第9話「人気武将ランキング」
すっかり荷物持ちが板についてきている気がする。
今日は初が「おぬしに戦国時代の素晴らしさを教えてやろう」というので、とあるイベントについてきている。
何も言ってなかったが、いつの間にか江もくっついてきた。
「これ、なに……?」
連れてこられた場所には大勢のサムライがいた。
いや、あまりにも派手で、甲冑とは思えないキラキラした衣装を着た人たちが集まっていた。
そして大きなカメラを持った人たちもたくさんいる。
「戦国系の即売会。それのコスプレスペース!」
「即売会?」
「同人誌とか売ってるの。今日のは、ゲームのばっかだけどね」
どうやら戦国時代のゲームやゲームキャラを好きな人たちが、自分で作った漫画や小説などを持ち寄って販売するイベントのようだった。
そして、このイベントにはコスプレできるスペースがあって、ゲームキャラの衣装を着て楽しんでいるという。
「じゃ、着替えてくるから、シエと一緒に見てて」
僕が持ってきた大きなバッグをぶんどって、初が奥へ消えていく。
不思議とその場にいるだけで、恥ずかしい気持ちになる。現実であって、異世界に飛び込んできてしまったような、自分だけ少し浮いているような感じ。
そしてコスプレイヤーをあまり凝視しちゃいけないと思ってしまう。みんなキラキラして笑顔をしているし、キワドイ格好をしていたら目のやりどころに困ってしまうのだ。
「戦国のゲームってことは……シエ、全部わかるのか?」
一人ではその場に立っていることもできず、話相手として江に助けを求める。
「当たり前だし」
江はいつも通り低調な声で答えるが、目はキラキラと輝いていた。好きなゲームキャラたちがいて、心が躍っているのだろう。
江が僕たちについてきたのは、きっとこれが目当てだ。
「どの武将が人気あるんだ? 信長とか?」
「信長は人気あるけど、衣装が難しいからあんまいない」
「難しい?」
「どのゲームの信長も南蛮鎧を再現するのが大変だし、派手だったりするから」
「ああ、コスプレしにくいってことか。コスプレ抜きにすると?」
「順位はものによって変わるけど、信長、政宗、幸村、謙信、信玄が鉄板。必ず10位以内に入ってる」
「幸村って大河ドラマやってたやつだよな。
「うん。この五人なら、歴史あまり知らない人でも好きなはず」
「誰でも名前は聞いたことあるよな。歴史が好きな人だとどうなるんだ?」
「うーん…………」
江は首をひねり、口元を手で押さえて、真剣に考え始める。
「そんな悩むことなのか……?」
「みんな、それぞれ好きなキャラがいるから票が割れる」
「ああ、そうなんだ……」
歴史好きだと、誰も知らないマニアックな武将を上げるのだろう。それだと自分では聞いても分からないに違いない。
「人気投票すると、家康、秀吉、官兵衛、慶次が入ると思う」
「家康と秀吉は分かるけど、官兵衛と慶次って誰だ?」
「え、知らないの……?」
常識を疑われているかのように、どん引きされる。
このリアクションはもう何度目か分からない。
「ごめん……」
「
「へえ、軍師なのか。頭いいんだろうな」
「うん。秀吉が、次に天下を取るのは官兵衛だと言ったくらいにね。秀吉は官兵衛の才能を警戒してたみたい」
「そりゃめちゃくちゃすごい奴だな」
「あとねぇ。歴史好きは“かんぴょうえ”と言うの」
「なんだそれ? かんぴょう?」
「かんぴょうえ。官兵衛と書いて“かんぴょうえ”と読むの。宣教師の手紙にローマ字でそう書いてあったのよ。当時はそう読んだみたい」
「ほー、読み方違ったんだ?」
「今はこう読んでるけど、当時は違うってけっこうあるみたいよ。時代によって変わっていくのは仕方ないわね」
そういえば、“伊達”がどうして“だて”と読むのか疑問に思ったことがある。もともとは“いだて”と読んでいたが、いつの間にか略されたらしい。
「それで、もう一人の慶次って?」
「
「ああ、聞いたことはある。それ古くないか? 僕でも読んだことないんだけど」
「喰わず嫌いが多いかもしれないけど、面白い漫画よ。最近の人は読んでないかもしれないけど、ゲームでいっぱい登場してるから、けっこう知名度あるはず。戦国時代で、かぶき者と言えば間違いなく、慶次のことだし」
「かぶき者?」
「歌舞伎の語源ね。派手な格好をして、人より目立とうしていた人たちのことよ。鮮やかな女物の着物を着たり、変な髪型したり、タバコ吸ったり。今でも町にいっぱいいるでしょ」
「ああ、なるほど。ヤンキーのことか」
「そういった洒脱さや、誰にも頼らず、自由な生き方をしたってことで慶次は人気があるの。
「え、信長ってヤンキーなのか……?」
「若い頃は女物を着て、町で暴れ回ってたらしいわ」
「はあ……」
信長というと厳格なイメージしかなかったが、昔はやんちゃだったらしい。うつけ(馬鹿者)と言われていたのは、その頃のことなのかもしれない。
「いやー、お待たせ、お待たせ~」
背後から初の声。着替えが終わり、戻ってきたようだ。
「キャーーーーー!!」
江が顔を紅潮させ、とびきり甲高い声で叫ぶ。
初の格好を見ての反応のようだ。
赤く長い髪、頭に生えた2本の角、浴衣のような羽織、そして手に持った大きな扇子。
そして、胸に名札をつけている。彼女のニックネーム「はっちゃん」。
「それ、見たことあるな。なんだっけ?」
「みっちゃん、みっちゃん、石田のみっちゃん!」
「あ、石田三成、戦国無双のか。って、あでっ……」
江が割り込むようにぶつかってくる。
「あ、あああ……握手してもいい……?」
「うん、いいよ」
恥ずかしげに握手をお願いする江、満面の笑みで答える初。
お前の姉だろうとツッコミたくなる。
江はゲームキャラの石田三成が大好きなのである。それが姉であっても、あこがれのキャラに触れるのと同じなのだろう。
「撮ってもいいですか!?」
「今、大丈夫?」
カメラを構えた人たちが初の周りに集まってくる。
「あ、はい!」
初は嬉しそうにポーズをとる。
大勢の人たちに囲まれ、写真を撮られている。
「人気あるんだな」
「あれは紛れもなく、三成だからっ」
江は誇らしげに言う。
自分の姉が本物の三成であると、自慢したい気持ちのようだ。
「そういや、三成ってカッコイイ人だったのか?」
「史実? どうだろう、分かんない」
「ゲームとか小説とかでカッコイイキャラいるけど、史実では誰がカッコよかったんだ?」
「有名人はカッコイイって記述されてることが多いわ。信長、光秀とか。あとは有名人に好かれた人。前田利家、
「森蘭丸、聞いたことある。信長のおつきの人だよな?」
「
「へえ、信長ってイケメン好きなのか。女じゃなくて」
「まあ、それはその……
「しゅどう? なんだそれ?」
「ど、どうでもいいのよ……!」
江ははぐらかそうとする。
「え、教えてよ」
「なっ……。……うん、今度話してあげるわ……」
聞いてはいけないことを聞いてしまっているのだろうか。
次回明かされてしまうらしい。
※1 竹中半兵衛は秀吉の軍師で、
※2 蒲生氏郷と堀秀政はイケメンと知られ、信長、秀吉が愛し大名となる。だが二人とも若くして亡くなる。美人薄命なのかもしれない。
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