第15話「お酒の歴史」

「今夜、お時間いただけませんか?」


 茶々のお誘いを受けてしまった。

 茶々は大学から帰ると、妹たちのために夕飯を作って、バイトに出かける。バイト終わりに、ご飯を食べに行かないかと誘われたのである。

 茶々は大学二年生の20歳。自分とは10離れているし、叔父と姪っ子の関係であるし、恋愛関係の話ではないとは思うのだけど、妙な期待をしてしまう。夜までそわそわしすぎて、初に「デートでもいくのお?」とからかわれてしまった。

 おそらく、江の不登校についてだろうと、心を引き締めてお店に向かう。

 茶々が指定したお店は普通の居酒屋であった。そして……。


「最近の男はだらしない奴ばかりなんですよ……。俺が養ってやる、とか言えずに、共働きで頑張ろうとか言って……」


 よく分からない人生相談、いや、ただ愚痴を聞く係であった……。

 けっこうヒドイ絡み酒である。


「それが男女平等だって言う人もいますけどね、それは甘えですよ。なあに、男が全部やれって、言うんじゃありません。これからは女が立つ時代なんです。男を頼らずとも、一人でやっていける状態になることがスタートラインで、それから付き合うなり、結婚なりすればいいと思うんですよ……」


 普段の彼女からまったく想像できない乱れっぷりである。お酒を次々に空け、饒舌に持論を語る。

 いったい彼女に何があったのだろうか……。男にヒドイ振られ方をしたのか、情けない男に告白をされたのか……。

 初同様、彼女の考え方に、家を顧みない父が影響しているのは間違いないと思う。愚痴を聞いていると、どれだけ苦労してきたのかが分かる気がする。今はただ愚痴を聞いて、ストレスを発散させてあげよう。


「ところで、武人たけひとさん。知ってますか?」

「え、なにを……?」

「居酒屋の由来です」

「居酒屋? 知らないけど……」

「えええ、そんなことも知らないんですか!?」


 お酒に酔っていることもあり、他の姉妹のように無知を非難してくる。ビックリはするが、慣れているので問題はない。


「文字の通りです! 酒屋にる、です!」

「酒屋に居る……?」

「居酒屋が始まったのは、江戸時代だと言われています。酒屋では今と同じく、普通にお酒を売っていたわけなんですが、気の短い江戸っ子は、買った酒を持って帰って飲むなんてことできないんです。なんと、お酒をその場で飲み始めてしまうんです! 酒屋に居て飲む。これが居酒屋の始まりなわけですっ!」


 茶々の解説はいつもよりハイテンションである。


「へえ、酒屋で飲む酒か。確かに理にかなってるね。奥さんに隠れて飲むとか、あったのかな。そういえば、酒屋自体はいつからあるんだ?」

「お酒は儀式に必要なものなので、大昔から製造されてます。大量生産されるのは平安時代ですかね? お酒を飲むのはみんな大好きなので、大変もうかります。なので朝廷や幕府が、高い税金取って管理するようになるわけですね。京都にはそりゃもう、たくさんの酒屋があったそうですよ」

「ああ、京都に有名な会社あるね」

黄桜きざくら月桂冠げっけいかんですね! 秀吉が伏見城ふしみじょうを作り、河川を整備すると、酒造りが盛んになります。伏見という地名は“伏水”に由来するといわれ、たくさんの湧き水が湧く場所だったんです。そして、その水は良い香りがするといわれ、それを名前にした御香宮神社ごこうのみやじんじゃが建てられていました」

「京都の名水か。酒造りに適した場所だったんだな」


 伏見の水は、現代において名水百選に選ばれているらしい。


「戦国時代、いろんな地方でお酒が造られていて、戦国大名たちも、お酒に関する逸話が多く残っていますよ」

「お酒っていうと、やっぱ失敗に関するものが多そうだな」

「そうですね。そこらへんはいつの時代も同じです。一番有名なのは“黒田節くろだぶし”ですね。黒田官兵衛の子・長政は母里太兵衛もりたへえを、福島正則ふくしままさのりのところへ使いに出すのですが、酔っ払った正則は『俺の酒が飲めんのか』と絡んできます。巨大な盃を持ち出して、『全部飲み干したら褒美を取らす』と挑発してきます」

「ああ……典型的な酔っ払いだ……」

「対して太兵衛は『男に二言はあるまいな』と、見事飲み干し、正則が秀吉から持った名槍・日本号にほんごうをもらい受けます。これが黒田節という歌になり、現代にも伝わっているんですよ」

「ひでえ……。酔っ払って家宝取られるとか、しらふに戻ったら、顔面蒼白ものだな……」


 お酒を飲むと、気が大きくなって、つい割りに合わないことをしてしまうものである。


「そのお酒というのが、どうやら伏見のお酒のようですね。お酒好きな武将はけっこういて、上杉謙信(※1)が有名です。あと、真田幸村(※2)は焼酎が好きでした。焼酎がこぼれないように、ちゃんと封をしてくれって書いた手紙が残っています」

「焼酎ってその時代あったんだ?」

「濁り酒しかなかったんじゃないか、ってイメージありますけど、清酒や焼酎もこの時代から増えてきます。蒸留酒ですね。焼酎は清酒を文字通り火で熱して、アルコール濃度を上げてます。流通量が増えたのは江戸時代ですけど」


 戦国時代は南蛮船との貿易が始まり、ワインも入荷されるようになったようだ。


「関東の大名・北条氏康ほうじょううじやすはお酒について決めごとをしていました。お酒は朝に飲んで、量は三杯までって」

「え、朝から飲むんだ……」

「今じゃ考えられませんよね。お酒がないとやってやれなかったのかもしれません。四国の大名・長宗我部元親ちょうそかべもとちかも、大酒を禁止してました。酔っ払うとケンカとか増えて大変だったみたいです。でも、自分がこっそり飲んでたのが家臣にバレちゃうんですけどね」

「ダメじゃん……」

「反対に、毛利元就もうりもとなりは全くお酒を飲みませんでした。親や兄がお酒の飲み過ぎで早死にしたからだそうです。気晴らしをしたいときは、酒を飲まずに、餅を食べるのがいいって言ってます」

「まあ、お酒の飲み過ぎると肝臓悪くするからな……」

「お酒が苦手だった人もいます。明智光秀は苦手だったと言いますね。信長に『俺の酒が飲めんのか!』と刀を突きつけられたって逸話がありますから」

「パワハラじゃん!」


 そのときスマホに通知が入った。

 初からのメッセージである。「お姉ちゃん、酔い潰れるまで飲み続けるから、切り上げて帰ったほうがいいよ」と。

 茶々と飲んでいるのはバレていたようである。


「さて、そろそろ帰ろうか。って……」


 時はすでに遅し。

 茶々は酔い潰れ、机に突っ伏して寝ていた。

 肩を揺さぶっても、顔を叩いても起きない。やむを得ず、茶々を負ぶって、妹たちが待つ家に帰ることになる。

 なんとも色気のない飲み会である。お酒の失敗エピソードを知っているなら、それを自分に活かしてほしいところだ。




※1 上杉謙信は酒と塩分の取り過ぎで亡くなったという。「四十九年 一睡の夢 一期の栄華 一盃の酒」と、人生を酒で例えた句が有名。

※2 真田幸村は九度山で謹慎中にもかかわらず、焼酎を持ってきてくれと兄・信之に要求していた。

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