと、高坂昌信まさのぶにラブレター送ってるよ」

「ラブレター?」

「他の男とは寝てないから許してくれ、っていう弁明の手紙が残ってるの。たぶん誰かが遊びで偽造したんだろうけどねー」


 今では想像もつかない風習だが、美少年が好かれるのはいつの時代も同じのようだ。


「逆にブサイクの武将っているのか?」

「変なこと聞くねえ」

「ただの好奇心だけど……」

「秀吉(※2)、山中勘助とかかなー。光秀は若い頃イケメンだったけど、年取ってからは信長に金柑頭(※3)って言われてたから禿げだったんだろうね。あと結城秀康ゆうきひでやす、浅井長政、真田幸村もブサイクだとかいろいろ言われてるー」

「長政ってチャチャが好きな?」

「うん。悲劇の武将だからイケメンって言われることも多いんだけど、実際は体が大きなデブだったみたい」

「デブって……」

「娘の茶々も体が大きく、秀吉との子の秀頼なんか、身長2メートルのデブだったって記録が残ってるよー」

「2メートルとかデカっ!」

「当時の平均身長は160センチもなかったから、相当大きく見えたんだろうなー。きっと長政の遺伝だね! 奥さんのお市も大柄だったとも言われてるけど」


 こんな話を茶々の前でしたら、不機嫌になってご飯抜きにされそうだ。


「そういえば、今日はなんでここに来たんだっけ?」

「あー、そうだった! たくさん本買ってくから、荷物持ちしてもらおうって!」 


 ここは戦国ゲームの同人誌即売会。やはり今日も荷物持ちがメインであるらしい。


「あとシエのためかな。きっとシエがいっぱい買うはずだから」


 初はニヒヒと微笑してみせる。

 本当の目的はそれなのだろう。江はいつも家にいるばかりだから、好きなゲームキャラに関するイベントで外出させたかったのだ。


「シエ、手つなごー」

「え、恥ずかしいし……」


 初は江に手を差し出すが、江は拒否する。

 初はちょっと困った顔をし、すぐに何かをひらめいたようだった。


「照れるな、こちらも恥ずかしくなるではないか。グダグタ言わずに従え。この俺が手をつないでやろうと言っているのだよ!」

「は、はいっ! 喜んで!」


 三成の声マネをする初の手に、江は飛びついた。




※1 小早川隆景は毛利元就もうりもとなりの3男。大内義隆おおうちよしたかと衆道関係があったという。

※2 秀吉はサル、禿げネズミと呼ばれていた。

※3 形状と、金柑の金が光るイメージから、禿げ頭を金柑頭という。

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