第5話「石田三成が人気の秘密」
気づくと居間の絨毯で寝ていた。
毛布が掛けられている。茶々あたりが掛けてくれたのだろう。
近くにゲームのコントローラーが転がっていて、自分が夜通しでゲームをしていたことを思い出す。
「もう朝か」
「昼だし。いい身分だな、野武士」
振り向くと、ソファーで江が膝に置いたノートパソコンを眺めている。
ぶかぶかの服をだらっと着るのが彼女の部屋着らしい。
「ごめん、寝落ちしてたみたいだ。みんな学校?」
「うん」
茶々は大学、初は高校に行ったようだ。家に残っている江は、今日も学校を休んだのだろう。
「借りたゲーム、すっげー面白かったよ。夢中になって遅くまでやっちゃった」
「おっ。どうだった、どうだった?」
こちらのことに興味などまるでなかった江が、パソコンをテーブルにおいて、近寄ってくる。
江に借りたゲームを、律儀に徹夜でやった甲斐があったというものだ。
「三成ってかっこいいな。江が好きなのも分かるよ」
「おっ。でしょ、でしょ? どこがよかった?」
さっきまで気怠そうにパソコンを触っていた江が、目をキラキラと輝かせて聞いてくる。
「あれ、なんだっけ?
「は?」
「え?」
江の期待外れという顔。
喜びを分かち合えると思ったら、大きく外してしまったようだった。子供のご機嫌取りをした自分が少し恥ずかしい。
戦国武将の石田三成の旗には「大一大万大吉」という文字が書かれていて、ゲームの中での三成は、その言葉を実現するために奮闘するのである。
「『大一大万大吉』ってそういう意味なんだろ……?」
「なわけないでしょ。One
「えー……」
ゲームキャラを全否定される。
このキャラが好きで、石田三成好きと言っているのだと思っていたが、違うのだろうか……。
「あれは源平合戦の頃、
「それじゃ、あの字にどういう意味が?」
「特に意味ない。縁起のいい文字を並べてるだけで。『一』を『かつ』と読んで、大きい勝利。万は大きい数、つまり子孫繁栄ね。そして大きい吉。いい言葉でしょ?」
「うん、そうだけど、むむむ……」
大一大万大吉の旗は字面もいいし、デザインもいい。本来の意味が「縁起のいいもの詰め合わせ」だとしても、One for all, All for oneを志して戦う三成が魅力的でないというのは、いまいち納得がいかない。
「じゃあ、三成のどこが好きなんだ?」
「あきらめずに戦い続けたところ」
「あきらめず? そんなシーンあったっけ……?」
「あったし! いったい何を見てたの!?」
江は急にテンションを上げて怒ってくる。
「石田三成は豊臣秀吉に育てられ、今でいう大臣クラスにしてもらったの。そのご恩に報いるために、秀吉亡きあと、天下を奪おうとしている徳川家康に立ち向かったのよ。そこまでは分かる?」
「う、うん……」
「でも、家康の策略にハマり、身分は剥奪され、財産もほとんど失ってしまうの。けど、三成はあきらめなかった。自分に豊臣家をしょって立つ力も素質も魅力もないことは分かっていながら、家康に戦うことを決意したの」
「関ヶ原の戦いだな」
「うん、天下分け目の決戦ね。
「けど、負けちゃうんだよね」
「そう……。家康の狡猾な謀略で、
三成を語る江はとても雄弁で、普段と比べものにならないぐらい感情を込めて語る。
「三成は処刑される前、水を求めるんだけど、水がないから代わりに柿を食べないか、と言われるの。でも三成は断ったのよ」
「え、なんで? ノド乾いてたんだろ?」
「柿はタンの毒、と言われていたから。『大志を持つ者は、最期のときまで命を惜しむものだ』って三成は答えたわ」
これから処刑される人間が毒を気にしても仕方ない。でも三成は生き続ける気で、家康を倒す機会をまだ狙っているのだ。
「すごい人だな。最期の最期まであきらめなかったんだね。あれ……そんなシーンあったかな?」
「あったし! 本当に全部やったの!?」
「いや、さすがに全部はできないよ……」
江に渡されたゲームは10本くらいあり、その中でも一番オススメのを1本やっただけであった。
「三成は最近まで人気なかったのよね。能力もないのに家康に逆らった馬鹿な悪役で。でもゲームの影響もあって、三成の良さが見直されつつあるわ」
「うん、ゲームはすごくかっこよかった」
「それに比べて家康は、ほんとにひどい奴なのよ。三成は豊臣家のためを思って戦ったのに、家康は裏工作をして、自分こそが豊臣家の守護者であると言って回ったの」
「えっ? 家康って、秀吉の天下を奪おうとしたんじゃないの?」
「そうよ。でも、奪うなんて悪のすることじゃない。だから表向きは、三成が豊臣の名前を利用する悪い奴で、自分は豊臣のためにそいつを倒す正義のヒーローだってことにするの」
「うっわー、家康ひっどいな……」
「あの狸親父、茶々に取り入って、三成の足下をすくい上げたのよ……」
憎らしげにいう声から、どれだけ家康のことが嫌いか伝わってくる。
「あれっ、今、茶々って言った?」
「お姉ちゃんのことじゃないわ。浅井長政の娘のほう。秀吉の奥さんになって、実質、豊臣家のナンバーワン。淀殿もしくは淀君って言ったほうが分かりやすいかもね」
「あ、そういうことか」
「茶々は三成のことが嫌いだったみたいで、三成こそ豊臣のために戦う者だ、と一筆書いてくれればいいのに、何もしなかったのよ。それで三成は家康に負けて、逆に犯罪者のようになっちゃったわ。ひどい女……」
昨日、三成に関して姉妹で言い合いをしていたのは、このあたりの事情があったのだと、ようやく理解できた。江としては、三成が負けたのは、家康の悪知恵のせいであり、茶々のどっちつかずの態度のせいにしたいのだ。
「そういえば、ゴー……じゃなくてシエは、ゲームの三成も好きなんだよね?」
「うん、もちろん」
「それはどういうところが好きなんだ?」
「今話したでしょ」
「あんまりゲームに関係ない部分だった気がするんだけど……」
「ど、どうでもいいでしょ! 史実のもゲームのも好きなんだから……」
ごまかそうとする江。何かを隠そうとしている感じがする。
「それは答えになってないな。これだけゲームやってんだから、他に三成が好きな理由があるんだろ?」
「な、ないわよ…………そんなの……」
「ふーん、案外三成のこと好きじゃないんだな」
「なっ……」
ニワカファンを馬鹿にするような口ぶりをしてきた江に、ここぞと意地悪な発言をしてみた。
「……あるわよ………見た目とか、声とか……。かっこいいし……」
人やキャラを好きになるのは、内面ばかりではない。表面的なことも非常に重要なのである。
江も普通の女子中学生のようで微笑ましく、ちょっと弱みを握ったような気持ちになった。
※1 木曾義仲は大きな戦功を上げるが、従兄弟の源頼朝に逆らったため殺されてしまう。愛人の
※2 戦国時代で、卑怯者、裏切り者といえば小早川秀秋という人が多い。この裏切りを責められ、アルコール中毒で亡くなる。
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