第3話「野武士とニート」
夕飯は初めて四人で食べる食事なので、外で豪華に取ろうと言ったのだが、長女の茶々にお金がもったいないからと固辞されてしまう。
久しぶりに贅沢ができて、姪っ子たちとも仲良くなれる一石二鳥の計画はもろくも崩れてしまった。
夕飯は茶々がカレーを作ってくれたので、姪っ子たち三人と食卓を囲む。
おいしい。久しぶりに食べる家カレーだ。家でこんな大勢でご飯を食べるのは、もう10年ぶりくらいかもしれない。就職してから一人暮らしを始めて、それから実家に戻っていなかったのだ。
「そういえば、叔父さん、ニートってほんと?」
「ぶほっ!」
唐突にビックリすることを聞いてくるのは、決まって次女の初だ。
カレーを危うく吹き出しそうになってしまった。
「あ、その……ニートっていうか、充電期間?」
「ようは無職でしょ。それ、ニートだし」
作り笑いでごまかそうとしたが、毒舌の追い打ちをかけるのは三女の江。
「まあ、そうともいうかな……」
この話題を振られることはある程度、覚悟はしていたのだが、やはり子供に無職、ニートと言われるのはつらいものがある。
普通の大人は、日中仕事をして夜戻ってくる。仕事をせず家にいるのは、軽蔑されるべきという風潮があるから、この姪っ子たちが特別に悪いわけではない。
「去年まですごい会社に勤めてたんでしょ? なんとかっていう商社。なんでやめちゃったの?」
「あはは……ちょっと体調崩しちゃってね」
「えー、もったいない! 年収すごいんでしょ! 友達に聞いたら、その会社、普通のサラリーマンと一桁違うって言ってたよ!」
「ああ、そういう人もいるな……」
「やっぱ仕事きついの?」
「うーん、そうだね。日付変わってから帰ってきて、六時には会社にいたよ。飯食う時間もなかったから、昼食抜くこともしょっちゅう。疲れが溜まりすぎてダウンしちゃったって感じかなぁ」
多くの人が知っている有名な会社なのだが、今では労働環境が劣悪なブラック企業と言われてしまうだろう。しかし、みんなつらいながらも、自分の仕事の誇りを持って仕事をしていた。こんなこというと、心までも会社に支配されている社畜だと言われてしまいそうだが……。
人間、口を開くとつい愚痴を吐きたくなってしまう。いろいろ仕事のつらい話をしゃべりたくなったが、社会の闇のようなことを子供に話すべきではないと口をつぐむ。
「そうなんだ。武士みたいな生活だね!」
「武士?」
「昔の人は、朝早かったんだよー。四時には起きて、六時には出仕してたんだって」
「はやっ!」
「って言っても、仕事は二時で終わりだし、夜八時には寝ちゃうから、叔父さんのが相当激務だよー」
「いいなあ。二時終わりか。銀行みたいだな」
銀行の窓口は九時から三時までと、法律で決まっているらしい。窓口の営業時間がその時間というだけで、銀行員はそのあとも取引したお金の計算などをしているという。どの仕事が楽っていうことはないのだ。
「それで、戦国時代は一日二食が基本だったみたいよー」
「ああ、聞いたことある。でも、二食はやっぱお腹が空くよなあ」
「朝八時と夜二時の二回だったと言いますね。料理をする側としては、回数が少ないほうがいいですけど」
この家での主婦ポジションの茶々はそうコメントする。
「八時か……。八時じゃ絶対眠れないし……」
「シエは明るくなるまで起きてるもんねー」
「え、明るくなるまで? それで学校大丈夫なのか? 授業中寝ない?」
初と江の会話に当然の疑問を投げかけたはずだったが、その問いには誰も答えてくれず、不気味な沈黙が流れる。
「…………あの、実は……この子、不登校なんです」
「え、そ、そうなんだ……」
三姉妹はそれぞれ個性的だが仲良くやっていたので、保護者代わりもなんとかできそうだと思っていた。でも、簡単ではないようだ。
「それは大丈夫なのか……?」
「大丈夫。あんたに心配される筋合いないから」
「ちょっとゴー、叔父さんになんてこと言うの!」
「あ、いいからいいから」
江の言うことも、もっともなのだ。所詮、僕は保護者代理で彼女の親ではない。自分があれこれ言って、彼女をわずらわせてはいけないだろう。
「シエって、こう見えて、頭すっごいいいんだよ。授業受けてないけど、成績は学校一なんだー。だから、保健室登校はしてるし、卒業は問題ないんだって」
「一応、そういうことになってますので、たぶん大丈夫だと思います……」
腹立たしく感じていた。
兄はこんな状況の娘を置いて、なに出張など行っているのだろう。母はすでに亡くなっているから、この子たちを面倒見られるのは兄しかいないのだ。
姉として妹たちの面倒を見なければいけない茶々の苦労も、その声から伝わってくる。
「ふふ、シエと叔父さん、ニート仲間だね!」
初は相変わらず素っ頓狂なことを言う。
でも、これは茶化すのが目的ではないんだと思う。気まずい雰囲気を打ち破る、彼女なりのユーモアなのだ。
「仲間じゃないし」
ここは初の作った流れに乗らせてもらおう。
「そうだ、仲間じゃないぞ。叔父さん、これでも一応、収入あるからな」
なるべくおどけた声で言ってみせる。
「え、何か仕事をしてるの?」
「えーっと、フリーライターって言うのかな? ネット記事を書いてる」
「すごい! かっこいいじゃん! どんなの書くの!」
飛びつきのいい初。彼女のこういうところは正直助かる。
「仕事していたときのツテでね、ニュースサイトを経営してる友人がいるんだ。その人の手伝いで、最近流行っているものについて、記事を起こしているんだよ」
「見たい見たい! あとで教えてよ!」
「ああ、食事が終わったらね」
「面白そうね。ゴー、あとで私たちも見せてもらいましょ?」
「興味ないし」
江はふてくされてはいるものの、敵意はなくなっていた。
これで保護者代理として威厳は守られ、いきなりの家庭崩壊は防げただろう。
「叔父さんの仕事って、なんだか
「野武士? なんだそれ?」
「フリーの武士のこと。武装した農民のことで、どこの武士団にも属さず、お金で頼まれたときだけ、合戦に参加したんだって」
「へえ、傭兵みたいなものか」
「そ、叔父さんみたいでしょ?」
「武士のフリーランサーですね。確かにフリーライターに近いものがあるかもしれません」
茶々が微笑みかけ、同意してくれる。いい子である。
「シエもそう思うでしょ?」
「知らないし」
「え~、野武士っぽくな~い?」
顔をそらす江に、初はわざわざ回り込んで顔を合わせようとする。
「…………。フン、そうね。あんなのは、野武士みたいなゲスな名前がぴったりだわ」
居心地の悪さに口を開く江。席を立って部屋に戻っていってしまう。
「ちょっとゴー、戻りなさい!」
「あ、いいから。怒らないでやって」
「でも……」
手で合図して、立ち上がった茶々を席に座らせる。
「野武士っぽいかあ、考えてもみなかったな。野武士で有名な人とかいるの?」
「んー、やっぱ
「ふーん、地方企業の社長みたいな人かな……?」
「その例え、分かりやすいですね。蜂須賀小六はヘッドハンティングされて、株式会社織田の社員になるんですよ。最終的には大名になるので、役員になるとか、子会社の社長を任される、って感じですね」
茶々が同意してくれる。
「大出世だなぁ」
「叔父さんも出世すればいいじゃない?」
「ははっ、気軽に言ってくれるな」
「へへっ」
初は無邪気な顔で笑う。
目に見えない問題はたくさんあるんだろうけど、この三姉妹の姪っ子たちとはうまくやっていけそうに思った。
※1 蜂須賀小六は秀吉の最古参の配下。正勝とも。三国志になぞられ、秀吉を劉備、
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