第2話「好きな戦国武将」

「ところで叔父さん、好きな戦国武将は誰? あたしはもちろん、まーくん!」


 そう尋ねてきたのは、まーくんこと、伊達政宗の格好をしているはつである。


「武将? 武将かあ……戦国時代ねえ……。徳川家康とくがわいえやすとか?」


 歴史は正直詳しくない。苦し紛れに教科書に載っていて、誰でも知っている名を出す。解説するまでもなく、江戸幕府を開いた人物である。


「家康とか、しぶい!」

「え、そう……?」


 無知を馬鹿にされると思ったら予想外の反応が返ってくる。


「叔父さん、静岡出身?」

「いや、東京だけど?」

「あ、なるほどね。好きな武将って言うと、歴史あんまり詳しくない人は、だいたい自分の住んでいるところの有名人を言うんだけど、東京ならやっぱ家康って答えるよね~。あんま知られている人いないから」


 無知はバレていたようである。


「江戸城を築いた太田道灌おおたどうかん(※1)って答えるパターンもありだけど、相当歴史好きじゃないと無理だね」


 江戸城を作ったのは、どうやら家康ではないらしい?


「なんで静岡って聞いたんだ?」

「静岡は家康が出身地だからね。浜松市も静岡市も家康のお膝元。個人的には、静岡県民は“今川義元いまがわよしもと”って答えてもいいと思うんだけど、家康みたい」

「へえ、そうなんだ。やっぱ歴史詳しいだね」

「そりゃー、あんな歴史好きを親に持てば当然だよー。ちょくちょく本も部屋から持ってきて読んでるし。ちなみに、愛知は織田信長、大阪は豊臣秀吉ね」


 得意げに知識を披露する初。どれだけ歴史が好きは格好以外からも伝わってくる。


「ゴーはもちろん、三成だよね。叔父さんと相性悪そう!」

「その名で呼ぶなし。三成は好きだけど……」

「相性悪いの? 三成って誰……?」


 武将占いでもあるのだろうか。女の子はなんでも占いにして楽しむものだ。確かに、江にはあまり好印象をもたれていないようだが……。


「えっ!? みっちゃん知らないの!?」

「三成知らないとか、生きてる価値ないし」


 この家では戦国武将の名を一人知らないだけで、そこまで言われてしまうらしい。


石田三成いしだみつなりのことです。天下分け目の戦いと言われる、関ヶ原の戦いで徳川家康と戦って負けた武将です」


 ここで長女・茶々のフォロー。妹たちが申し訳ありません、という感じで教えてくれる。

 彼女を頼らなくては、僕はこの家で生きていけそうになさそうだ。


「負けてないし。小早川こばやかわが裏切っただけだし」

「そうだよ! みっちゃんが負けるために出てきた武将みたいに言わないで!」


 江に初が加勢する。初もその石田三成とやらが好きなようだ。むしろ、戦国武将全員が好きなような感じがする。


「そんなこと言っても、歴史的には三成が負けてるから、ね?」


 姉は無理を言う妹たちに困らせられる立場のようだ。


「ゴーはゲームやってるんだよ、歴史の」

「ゲーム? 『信長の野望』(※2)とかいうやつ?」

「そう、定番ゲームだよね。歴史シミュレーションの最高峰! 他にも『戦国無双』とか『戦国BASARA』とか。スマホゲーム含めると、いっぱいあるよ」

「ほー、歴史もゲームで遊ぶ時代なんだな」


 親が厳しくてゲームはほとんどやったことがなかった。今時の子供はスマホもあるし、いつでもゲームができるのだろう。


「歴史ゲームやらないとか、人生無駄にしてるし」

「そ、そうかな……」


 江の毒舌には返す言葉がない。しかし、これから一緒に暮らすのだから、ここは大人の対応で仲良くならなくては。


「シエちゃん、オススメのゲームある? 貸してくれない?」


 急に江の目が輝く始める。


「ある」


 江は押し入れからゲームソフトを次々に出し始めた。


「これとこれとこれ。全部貸してあげるから、明日までにやって」

「あ、ああ、分かったよ。できるだけやってみる……」

「うん。あと、ちゃんいらない」

「え?」

「シエでいいから、名前」


 江は少し顔を赤らめる。

 これでよし。江の興味を引くことができたと思う。次は長女だ。


「そういえば、茶々ちゃんの好きな武将は?」


 しかし、茶々にきっとにらまれる。

 何かまずいことを言ってしまったのだろうか……。


「ゴーじゃないですが、その呼び方はちょっとやめてもえますか……」

「茶々ちゃん?」

「それです……」


 理由は聞かないでも分かった。

 舌を噛みそうになりながら発音したが、場合によっては人を馬鹿にしたような音にしかならない。


「ごめんごめん。お姉さんって呼ぶね。とすると、君はなんて呼べばいい?」


 真ん中の子に問う。

 この子は気を遣わず、ざっくばらんに会話してもよさそうだ。無理なく、うまくやっていけそうに思う。


「あたしは、はっちゃんでいいよ~。みんなそう呼ぶから」


 それはいいんだ……。

 「はっちゃん」と言えば「八」に関わるニックネームだ。ドラゴンボールとかワンピースとかに絡めて、からかわれたりはしないのだろうか……?


「オーケー、はっちゃんね。それで、お姉さんは誰が好きなんだ?」

「私は……特にいません」


 歴史が好きか聞いたときと同じような反応だった。


「えー、お姉ちゃんはお父さんでしょー?」

「お父さん?」


 彼女らの父、僕の兄のことだろうか。

 さすがに戦国武将ではないと思うけれど……。


「ハツ、何言ってるのよ! そんなわけないでしょ!」


 茶々は明らかに取り乱した反応をしている。


「お父さんって誰……?」

「茶々、初、江。三人のお父さんと言えば?」

「あ、もしかしてさっき言ってたやつ?」

「そう! 浅井三姉妹のお父さんは、浅井長政のこと!」


 姪っ子たちは、歴史好きな兄によって、歴史上の人物の名前が付けられている。長女の茶々が好きな武将は、名前の由来になっている人物の父親だと言うのだ。


「へー。すごい人なのか?」

「そりゃーもちろん! 絶世の美女と言われた、信長の妹お市と結婚した人だよ!」

「お、すごい」


 織田信長は戦国一のビッグネーム。しかも美女ということは現代と言えば、モデルやアイドルのようなものだろうか。そんな奥さんをもらったとなれば、相当なラッキーボーイだ。

 独身の自分としては是非ともあやかりたいものである。


「でも、信長に殺されるから」

「え?」


 江がポツリと悪意のある発言をする。

 信長の妹をもらっておいて、信長に殺されるとは、アンラッキーボーイなのか。


「信長を裏切ったから殺されたの。自業自得の大馬鹿者よね」

「そんなことない! 長政様は友情を取っただけで、信長を裏切ったわけじゃないのよ!」


 突然、茶々が声を荒らげて江に抗議する。


「なに友情って? BLじゃないんだから、奥さんの実家よりも、男同士の友情を優先するとかないでしょ」

「び、BLじゃなくて……! 義よ、義! スポーツマンシップ! 信長が仲間の朝倉義景を攻めようとするから、長政様は信長と戦うしかなかったの! そもそも朝倉を攻めるときは事前に相談するよう決めていたのに、勝手に攻め始めた信長が悪いのよ!」


 茶々の熱い弁護にあっけにとられてしまう。


「ちょっとお姉ちゃん、叔父さん引いてるよ……?」

「あっ、その、これは……!? 長政様のことはどうでもいいの。あ、もうこんな時間。夕飯の準備をしなきゃ。ちらかってますけど、武人さんはゆっくりしていてください。それでは!」


 そう言うと茶々は部屋を飛び出してキッチンに行ってしまう。


「お姉ちゃん、めっちゃ取り乱してたね」

「ああ、“様”つけてたし……」


 茶々は歴史があまり好きではないと言っていたが、他の姉妹同様、相当な歴史が好きなようである。




※1 太田道灌は、信長が生まれる100年前の武将。主君のために奮闘するが、主君にその才を嫉まれ、暗殺されてしまう悲劇の将。通は必ず、江戸城を作った人は大田道灌と答える。

※2 『信長の野望』は1983年に発売された歴史シミュレーションゲーム。このゲームで戦国時代を学んだ人も多いという。「シュミレーション」と書くと怒る人がいる。

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